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東芝エレベーターコンテスト
僕は、先日、東芝エレベータコンテストに審査員として参加しました。このコンテストは、東芝エレベータのCSR(Corporate Social Responsibility)として、次代を担う青少年に社会インフラとしての近未来の「エレベーター」のアイデアを募るコンテストです。全国から10の大学、研究室から、応募作品が集めれたそうです。審査員は5名。建築家の今村さん、キュレーターの四方さん、子供の危機管理のスペシャリスト横矢さん、東芝エレベーターの技術者の方、そして僕です。
エレベーターというものを、ひとつの移動の手段としての箱だけでなく、コミュニケーションとしてどうとらえていくか、その時テクノロジーはどう機能するか、真の安全とは何か、町作りにおけるエレベータの役割、など、それぞれの審査員の専門が異なっているため、審査の視点も多岐に渡りました。 コンテストですので、結果を出さないといけないものですが、どの応募作品にも探求心と創造力があり、すてきなものだったと思っています。こだわるのは結果ではなく、未来へ向けて、あらたな視点をどんどん取り入れ、行動し経験を重ねることです。このコンテストが、学生や研究者にとって、そうしたきっかけになってくれるのであれば、僕も審査員として参加した意味があると思います。 |
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広島 鞆の浦
広島空港から車で約1時間、瀬戸内海の真ん中に位置する鞆の浦という所をご存じですか?最近、架橋計画で新聞にも載ったりしています。万葉の歌にも詠まれている景観は、まさに絶景。架橋計画へ賛否両論が繰り広げられるのも、この貴重な自然の遺産を守りたいが故なのでしょう。
さて、僕はそこで何をしていたか? 僕は壁塗りをしていました。笑 福山藩蔵の壁の修復作業を職人の方の指導を受け、みんなで行いました。建築科の学生時代、同じ経験をしていますが、この暑さの中での作業はなかなか大変なものでした。いい汗をかきました。笑 夕方は、港へ船を導く常夜灯のもと、三味線の音色にのり、地元のお囃子と踊りを教えていただきました。まるで時代がタイムスリップしたかのような不思議な感覚の中、変わらず引き継がれている伝統の大切さを感じました。 日本には、こうしたすばらしい場所が、まだまだたくさんあります。そして、いずれも過疎化により人口が減っています。貴重な景観を保存することと、地元の方々の生活を活性化させることには、常に矛盾があり、そこが大きな争点となっていきます。僕に出来ることは何だろう。僕の研究技術が、こうした矛盾を少しでも解消させられるものであってほしい、そう思い、更に自分の研究を頑張ろうと思いました。 |
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明治大学での「インフラフリー」授業
明治大学理工学部建築学科で「インフラフリー建築」の講演会を行いました。建築学科の澤田誠二先生が、僕に声をかけて下さり実現したものです。 澤田先生は、僕が今、助教をやっている東大大学院の研究室で、1966年に修士課程を終了しており、現在は明治大学の教授をやっていらっしゃいます。ドイツや日本のゼネコンにいた期間も長くて、たくさんの経験を積んでおられ、勉強になる楽しい話もたくさんお聞きすることができました。 今回の講演に来てくれた学生さんたちは、建築学科以外にも、いろいろな専門の学生が参加していたそうで、しかも誰も眠ることなく(笑)積極的に質問もしてくれて、講演をする側としてもとても楽しい時間を過ごすことができました。澤田先生と澤田研究室の学生さんのおかげです。ありがとうございました。 講演が終わって会場の外に出たとき、情報工学部の学生に「コミュニケーション技術をどうするつもりですか?」と聞かれ、その学生からも新たな提案がありました。僕から見ると「インフラフリー」は、これからみんなで考えて、みんなで作るアスペクトが多い研究です。こうして、若い学生が自分の意見やコンセプトを持ち寄って、どんどんこの研究に参加していってほしいと思っています。 講演の後、研究室で飲み会があり、そこでも学生たちといろいろな話をしました。話も尽きない中、時間の都合で失礼しましたが、その分は、今度渋谷の飲み会で話しましょう。笑 その模様は、またこのブログでご報告します。 |
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串本町調査
インフラフリー研究の国内調査のため、和歌山県の串本町に行ってきました。串本町とトルコには、とても深いゆかりがあります。この関係は、1890年9月、トルコの軍艦エルトゥールル号が串本沖で難破したことから始まっています。この時、亡くなった人は580名にもおよび、串本の方々に助けられた約70名の人だけ生還できました。住民の方々は、見たこともない異国の遭難者を、町をあげて救出し保護してくれました。トルコでは、その感謝の気持ちを今も忘れずに、子供たちにも教科書に載せて伝えています。
僕もトルコ人として、この感謝の気持ちを表明したいと思い、樫野崎灯台近くに建立されているエルトゥールル号遭難慰霊碑とトルコ記念館に足を運びました。串本町長もご一緒して下さり、ご案内いただきました。 その後、大島小学校を訪ね、子供との時間をもちました。みんな明るくて、トルコ人にも慣れていて、楽しい時間を過ごしました。トルコの国旗を持って校門で出迎えてくれたり、僕のスリーサイズを知りたがったり(笑)、本当にかわいい子供たちでした。また会いましょうね。 そのまま高校へ移動し、僕が1時間ほど、話をしました。串本町のすべての中学校・高校の生徒が集まってくれて、質問もどんどん出て、充実した時間を一緒に共有できました。今後、串本で彼らが活躍できるフィールドがある町作りを目指して、僕らの研究が役にたってくれれうば、こんなにうれしいことはないと思います。 その後、調査のデータを打ち合わせするため、役場に向かいました。役場に到着したら、そこでもトルコと日本の国旗を持って待っていてくれる人たちが。 串本町は海沿いにあり、日本最南端に位置しています。そのため、南国ムードがあふれていて、よい観光地になる可能性がありますが、まだまだインフラの整備ができていません。近隣の島には、まったくインフラがない無人島もあり、地元の漁師の方に船をだしていただき、調査に行ってきました。ここをリゾート地として開拓することは、研究としても、町の将来を考えても、非常に意義のあることかもしれないなと感じました。 最後に、僕のいとこの話をご紹介します。実は、2年前、当時9歳だった僕の従兄弟から、頼まれていたことがありました。もし、セルカンおじちゃんが串本に行くことがあったら、トルコの子供達はみんな、串本の人たちにありがとうと思っているし、串本の子供と僕たちは、会ったことはないけれど友達だと思っている、と伝えてほしいとのことでした。今回、ようやく従兄弟との約束を果たすことができ、明日からのトルコ出張には、胸を張って従兄弟に報告ができます。みなさん、本当にありがとうございました。 再会を楽しみにしています。 |
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海外からの客人
先週は、海外からの来客への対応に追われていました。
まずは、Biosphere2の発案者であるジョン・アレン氏が来日、東大で講演をしていただきました。Biosphere2に関しては、以前このブログでも話しているから詳細は省きますが、とにかくはるばる日本までアレン氏が来てくれたことは、とてもうれしいことです。東大での講演にも内外から様々な人々が聴講に訪れてくれました。ありがとうございました。アレン氏の豊かな経験と知識は、これからの研究者である僕らにとって、大変意義のあるものだったと感じています。また、アレン氏の魅力的なキャラクターと柔軟な視点にも人を惹きつけるものがあり、講演をする側にたつことも多い僕にとって、学びとなりました。 アレン氏を見送った後の来客は、僕の宇宙飛行士訓練の教官であるヴィットリー宇宙飛行士です。彼は既に2回、宇宙へ飛んでいる宇宙飛行士。イタリアのヒーローです。13歳の息子を伴って、日本へやってきていました。 教育熱心な父親でもある彼は、息子を科学館などに連れて行こうと思っているのですが、息子は「ゲームセンターに行きたいんだ。」と僕に耳打ちしてきます。さて、僕はどうしたらいいでしょう。笑 結局、ゲームセンターで遊び、ビッグカメラでゲームを選びました。子供がゲームに夢中なのは、日本だけではないようです。 時間があっという間に過ぎていく中、気づけば、夏がすぐそこまでやってきているようです。 |