キシリトール
文: 大阪大学名誉教授 堀尾 武一
2000 年 4 月 1 日 からの積算ビジタ数 :
要約
- 砂糖に代わりに、キシリトールを摂取するとき、摂取したキシリトールの大部分は体内に吸収されず、腸に達します。また、吸収されたキシリトールのほとんどは代謝されないで尿中へ排泄されます。
- キシリトールのエネルギ値はほぼ 0 kcal ですので、キシリトールは高血糖症 (糖尿病) の予防や治療に役立ちます。
- 細菌には、キシリトールを栄養として利用できる種類と、できない種類があります。
- 口内や咽頭周辺に生息している虫歯の原因菌であるミュータンス菌や細菌性肺炎を引き起こす肺炎双球菌はキシリトールを栄養素として利用できません。
- したがって、キシリトールの頻繁な摂取、特に、キシリトール入りのうがい薬で日に数回うがいをすること、あるいはキシリトール入りのチューインガムを噛むことは、虫歯および細菌性肺炎の予防に役立ちます。
- 腸内細菌の多くは、キシリトールを栄養として利用します。
- 腸内細菌がキシリトールを嫌気的に代謝するとき、乳酸や酢酸などの酸が産生され、腸内が酸性に傾きます。
- む善玉菌 (ビフィズス菌) は酸性条件を好むので、その増殖が促進されますが、逆に、悪玉菌は酸性条件を嫌うので、その増殖が抑制されます。
- したがって、キシリトールは整腸や大腸癌の予防に役立ちます。
- キシリトールは 40 に昇る国々で肥満や虫歯の予防効果のある食品・医薬品用途として認可されています。日本でも、最近、食品としての使用が認可されました。
キシリトールとは?
- キシリトールはキシリットとも呼ばれます。
- キシリトールはぶどう糖や砂糖と同程度の甘味を呈します。
- キシロースは五炭糖 (炭素原子 5 個の直鎖を持つ糖)の一種で、アルデヒド基 (CHO) を持ち、高濃度では蛋白質などと結合します。
- キシリトールは、キシロースのアルデヒド基をメチルアルコール基 (-CH2OH) に変換した物質で、糖アルコールに属します。
- 糖アルコールは高濃度でも蛋白質などと結合しません。
- ぶどう糖、果糖、ガラクトースなどの他の単糖の糖アルコールは低い甘味しか呈しません。これが、糖アルコール中で、キシリトールが特に重宝される理由です。
天然に存在するキシリトール
- キシリトールは天然に広く存在し、多くの野菜や果物にも含まれており、人体にも微量存在します。
- 代表的な野菜や果物の可食部 100 g 当たりのキシリトール含量: いちご 362 mg、カリフラワー 360 mg、ほうれん草 107
mg、玉ねぎ 89 mg、人参 86 mg、レタス 31 mg、バナナ 21 mg。
- 果物や野菜など、特に果汁や野菜汁を多量に摂取すると、尿中に多量のキシリトールに加えて、微量のキシロースやアラビノース
(五単糖の一種で、アルデヒド基を持つ) が排泄されます (食餌性ペントース尿症)。ただし、これは病気でありません。
キシリトールの製造工程
- 現在、キシリトールの工業生産は次のような工程で行われています。
- パルプの製造工程で出る廃液に 20〜30% 含まれているキシランと呼ばれる多糖類 (多数のキシロースの直鎖状結合物) をキシロースへ加水分解。
- 生じたキシロースに水素添加し、キシリトール生産。
- キシランは、多数個の D-キシロースのピラノース型 (D-キシロピラノース) が β1→4 結合した多糖の総称です。
- Xyl:キシロースの略、Xylp:ピラノース型の D-キシロース (D-キシロピラノース) の略
- イネ科植物や広葉樹などの細胞壁には、キシランに、L-アラビノースのフラノース型 (L-アラビノフラノース) などが α1→3
結合し、短い側鎖を形成している多糖が多量に存在します。
- Ara:アラビノースの略、Araf:フラノース型の L-アラビノース (L-アラビノフラノース) の略
キシランおよびアラビノキシランの化学構造
キシロースの水溶液中での開環型、フラノース型およびピラノース型への構造変化
キシロースへの水素添加によるキシリトールの合成
キシリトールを栄養素として利用できない細菌によるキシリトールの代謝
キシリトールを栄養素として利用できる細菌と利用できない細菌
- キシリトールを栄養素として利用できる種類細菌と利用できない種類の細菌が存在します。
- 口や咽頭に生息する虫歯菌や肺炎双球菌などはキシリトールを栄養素として利用できません。
- これらの細菌はキシリトールを菌体内へ吸収し、吸収したキシリトールをキシルロースを経てキシルロース 5-燐酸へ変換しますが、生じたキシルロース
5-燐酸を代謝する酵素系を持たないために、キシルロース 5-燐酸を菌体内へ蓄積します。
- キシルロース 5-燐酸の蓄積量が過剰になると、これらの細菌は増殖できなくなり、究極的には死滅します。
- 結果として、キシリトールの定期的な摂取は虫歯や細菌性肺炎などの予防に役立ちます。
- キシリトールを栄養素として利用できる腸内細菌では、キシリトールはキシルロース、キシルロース 5-燐酸およびUDP-グルコースを経てグルコース
6-燐酸へ変化します。
- 生じたグルコース 6-燐酸は、解糖系によってピルビン酸へ変化し、生じたピルビン酸は乳酸発酵あるいは酢酸発酵によって乳酸あるいは酢酸へ代謝されます。
人におけるキシリトールの腸管からの吸収
- キシリト−ルの小腸における吸収は非常に遅いので、摂取したキシリトール中で、体内へ吸収される量は摂取量の 20% 程度であり、残りは大腸へ達します。
- 体内へ吸収されたキシリトールのほとんどは体内で代謝されないで、短時間で尿中に排泄されます (素通り排泄)。
腸におけるキシリトールの動態
- 腸
(小腸および大腸)に達したキシリトールは、腸内細菌の中で、キシリトールを利用できる細菌の栄養素となり、乳酸発酵や酢酸発酵によって、乳酸や酢酸を生成します。
- ビフィズス菌などの乳酸菌はキシリトールを栄養素として利用できる種類に属します。
- ただし、キシリトールを利用できる腸内細菌でも、キシリトールは比較的ゆっくりと代謝されます。
- 生じた乳酸や酢酸は腸の環境を酸性に傾けるために、腸内細菌中で、酸性を好む善玉菌の増殖が促進され、酸性を嫌う大腸菌などの悪玉菌の増殖が抑制されます。
- 悪玉菌は大腸癌の原因物質であるフカペンテンなどを合成・分泌するので、悪玉菌の増殖抑制は大腸癌の発症率を低下させます。
- ちなみに、乳糖は腸内細菌によって迅速に代謝されるので、多量の乳糖 (多量の牛乳など)
を摂取すると、高濃度の乳酸や酢酸が腸内の局部に生成されるので、強度の腹痛や下痢が起こります。
欧米および日本における食品添加物としてのキシリトール
- 欧米では、10 年以上前から、キシリトールの素通り排泄、虫歯菌の増殖抑制、甘味の良さ、などに着目して、キシリトールはエネルギの過剰摂取の抑制
(ダイエット) 、糖尿病や虫歯の予防と治療のために、砂糖の代替え甘味料として使用されてきました。
- 日本では、1999年、キシリトールを食品添加物として使用することが許可されました。
- 最近、キシリトール入りのチューインガムなどが市販されています。
- キシリトールは、化粧品などへ添加すると、グリセロール (グリセリン) と同様に、皮膚の保湿に役立ち、肌荒れの予防・改善効果を示すという報告があります。
キシリトールの欠点
- キシリトールは高い吸湿性を示し、固まり易い性状を持ち、湿気対策が必要です。けれども、固まっても、品質に変化はありません。
- キシリトールは、現在、砂糖やぶどう糖に比して、かなり高価です。
大腸内容物の水分含量を調節する大腸の機能
- 糞便 (大便) の 30−60% は腸内細菌であり、残りが食物の不消化物です。
- 大腸は大腸内容物の水分含量を調節する機能を持っています。
- 水分調節機能が正常に作動するとき、大腸内容物の水分含量は約 70〜80% です。
- 恒常的に大便の硬い人は、多くの場合、水分含量調節メカニズムによって、大腸の内容物の水分含量が 70% より低く調節されます。
- 逆に、恒常的に大便の柔らかい人は、多くの場合、水分含量調節メカニズムによって、大腸の内容物の水分含量が 80% より高く調節されます。
多量のキシリトール摂取によって一時的に軟便や下痢になる理由
- キシリトールは水を吸着する性質 (吸湿性)
が非常に強く、多量のキシリトールを摂取すると、キシリトールは多量の水分を吸着した状態で、消化管中を移動します。
- 大腸において、キシリトールが腸内細菌によって分解されると、キシリトールに結合していた水分が遊離し、大腸内容物の水分含量を増加させます。
- 水分含量の増加によって、大腸内容物の水分含量を高めます。
- 恒常的に大便の柔らかい人が、多量のキシリトールを摂取すると、一時的に、軟便あるいは下痢になることががあります。
- けれども、この軟便や下痢の症状は一時的なもので、通常、オリゴ糖の摂取に慣れると、大腸の内容物の水分含量調節機能の作用によって、これらの症状は起きなくなります。
- 下痢や軟便になる 1 日当たりのキシリトールの摂取量は、体重 60 kg の成人では 40 g 程度、体重 30 kg の子供では 15 g
程度ですが、個体差がかなりあります。
キシリトールの静脈注射は不可
- 以前、糖尿病の治療の一環として、患者にぶどう糖の代わりにキシリトールの静脈注射が行われたことがあります。
- キシリトールの静脈注射では、血中のキシリトール濃度が著しく高くなります。
- 高濃度のキシリトールの一部は、UDP-グルコース、グルコン酸およびアスコルビン酸 (ビタミンC) を経て代謝され、蓚酸を生じます。
- 生じた蓚酸は尿として排泄されますが、尿中の蓚酸濃度の過度の上昇は尿路結石の形成が促進する可能性があります。
- 現在、キシリトールの静脈注射は行われていません。
虫歯および細菌性肺炎の原因菌
- 口内や咽頭付近に生息している虫歯の原因菌であるストレプトコッカス・ミュータンス (Streptococcus
mutans:連鎖球菌ミュータンス:ミュータンス菌と略) や細菌性肺炎を引き起こす肺炎双球菌 (ディプロコッカス・ニューモニア::Diplocossus
pneumoniae) などはキシリトールを利用できません。
- ミュータンス菌は、砂糖や澱粉などに由来するぶどう糖の多数個を結合して、粘性に富む不溶性グルカン (多数個のぶどう糖の鎖状結合物) を生成・遊離します。
- 遊離された不溶性グルカンは、唾液中の糖蛋白質 (ムコイド) と共に、歯の表面全体に付着します。
- その付着物中で、主として糸状菌 (レプトリキアおよびアクチノミセス)が生息します。
- 上記の状態を歯垢 (しこう) と呼びます。
- 歯垢中で、糸状菌は、食物由来の栄養素を代謝し、歯垢によって保護された状態で増殖します。
- 代謝の進行につれて、歯垢中の環境は無酸素状態になります。
- 嫌気条件下で、糸状菌はぶどう糖を代謝し、乳酸発酵や酢酸発酵によって、乳酸や酢酸を生成します。
- 生じた酸が歯の象牙質 (エナメル質) を溶かすとき、歯は虫歯になります。
- 歯垢の石灰化したものを歯石と云います。
- 歯石の 70〜90% は無機塩類で、ヒドロキシアパタイト、炭酸カルシウム、燐酸マグネシウムなどから成ります。
- 歯石の形成には細菌 (石灰化能の強さ:コリネバクテリウム>放線菌>連鎖球菌>ベイオネラ) が関与します。
- ミュータンス菌は歯垢の原因物質である不溶性グルカンを産生・遊離するので、虫歯原因菌と呼ばれます。
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