HALTANの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-11-10

[]内閣官房参与・平田オリザ妄言を真に受けると「下流」に堕ちるわよ!

そんなわけで、平田オリザの言うことはあまり信用してない。「新国立劇場民営化」とか言ってくれたらたしかに面白いんだけど。それで新国立が潰れて日本のオペラ歌手たちが飢えて死んでも誰も困らない。芸能なんてそんなものだ。

今日の雑談 2009-11-09 期待はしないほうがいいと思うんだけど id:jura03:20091109:p1

・・・1997年オープンの「新国立劇場wikipedia:新国立劇場については、あそこもいざ作ってみるとたぶんお客さんは「常連の芝居オタク」「劇団・俳優の追っ掛け」しかいないのが現実だと思いますね。初台の近所の人もさほど「新国立劇場」=新国劇(笑)を地元の誇りにしているとも思えない。この時点で平田の、

これらの劇場は地域の観光拠点にもなる。欧州ではナイトカルチャーを担う劇場の有無が都市の観光客数を左右する要因になっている

鳩山政権の文化・芸術政策は、どうなるのか? 2009年11月2日 朝日(大室一也 藤谷浩二)

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200911020075.html

という主張はうさんくさい。そりゃお客さんはそれなりに沢山来るかもしれないけど、東京都内でも小劇場(スタジオ)や劇場・ホールの大半は隣近所の嫌われ者だと思いますよ。劇場のお客さんや興行関係者が買い物や飲食をしてくれる益など商売をしている人だけのものだし、その他の地元民には稽古・興行の際の騒音や混雑がウザいとか、客がゴミを散らかすとか何かと壊す(汚す)とか、いい評判なんか何も無いと思う。当の平田自身が、

平田 とは言ってもアゴラは、本当に劇場として使いやすいかというといろんな制約があります。例えばアゴラは、何時までいてもいいけど、夜の9時半になると音を出せません。その制約の中で一緒に作っていくしかない。

−隣近所の問題ですね。クレームがあるんですか。

平田 うーん。そこは難しいんですけどね。昔から近隣と協定みたいなものがあって音を出すのは9時半までにしてきました。それが25年も続いてますからニューカマーの方が来て文句を言っても、これは昔からのご近所との決め事で午後9時半で終わりにしていますから、と言っています。ぼくはここで生まれ育った商店街の子ですから、ほかの方からもそれでご支援をいただいていますので。地元の幼稚園、小学校、中学校、高校、すべて私の母校で、今も時々ワークショップなどを行って、地元の地域対策をしています。

−そういう近隣との付き合いの中劇場を運営してきたことが、経営面でもプラスになっていますか。

平田 いやあ、それはないでしょう(笑)。劇場は単体では経営できるものではなくて、特に小劇場は公的な支援がどうしても必要だと思っていて、劇団にサービスしようと思えば思うほど赤字になるんです。

インタビューランド #10 ●平田オリザさん(劇作家、演出家、大阪大学コミュニケーションデザイン・センター教授) 聞き手=北嶋孝+水牛健太郎

http://www.wonderlands.jp/interview/010/01.html

とか言ってる。んで結局は、

特に小劇場は公的な支援がどうしても必要だと思っていて

税金寄越せコノヤロー!

なんですよねえ。

だいたい「新国劇」も開館前から演劇人・文化人達がお家騒動ばかりやってるみたいですしね。具体的には芸術監督の椅子を巡る争いとかね。

■開館に至るまでには紆余曲折があった。「二国問題」(仮称:第二国立劇場から)と言われ、バレエ、演劇、オペラそれぞれの部門において論争の的となった。

 ■その中で大きなものは、オペラ劇場の客席数である。国内のオペラ関係者は客席数を少なくしてどの席からも見やすく音響的にも優れたものにすることを主張した。(実際問題としては国内団体の公演では座席数を多くしても満席にはならないというのも理由の一つであっただろう。)それに対して、海外の有名歌劇場を招聘している団体は座席数をできるだけ多くするように主張した。海外の歌劇場を招聘して日本で公演させるのには莫大な費用がかかる。その費用を回収するために座席数をできるだけ多くしたかったのである。結果としては国内のオペラ関係者の主張が通った。そのせいであろうか、海外歌劇場の招聘団体はオペラ公演には日本でもっとも適しているのにもかかわらず新国立劇場を使用していない。

wikipedia:新国立劇場 その他

これも呆れ果てた話で、そりゃ「ひどいホールで芝居したくない」演出家・俳優達の気持ちは分かるけれども、だが「国内のオペラ関係者の主張が通った」結果、大衆的な集客が見込める「海外歌劇場の招聘団体」は「新国劇」では公演しなくなってしまった!

演出家・俳優達は興行ってもんを舐めてるとしか思えません。要するに彼ら自身が、日本の「生もの」が、

一握りの「コヤ」以外はロクにお客さんもいないのに日本は「生もの」が実際のニーズに比して供給過剰

2009-11-03■[アホ文化人を退場させられない理由]内閣官房参与・平田オリザの「危険」な本性を剥ぐ!(爆)id:HALTAN:20091103:p1

観客層が「オタクと劇団・俳優の追っ掛け」に留まっている現状の打破

2009-11-08■[アホ文化人を退場させられない理由]日本演劇の真の敵としての「平田オリザid:HALTAN:20091108:p1

日本だって四季東宝等の商業ミュージカル・商業演劇や、TV・映画に出ているような有名タレントが出ている大小のお芝居なんてのは今でも沢山ある。問題はそれがアメリカにおけるブロードウェイのようなショービズの頂点・通も大衆も誰でもが入ってこれる入り口として機能していない

こういう現状をどう変えられるか?

・・・なんて全く考えていないんですよ。

そんでメジャーもマイナー(セミプロ)も何処かから騙し騙しカネを引っ張って(一握りのバーッと売れるような公演を除き)騙し騙しチケットを捌いて何とかキャパ埋めて、そんで「日本人はアートに理解が無い」って、まあ一般世間も客も舐め切った話ですわなあ。

こんな現状で平田の口車に乗せられて更にこれ以上に「アート(演劇)」に官民のカネを突っ込んだところで、

オタクと劇団・俳優の追っ掛け」しか観ないお芝居がまた増えて、

結局は各地の公的なホールで「地元のお客さんは『これが分からないとバカと思われるっぺ』と遠慮して本音で『つまらない』と言ってくれない」「地元外から来るオタク・批評家・演劇人だけが喜んでる」ようなお芝居に無駄に税金が注ぎ込まれるだけでは? 

id:HALTAN:20091107:p2

id:HALTAN:20091108:p1

という結末がもうミエミエ・・・orz

平田はあちこちで怪しげな経済観・地域社会観を吹聴しているみたいだけど(例:長野商工会議所だより 新世紀への提言 平田オリザhttp://www.nagano-cci.or.jp/tayori/685/ts_685.html)、誰もマジメに批判しない(まあ私も仮に機会があっても公の場では平田には直言しにくいだろうな。みんな「自分だけ道化になりたくない」から平田のような権力亡者がますます増長してしまう) 其処には、たかが劇作家ふぜいがこの世界の何でも語れるという薄気味の悪い平田の慢心だけが在る。平田は進歩的文化人の再生の最悪例と断言していいと思う。

2009-11-09■[床屋政談・ニュース速報]「自民党の頭の古い親父たち」としては(苦笑) id:HALTAN:20091109:p1

このインタビュー(http://www.nagano-cci.or.jp/tayori/685/ts_685.html)も余りにツッコミどころが多くて・・・orz  う〜ん、無い知恵絞って少しやっつけてみよう。 

今は自分にとって何が幸せか自分で決めなくてはいけない。しかし、自己判断や自己責任の取り方について、今のところ学校では教えてくれません。成長型の社会から成熟型の社会へと、社会の構造が大きく変わったにも関わらず、教育のシステムは未だ競争原理のままです。こうした状況も、大人になりたがらない子どもを増やしているのではないでしょうか。社会の構造改革が必要だとは言われますが、精神の部分の構造改革、つまり自己判断や自己責任の原理にシフトしなければ、日本の社会は変わっていかないと思います。

例えばノンセクト活動家内閣府参与・湯浅誠の「岩盤」論が、いかに「岩盤を壊せ→日本人の精神を改造せよ!」という薄気味の悪い妄想であるか、以前に触れたことがあるが(2009-10-21■[床屋政談]WATERMANさんには社会活動への幻想があるだけと思う id:HALTAN:20091021:p2)、平田も「精神の部分の構造改革」ですかあ・・・orz  平田のこういう妄想って何処から出てきたものなんだろう? おまけに「自己判断や自己責任の原理にシフトしなければ」って、まさに平田こそがリベサヨ=ネオリベ自己責任思想の権化である何よりの証拠ですなあ。

・・・平田に期待する「進歩的」な人達はこうした平田の「自己判断も出来ない自己責任も取れないような愚民どもは死ね」思想を本当に知ってるのかい?

工業立国においては、親や先生、上司の指示通りに動ける人間が、いい人間いい人材でした。しかしマスプロダクトの時代は終りました。第一次、第二次産業に従事している人でも、サービス業的な感覚、たとえば消費者のニーズを汲み取った商品開発が必ず必要になる。今後の社会では、アイデアとか発想とか柔軟性が求められる。しかも、自分のアイデアを説明できる能力を備え、結果に対して責任を取ることができる人材が優秀とされるはずです。しかし、こうした能力を伸ばす教育プログラムはまだ実施されていない。これも課題ですね。

http://www.nagano-cci.or.jp/tayori/685/ts_685.html

この辺も平田の主張はもう滅茶苦茶。平田はミヤダイ辺りに吹き込まれたことをそのまま言ってるんじゃね〜の?

しかしマスプロダクトの時代は終りました。

は? 何を根拠に?

第一次、第二次産業に従事している人でも、サービス業的な感覚、たとえば消費者のニーズを汲み取った商品開発が必ず必要になる。

仮にそうだとして、そんなの昔からでしょ〜。「青年団」でお山の大将やって税金をかっ払う算段だけしてきた平田には一般社会が見えていないだけなんじゃないの〜? 尤も、(実際にはクソつまんない)「現代口語演劇」というオリジナル商品を「開発」していつの間にか劇壇の帝王にのし上がった平田には、確かにそうした商品企画力・開発力だけはあるのかもしれないね(誉め言葉) 平田はインテリ殺しだから、例えば東大小森陽一辺りも簡単に引っ掛かったみたいだしw 

今後の社会では、アイデアとか発想とか柔軟性が求められる。しかも、自分のアイデアを説明できる能力を備え、結果に対して責任を取ることができる人材が優秀とされるはずです。しかし、こうした能力を伸ばす教育プログラムはまだ実施されていない。これも課題ですね。

あのね〜平田さ〜ん、例えばいま、上場企業辺りの文系ホワイトカラーでそれこそ「アイデアとか発想とか柔軟性が求められる」ようなポジションにいるような人達って、恐らく大半は東大京大一橋早慶(の主に法・経済等の実学系学部)程度は出ているような(ここに平田の母校のICUを加えてもいいよw まあICUの入試は特殊だけどね)、それこそ旧態依然足る「マスプロダクト」的な「学校の勉強」「受験勉強」「大学の単位獲り」をきっちりやってきたような人ばかりなんだよね(その過程は「ガリ勉」だったり「要領」だったり人それぞれにせよね) つまり主に「高偏差値大」の「実学系学部」を出ているような人達しか実際には「アイデアとか発想とか柔軟性が求められる」ような位置には就けてないし、ぶっちゃけ六大学でも東大早慶以外の明立法の学生でさえお呼びじゃないわけ(早慶でさえ学生数が多いから大半はゴミだよ。あの辺は同じコーホート内で就職格差が大きいしね) ・・・そして、たぶんそれは今後もさほど変わりません。「変わる」というなら証拠を見せて欲しい。

平田がパクっているような「学者」達の眠たい議論とは無関係に企業は動いているし、また企業が一般・学生向けに語る「こういう人材が欲しい」という主張の「本音」と「建前」はものすご〜くややこしいから、表層しか見ていないと上記のような「これからの教育は個性が大事です」「・・・で、だから何?」という話しか出来ないんですよね。ぶっちゃけ平田のいた桜美林の卒業生は「アイデアとか発想とか柔軟性が求められる」ような位置に就けてるんですか? 肝心の平田自身が旧帝の阪大に逃げちゃったんだもん、何の説得力も無い。

平田は「いや、でも面接とかはいわゆるコミュニケーションスキルが問われるでしょ?」→だからコミュニケーション能力だ〜! とか言いたいのかもしれないが、ここは断言するけど、確かに昔もなぜか「就職が上手くいかない」学生なんてのは沢山いて、だがそうした問題が一気に表面化したのは明らかに1991年前後のバブル崩壊以降なんだよ。それ以前はどんな「馬鹿」でも「高望み」しない限りは(もちろん個々人の偏差値に見合った範囲内において、だが)何処かには拾って貰えていたわけ。「失われた××年」下で企業側の「なんかな〜、『硬い』奴は簡単にモノを売ってくれないから獲りたくね〜んだよな〜、『硬い』奴から買いたい頑固なお客なんかどうせ一握りだし〜」「内定者なんか遠慮なく俺達の好き嫌いで選べばそれでいいよな〜、どうせ買い手市場なんだし〜」という志向がどんどん促されたのが現実で、そこにマクロの景況と企業の志向の相関など全く思いも及ばない「学者」が「企業の傲慢は許さ〜ん」「日本型新卒一括採用をぶっ壊せ〜」だの的外れな怒りをぶち上げているわけ。

平田だって青年団じゃどうせ「好き嫌い」だけで新人を選んでるんでしょ? そんで、平田の提唱する「自分のアイデアを説明できる能力」「を伸ばす教育プログラム」を受ければ絶対に青年団に入れてくれるんですか? そうなったら今度は「今はみんな『こう言えば受ける』というマニュアルだけ勉強してきていて面白みが無い」「素人でも荒削りでもいいから『何か違う』という人に来て欲しい」とか言い出すんだろw

・・・後は面倒だからもう言及しね〜や。

結論。平田はアホでマヌケで大嘘つき。「消費者のニーズを汲み取った商品開発」を主張する平田が生んだ最大のヒット商品は、全く中身が無いのになぜか売れる「平田オリザ」自身!

(追記)

実は平田の主張は「職業レリバンス」とやらの問題でもあって、ここもすごくややこしいんだけど、とりあえず「就職に役に立ちそうな大学(学部)」という観点から言えば、

太田光に、田中が弁当恵んでくれていたからあんたは恵まれていた、と言ってみたって仕方がないんで、「そんな日大ゲージツ学部なんて逝ってる段階であんたは人生捨ててるの!私が相手にしてるのは、まともに就職できると思っておベンキョしてたのに、不景気で就職できなかった人たちなの。」と冷ややかに言わなくちゃいけないんですけどね。

そこが、そう割り切れないから、「テツガクを専攻したんですが、その教育レリバンスはなんですか?」と聞かれて、「ああそう、職業レリバンスのないお勉強をされたのね」と返せないわけですけど。

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_c7cd.html

EU労働法政策雑記帳 2008年3月19日 (水)●爆問学問 本田由紀 vs 太田光

http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/vs_3880.html

・・・平田の「演劇でコミュニケーションデザイン!」とかいう妄言を真に受けると「下流」に堕ちるわよ! 

コミュニケーションスキルが必要です」「そういう修練をさせましょう」と説いたところで、その過程自体がついてこれない人間を排除していく矛盾があるし、また平田の説く「第三次産業感情労働=ポスト・フォーディズムにはコミュニケーションスキルが必要だ」的物言いがかえって基礎的で有益な「学力」「学歴」の習得から低学力(低学歴)者を遠ざけてしまう危険性にも無自覚だ。まあ「学者」でも職業教育コミュニケーション教育・レポート型教育・体験型教育を強調する余りにそうした危険を無視する人がいるのが現実だが。学者じゃないけど藤原和博なんてのも怪しいし、教育学者と連携した実験的授業ばかりやっているが生徒は誰も東大に入れない=肝心の東大は実はそんな遊び半分教育を受けた生徒達を相手にしていない「東京大学教育学部付属駒場」(ツクコマに非ずw)なんてのもあるわけ。

2009-11-02■[アホ文化人を退場させられない理由]大阪大学教授・内閣官房参与・成長戦略会議委員=虚人平田オリザ id:HALTAN:20091102:p2

トーダイのセンセイ方は偉そうに教育政策を語るけど(主張は「学力」重視だったり職業教育重視だったり「学びの共同体」wだったり色々ですが)、お膝元の付属で「実験的」な授業ばかり受けてきた生徒達は実際には東大に入れてくれない。平田と親しい小森陽一佐々木正人だって平田的コミュニケーションデザイン教育(?)を受けてきた生徒なんか東大には入れてくれない。一応はちゃんとあの東大の多科目で広く浅く勉強が面倒な一般入試で入ってくれないと。・・・こうした「現実」が全てを物語っているでしょう。大阪大学は「コミュニケーションデザイン教育」を受けてきた受験生を優先的に入れてくれるんでしょうか?

また、ただでさえ昔から例えば大学の文系実学系学部の就職率は悪かったのに、90年代以降は訳の分からん学際系学部もやたら増えて、たぶんその辺の就職率も決して良くはない(慶應SFCなども学部生の卒後はピンキリでものすごいらしい) 更に今後も良くなる可能性は一切無い。まあ、

細かいことを言えば「就職率の悪いくだらない大学・学部・院その他幻想を売る『スクールビジネス』の類は片っ端から潰す」とかもあるけど、ただこれらも「潰して余所に行かせたところでそういう場所にウッカリ入るような奴が使いものになるわけ無いやん」「アホが勝手にそんな場所に行って『ボクはアホ』という烙印(スティグマ)を自分で自分に押してくれるからええやん、自己責任やで」ということで放置、とすればどうでもいいのかもしれない

2009-11-01■[無題]「知性」は「落ちこぼれ」を救わない id:HALTAN:20091101:p2

が・・・。だいたい、平田のいる「大阪大学コミュニケーションデザインセンター」(http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/)ってのがそもそも何なんだよw お堅い地味な専攻に飽きている研究者と「学際」「大学の市民開放」をネタにアカデミズム内での不利な地位を一発逆転したい駄目人文系が組むとこんなわけの分からないプロジェクトで税金が無駄遣いされちゃうんだなあというか、その中で宣伝塔として担がれてあげることで桜美林→旧帝(大阪大)というステップアップに成功した平田はやっぱり策士だなあというか・・・。

最近の平田に対して「結局は政治かよ!」と怒るべきは本当は「青年団」の役者達だと思うんだけど、「お芝居は自らが『王国』を持つ為の道具」「主宰者はギャラ稼ぎのタレント活動や生ぐさい政治や論壇にばかり露出、大学等での就職にしか関心なく」っての、たぶん昔からの日本の演劇人の伝統なんだろうし、王に身も心も捧げ尽くした臣民達はもはや怒るという発想さえ無いと見た(涙)

(追記2)

まあ「教育」学力」論争・政策も「学者」が乗り出すと余計にこじれるのが現実で。「ゆとり教育」「学力」論争も所詮はプロレスにしかなってなかったと思うし。

自分の偏見では「学者」が関わると教育談義(教育制度)はますます混乱するように思いますね。これも細かい事例を出すとキリがありませんが、例えば「ゆとり教育」を作ったのは本当は香山健一=臨時教育審議会でした。

id:HALTAN:20091101:p2

この「ゆとり教育」を後年に批判したのが「保守」の『文藝春秋』で(『文藝春秋』は臨教審当時は香山の論文を掲載していたのに!)、更にその「ゆとり教育」にまだ期待しているリベサヨ=ネオリベの人もいるという、何というこの捩れ具合・・・!

・・・要するにトーダイのセンセイも日本のアカデミズムの頂点としての権威を振りかざすなら平田ぐらいはきっちり大学から追い出せよな、ってことなんだけど。トーダイ(出身者含)のセンセイがた自ら平田の怪しい教育論の暴走を放置or図に乗らせてるよ〜じゃね〜orz

(追記3)

アクセスログを見ると、検索語句に、

「haltan 平田オリザ 訴訟」「平田オリザがHALTANを訴えた」

なんてのが出ているけど、これは何のことでしょうか?

何処かで実際にそういう話が出ているのでしょうか? 

ネットは確かに深く考えずに書いたりメールしたことが書いた当人の気づかないうちに暴走したり何時の間にか他人を傷つけたり警察・裁判沙汰になったりするところではありますし、私もこれまでにヒヤッとするような身に覚えがないではない(結果的に何も起こってはいませんが) ただ今回の場合は万が一、拙ブログの内容に問題があるとして恐らく「はてな」への削除要請がまず行われるでしょうから、有名人の平田さんが唐突にこんなアクションを起こすとは思えませんが・・・。

ここには挙げませんが2ちゃんねるでは更に見るに耐えない記述や、もっと厳しいことを書いているブログさんも他にありますが、平田さんがそういうものをいちいち見ているとも思えませんし・・・。

id:bogus-simotukare あなたが平田オリザ(それとも鳩山ですか?)が嫌いなことは大変よくわかりました/でもそれだけの文章、いつものパターン(客観的根拠のない文章書いて楽しいの?) 2009/11/08

http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/HALTAN/20091108/p1

私自身は、お芝居のような「芸能」及び有名人は「ウワシン」的「ゴールデン街」的ゴシップも含めての存在と考えておりますので、拙ブログ程度の記述がとくに問題とは思っていません。

ただ唐突に「訴訟」「訴えた」とかいう語句で検索されるとドキッとはします。これはSNSか何かでそういう話が出ているのでしょうか?

おとなり日記