さつきのブログ「科学と認識」

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社会のこと

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貧困>選挙>こんな人物には投票しない(その1)

 最近、アルバイシンの丘さんが立て続けに二本の記事をアップされた。

共産党による浅野批判の悪意性(1)
http://papillon99.exblog.jp/12257469/#12257469
共産党による浅野批判の悪意性(2)
http://papillon99.exblog.jp/12282674/#12282674

 発端は、たんぽぽさんによる「神戸市長選」と題するエントリのコメント欄にある。
http://taraxacum.seesaa.net/article/131535144.html#comment

その中でたんぽぽさんが、
>共産党による、浅野氏へのバッシングは、
>事実無根のものも多く含まれ、あきらかに理不尽なものです。
>告示以後であれば、公職選挙法に抵触もしたでしょう。

と書かれたことに対して、私が、その根拠として揚げられた記事こそ事実無根であると書いて、AMLというメーリングリスト上で繰り広げられた議論を紹介したことにある。

 ウェブ上には、「事実に基づかない批判」など溢れかえっている。そんなものにいちいち反応していては体が持たない。私が2007年3月のAML上で、主に東本氏とmsq氏の議論を注視していたのは、ことが、「国保証の取上げ」に関わることだったからである。政治のことには疎いが、政治や社会にかかわる私の最大の関心事は「貧困」の問題であり続けている。そのことは次回、(その2)でふれることにしよう。

 さて、たんぽぽさんが共産党批判の根拠としたのは、「ある国際人権派の雑食系ブログ。(仮)」の次のエントリである。

「【都知事選・石原三選阻止!】日本共産党の浅野史郎氏批判の誤謬性( 再・アップデート版)」
http://blog.livedoor.jp/zatsu_blog/archives/51378556.html

 元記事は、東本高志氏によってAML上に投稿されたもので、度重なる「訂正版」の投稿の中でも[AML 12666]が採用されている。東本氏による最終版は[AML12695]であるが、上記ブログでは、その訂正に対応できていない。最終版(以下、「東本論文」)は下記、
http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/012259.html

 東本氏のスタンスは、導入部に書かれた次の文章からうかがい知ることができる。

------ (引用開始)--------
東京都知事選挙の告示まであと10日を切りました。選挙が迫るにつれ、共産党の「浅野批判」が一段と激しくなっています。しかし、その共産党の「浅野批判」は、統計指標を意図的に混同して、あるいは歪曲してつくりあげた、いわばでっちあげた「事実」に基づく批判というべきであって、それはもう「批判」という名にも値しないしろものといわなければなりません。きわめてアンフェアなものです。これまで共産党が「反共主義者」等々に対して批判してきた同じ手法を今度は共産党自身が用いているのです。共産党には真摯に反省していただきたい、と私は思います。
共産党はその反省ができる「党」であるはずです。
------ (引用終わり)--------

 アルバイシンの丘さんが言うような、「東本氏の反論は,せいぜい”誤謬だ!”というもの」などでは決してなく、共産党は「統計指標を意図的に混同して、あるいは歪曲してつくりあげた、いわばでっちあげた「事実」に基づく批判」を行っていると訴えている。たんぽぽさんによる批判は、この冒頭の文章と同じ語勢になっていて、東本論文が読者にどのような「観念」を投下したかを示していよう。

 主要な批判の対象となったのは、「しんぶん赤旗」の2007年3月2日の記事。
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-03-02/2007030202_03_0.html
の中で、「共産党志位委員長の見解」の、「前県政と比べ浅野県政の福祉切り捨てで際立ったものとして、前県政では国保証取り上げがゼロだったが、〇五年には二千三百三十世帯になったことを告発」という点にある。

 東本論文については、AML上でmsq氏による詳細な反論・批判がなされた。主に「AML保存書庫」2007年3月分の中の[AML 12607]、[AML 12629]、[AML 12641]、[AML 12675]、[AML 12719]、[AML 12763]、[AML 12837]、[AML 12878]、[AML 12904]、[AML 12981]、[AML 13010]、[AML 13051](最後は4月1日)である。

http://list.jca.apc.org/public/aml/2007-March/thread.html

 東本氏による訂正記事の投稿は多数あるが、msq氏への直接の反論・反批判は[AML 12888]、[AML 12996]、[AML 13021]の3本だけである(最後は4月1日)。

 議論は多岐にわたるが、一つのポイントを私なりに要約すると以下のようになるだろう。

(1:東本氏)志位氏が参照したと<思われる>浅野県政時代の統計データをみると、「国保証取り上げ」が急増したのは浅野県政に変わった時点ではなく、浅野県政の途中からであり、しかもそれは、法改正による縛りからやむを得ないものであった。東北他県においても似たような状況なのだから、志位氏のデータの扱いは故意による歪曲である。

(2:msq氏)志位氏は前本間県政時代にはゼロであった国保証取り上げが浅野県政の時に急増したと言っているのだから、志位氏を批判するのなら、本間県政時代のデータと比較すべきである。それをせずに、浅野県政時代にも国保証取り上げがゼロであった年があることを根拠に「「前県政では国保証取り上げがゼロだった」という志位氏の発言は明らかに誤り」と書くのは読者を欺くもの。([AML 12607]ほか)

(3:東本氏)志位氏の主張は「浅野県政時代に国保証取り上げがゼロだったことはない」と言っていることになるのである。浅野県政時代の2000年度には国保証取り上げはゼロだったのだから、この言い方は「明らかに誤り」である。([AML 12888])

(4:msq氏)もともと、志位氏の言い方では県政を担当した期間全部をまとめていっているのだから一般的な解釈では、2000年に「ゼロ」があったとしても前県政との比較ではほとんど意味はない。東本氏は、最終版においても、「「前県政では国保証取り上げがゼロだった」という志位氏の発言は明らかに誤りであり・・・」と書いているが、結局、その根拠を示し得ないまま開き直っている。([AML 12904])

 私は、上記(3)を読んで心底呆れかえってしまった。公党に対して「統計指標を意図的に混同して、あるいは歪曲してつくりあげた、いわばでっちあげた事実に基づく批判を行っている」と批判するのに、こんな乱暴な論理がまかり通っているのである。どこに「でっちあげた事実」があるのか、東本氏は最後まで示し得ていない。

 結局msq氏の再三の指摘にも関わらず、東本氏は最後まで「「前県政では国保証取り上げがゼロだった」という志位氏の発言は明らかに誤りであり・・・」という文言を撤回しなかった。この文言は、明白な誤りである。

アルバイシンの丘さんは冒頭にリンクしたエントリの(2)で次のように書かれているが、これもおかしな論理だ。

------(引用開始)-------
追加09-11/9 20:59:「前県政では国保証取り上げがゼロだった」という志位発言は,「浅野県政下ではゼロではなかった」という言外の印象を抱かせます。この印象は対偶命題と同値だと言えるような気がします。
 すると,少なくとも浅野県政下ではゼロの時代(1993年〜2000年)が半分以上あったのですから,志位発言は「偽」,すなわち「嘘」または「誤り」となります。従って,東本さんの初めの記述も間違いとは言えなくなります。
-------(引用終了)-------

 「浅野県政下ではゼロではなかった」と「浅野県政時代ゼロだったことはない」は、あきらかに意味が異なる。「浅野県政下」をひとまとめにした前者は事実だが、個々の年度を問題にする後者では事実ではない。「前県政では国保証取り上げがゼロだった」という志位発言が,「浅野県政時代にゼロだったことはない」という言外の印象を抱かせるように読者を仕向けるものだと錯覚させたのは、東本氏の「功績」であろう。トリックを用いてそれをやるのが彼の目的だったというのがmsq氏の主張であるが、私はその点は良くわからない。東本氏は、[AML 19888]において、「志位氏は、「浅野県政時代に国保証取り上げがゼロだったことはない」と言っていることになるのです。」と、はっきりと書いているが、トリックもなにも、あまりに間抜けすぎる論法だ。問題の所在は、国保証の取り上げがどの県政時代に決断されたかにあるからである。

 東本論文も引用しているように、共産党による浅野県政批判は、東京都知事選を遡る4年前の2003年3月の仙台における志位委員長の演説にもある。
http://www.shii.gr.jp/pol/2003/2003_02/2003_0223_01.html

 上記を読めば、批判項目が多岐に渡っていることが分かる。つまり、共産党による浅野批判は、都知事選に際してとってつけたようになされたものではなく、浅野県政時代から一貫して、全面的、包括的になされてきた。東本氏は、この2003年の志位演説についても批判を加えている。

志位氏:「宮城県は一人当たりの住民税は、六県中一位です。みなさんは一番税金を払っていらっしゃる。これは、ぜひ覚えておきたいことです。
 ところが一人当たりの民生費、つまり福祉費は六位、最下位です。教育費も六位、衛生費も六位、つまり巨大開発病のしわ寄せがここにきているんです。」

 東本氏は、上記文章の前段だけを引用して、所得割の税率は全国一律なのだから、所得水準の高い宮城県で住民税が高くなるのは道理であり、あたかも宮城県の税率が他県に比べて一番高いかのように言うのは為にする批判だと、批判している。しかし、志位演説の文章をすなおに読めば、宮城県民は高額納税をしているのに民生費は低額に抑えられているという、その逆転した落差が批判されていることくらい、簡単に分かる筈だ。志位氏は、単に宮城県民の納税額が高いことを批判しているのではない。

 志位氏の主張を批判するとしたら、たんぽぽさんのところのコメント欄で、かつさんが次のように書いたようにやるべきだったのだ。

「一般的に言えば、所得水準が低いほど福祉は必要であり、それに応じて福祉関係の支出も多くなるということになりますね。つまり、福祉の水準を同一とした場合、所得水準と福祉の必要性とは理論的に言う限り反比例することになります。」(2009年11月06日 04:52)

 尤も、納税額が高いほど、より篤い福祉を望む権利はあるのだから、同一の福祉水準を前提にした議論はできないとする立場もあり得るだろう。いずれにしても東本論文は、故意に文章の一部を切り出し、文脈を無視した上で批判していて、そうした議論以前の問題をかかえている。志位氏の主張一つをとらえて、こうも解釈が違ってくるのは何故だろう。私が注目したのは、「国保証取り上げ」という事態の「重み」についての東本氏とmsq氏のスタンスの違いである。

次回はこの点をめぐって、もう少し考えてみたい。

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Looperさん、トラックバック、そして言及ありがとうございます。

どうもひとつの問題で共産党の主張と同じことを言うだけで人間扱いされないような、そんな国になってきているようですね。確かに私は、Looperさんよりは共産党に甘いでしょう。同じくらい民主党にも甘いのですけれど、両者に同じくらい甘い者は、「共産党支持者」ということになってしまうようです。なんともはや・・・

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2009/11/12(木) 午後 11:00 [ さつき ]

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敵・味方思考の罠 (追記あり)

とかく人を、「敵」か「味方」かという色分けをする人がいます。 自分と意見が異なる人、自分に反論する人は「敵」と認定してしまうようです...

2009/11/12(木) 午前 9:00 [ Looper's Log ]

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