私と一緒に暮らしているフクちゃんは、いつも自分勝手で、私を困らせる。
いろいろやりたいと言う割りには、あんまり動かないし、旅行とかの計画も 私に任せっきり。でもノリは良い。 「次の連休、どっか行きたいなー」 ぼーっと雑誌を眺めながら、さり気なく言ってみる。 「んー、行きたいねー。国内が良いなー」 フクちゃんは、いつもパソコンをいじりながら会話をする。 「たまには海外も良くない?」 「良いよ、海外でも。なんか、南のほうに行きたい」 「ざっくりしてるなぁ。ハワイとか?」 「ハワイは嫌だー。俺、ハワイってキャラじゃないし」 「じゃあどこよ」 曖昧な感じで、ぐだぐだと話すフクちゃんに、私は少しイラっとする。 「沖縄のほうの小さい島とか。のんびりできる、あったかいところが良い」 「んー、よく分かんないけど、調べといて!」 自分から話を切り出したけど、面倒になってしまったので、フクちゃんに 丸投げする。 これが、先月のこと。今、私とフクちゃんはアイスランドに来ている。 散々「南に行きたい」と騒いでたフクちゃんが、いきなり「ビヨークの国 に行きたい」とか言い出して、そこからアイスランド行きが決まった。 フクちゃんは、お気に入りのリーボックのポンプフューリーを履いて、浮 き足立って歩いている。年上だけど、そんな単純なところが可愛い。 特に計画も立てずに、ぶらぶらと街を歩いて、二人で写真を取り合って、 遊ぶ。日本よりもずっと寒いアイスランドは、なんだか二人の距離が近くな る、素敵な国だ。手をつないで、道端にしゃがんで夕飯の話をする。息が白 い。 ちょっと高そうなレストランで、ラム肉を食べる。フクちゃんは、エビを 食べている。アイスランドは食べ物が美味しいと聞いていたので、観光より も食事をメインで考えていた私は、調子に乗って色々と頼みすぎてしまった。 結局、たくさん残してしまい、半分くらいフクちゃんが食べてくれた。 そのあと、ホテルからすぐの温泉に二人で浸かりながら「幸せって何だろ う」って話を、延々とした。 フクちゃんは、 「好きな人と、好きなことをするのが幸せだなー」 と、言う。 私も、そう思う。 「じゃあ、今は幸せってこと?」 私が訊くと、 「うん、すごく幸せ。これがずっと続けば良いなーって、いつも思ってるよ」 と、フクちゃんが言う。 それを聞いて「私は今、めちゃくちゃ幸せだなー」と思う。 お互い、嫌なところもたくさんあるけれど、それよりも大好きなところが いっぱいあるから、今までも今も一緒にいられる。これからもずっとずっと 一緒にいたい人は、やっぱりこの人しかいないな、と思う。
規則正しい生活とは何?
毎日同じ時間に起きて、きっちり朝ごはんを食べて、外へ出て働き、ラン チには同僚と上司の陰口、定時に上がって家族と団らん、0時前には眠り、 酒や煙草は控える。こんな人生、楽しいはずがない。これを楽しいと言える 人間は、ロボットだ。 僕の彼女のみっちゃんは、毎日、朝と夕方、散歩に出掛ける。散歩が趣味 なのだ。いつも僕より早く起きて、バナナジュースを飲んでから出掛ける。 何とも健康的な人だ。 彼女は、何か規則に縛られることを嫌い、割りと自由気ままに生活してい る。でも僕からしてみれば、かなり規則的な生活をしているように見える。 羨ましい。 今の僕は、誰かが作ったリズムを軸に生きている。でも、みっちゃんは自 分で作ったリズムで生きている。そのリズムが、いわゆる社会のリズムと上 手く合っているから、彼女は自由に生きているけど、自分勝手な人間には見 られない。 僕の仕事が休みの日は、彼女が僕の分のバナナジュースも作ってくれて、 一緒に散歩に行く。彼女の散歩は、ダイエットのためのウォーキングのよう に早歩きするのではなく、ゆっくりと歩く。だから僕も、ゆっくり歩く。ゆ っくりゆっくりと歩く。 いつもより少し速度を落として歩いているだけなのに、電線に止まるスズ メや、公園の花壇のチューリップなど、いつもは気が付かないものに目が行 くようになる。彼女のことも、よく見てしまう。 歩いているときの彼女は、凛としていて素敵だ。気のせいかもしれないが、 家にいるときより姿勢も良くて、近所の人に挨拶をする姿は、とてもキラキ ラしている。 都会の忙しい生活は、自分を失いそうになる。彼女は僕をさり気なく支え てくれている存在で、自分のことを理解してくれている。そんな彼女に僕が 出来ることは、お金とかそういうものじゃなくて、なるべく一緒にいてあげ ることだと思う。 ゆっくりと二人で暮らすのは、今の僕たちには、まだ少し難しいかもしれ ないけれど、いつかそれが二人のリズムになるように、僕は今を生きている。 彼女と、どこまでも歩いていきたい。 幸せは、人生の道端に、ぽつりと落ちている。
東京の外れ。家から一時間弱、電車を乗り継いで、登山に出掛ける。大き
なリュックを背負って結構本格的な格好で臨む。 この山は、よく大学の仲間と一緒に登っていた山だ。同じ東京と思えない ほど、緑に溢れていて、綺麗な空気に心も体もリフレッシュできるところで、 僕は気に入っている。 ここ数年は、春になると同居人の優里ちゃんと一緒に登っている。かれこ れ五年目になる。今では欠かせない春の行事になっている。 優里ちゃんは、いつも話し方も仕草ものんびりしていて、僕が小学生の頃 に飼っていたハムスターに似ている。でも、意外と言うことは鋭くて、いつ も的を得ている。一緒にいて、とても落ち着く存在だ。 先週、長年履いていたボロボロのトレッキングシューズを買い替えた。三 万円。予定外の出費に家計は火の車だ。給料日まで外食は避けたい。 でも、こんなときも優里ちゃんは、 「大丈夫だよー。どうにかなるよ」 と言って、のほほんとしている。 麓の駐車場の縁石に座って、持ってきたおにぎりを食べる。少しべちゃっ としていたけど、自然の中で食べるものは何でも美味しい。優里ちゃんも、 おにぎりを頬張る。僕の食べる早さに合わせて、急いで食べている。 「いいよ、ゆっくり食べて」 「大丈夫、もう食べ終わるから」 「本当?ちょっとそこでコーヒー買ってくるよ。何か飲む?」 僕は遠くに見える自動販売機を指差しながら言う。 「あったかいお茶がいい」 優里ちゃんは、しかめっ面をしている。 しばらくして、ゆっくりと登り始める。年に一度とはいえ、慣れたもので、 ゆっくり登ってるつもりでも、どんどん他の登山客を追い越してしまう。別 に急いでるつもりじゃないのに、サクサク登っている自分たちのことを考え ると、ちょっと恥ずかしくなる。 半分くらい登ったところで休憩した。自分の足で、高いところに登ること に感動する。 優里ちゃんは、しゃがみながら、タンポポの綿毛を「ふぅー」っと吹いて いる。 「あと半分だね」 僕が言う。 「うん!頑張ろう。ちょっと暑いね」 優里ちゃんは、そう言いながら服に付いた綿毛を払う。 「頭にも付いてるよ」 僕は笑いながら、指差す。 それから、少しペースを落として、またゆっくりゆっくり登った。 頂上は慣れているせいか、あまり高く感じなかった。半分くらいのときと あまり変わらない感覚だ。少し物足りなかったけど、頂上で飲んだビールが 美味しくて、そんなのどうでも良かった。 優里ちゃんの頭には、まだ綿毛が残っていた。
「甘いものを食べると、脳みそが元気になるんだよ」
と言って、マユカちゃんは、コンペイトウをぽりぽり食べる。 話には、あまり興味がなかったけど、僕もコンペイトウを食べる。 マユカちゃんは、生まれたときから僕の隣の家に住んでて、今も同じ小学 校に通ってる。クラスで人気者のマユカちゃんは、小学校に上がってから、 あんまり僕と遊んでくれない。ちょっと淋しいけど、マユカちゃんは僕だけ のものじゃないから、我慢してる。でも、やっぱり淋しい。 学校では、あんまり話さないけど、宿題がいっぱい出された日は、どっち かが家に行って、一緒に宿題をする。 マユカちゃんは算数が得意で、僕は国語が得意。分担して宿題をする。 「最近、学校どう?」 コンペイトウの入った小ビンに指をつっこみながら、まゆかちゃんが訊く。 「楽しいよ。今日、昼休みにヤスとタクヤと一緒に学校抜け出して、コーラ 買って飲んでたら、それ見てたワタルが先生にチクって、職員室に呼ばれた よ」 「怒られたの?スズキ先生?」 「ううん、ナカガワ先生。ちょっと怒られたけど、何か笑ってた」 「えー、何で」 「分かんない。『先生も、よく悪さしてたからな』って言ってた」 「へー、面白いね。私、あんまり話さないけど、結構好きだよ、先生のこと」 それを聞いて、僕はちょっとヤキモチをやいた。だってナカガワ先生は、 僕よりもずっと背が高くて、足も長くて、カッコイイ車に乗ってるから、僕 は敵いっこない。 そんな僕の気持ちも知りもしないで、マユカちゃんはコンペイトウを食べ ている。 「ナカガワ先生と付き合いたい?」 思い切って訊いてみる。 「んんー。私はふくちゃんと付き合いたい」 「え!僕?」 顔にボッと火が付いて、真っ赤になる。 「うっそー!びっくりした?」 マユカちゃんがニヤニヤして僕を見る。 「びっくりしてないよ!絶対ウソだと思ったし」 目を逸らして、赤い顔を隠す。 「ふくちゃんは、誰が好きなの?」 「好きな子いない」 あんまりこの話をしたくなかった僕は、素っ気なく答える。 「ウチのクラス?ユミちゃん?フミちゃん?」 マユカちゃんが、しつこく訊いてくる。 「教えないよ!ってゆうかいないもん!」 ちょっと大きな声で言ってしまった。 「そっか。つまんないのー」 マユカちゃんは膨れっ面で、宿題の続きを始める。 本当は「マユカちゃんのことが好き」って言いたかったけど、僕がもっと 大きくなって背が伸びてからにしようと思った。それまでマユカちゃんが待 っててくれるといいな。 「じゃあ、マユカちゃんは誰が好きなの?」 「ひみつー」 ぽりぽりコンペイトウを食べながら、マユカちゃんが笑う。
たった数十年の人生の間に、理想の女性像に出会えるなんて、滅多にない
ことだろう。でも、滅多にないことは、あるとき突然訪れることもあるのだ。 それを逃した僕は、馬鹿だ。 去年の五月、友人との待ち合わせのため、渋谷に向かっていた。午後二時。 街は学生や大きな鞄を持った旅行者風の人々で溢れていた。駅前のスクラン ブル交差点から、しばらく歩いたところにある小さな横断歩道で、帽子を深 く被った女性とすれ違い様にぶつかる。彼女は「すみません」と言って行っ てしまった。足下を見ると使い古された革製の定期入れが落ちていた。急い で周りを見回したが、彼女は見当たらない。 僕はその定期入れを、警察に届けなかった。 翌日、午後二時。僕は昨日彼女とすれ違った横断歩道の脇にある銀色のガ ードレールに腰を下ろし、彼女を待った。ストーカー紛いなことをしている 自分に緊張感を覚えながら、待ち続けた。 一時間ほど経った頃、彼女と思わしき人がキョロキョロと足下を見ながら 目の前を通り過ぎた。 「あの……」 僕が近付いて声をかけると、 「はい」 と、彼女は振り返り、僕の顔を見る。 「あの、これ、昨日落としたと思うんですが…」 彼女は顔を赤らめて、目を真ん丸にして、僕を見つめる。 「あ、ありがとうございます…」 「いえ、すぐに警察に届けなくてすみません…」 「いいんです、いいんです!ありがとうございます」 彼女は手で顔を扇ぎながら、何度も礼を言う。 そのとき、僕の体は硬直していた。僕の思い描く理想の女性が、今まさに 目の前に立っていたから。 「では、失礼します」 彼女は足早に人混みの中に消えて行った。 今でも覚えているのは、定期券に書かれていたコマイトモカという名前と、 彼女の付けていた大きな黒いパールの付いたネックレス。あれから一年経っ たけど、いつも渋谷に来ると彼女を思い出す。ついつい周りを見回してしま う。 だけど、追いかけることはしない。理想の女性像が、必ずしも運命の人と は限らないから。まだ、見た目だけで彼女を判断している自分が、少し気に 食わない。 もし、彼女も僕を探しているのなら、いつかきっと巡り会える。そんなこ とは、滅多にないだろうけど。 今日も多くの人々が、この街を歩き、多くの人々と出会っている。僕も歩 く。今は、まだ知らない誰かに出会うために。
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