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原宿セントラルアパート

Place


昔、原宿の表参道と明治通りの交差点にセントラルアパートがあった。今は GAP になっているのかな。
この交差点、車で通過することはあっても、わざわざ出かけるということはなくなって、ずいぶんになるような気がする。

1968年のいつ頃だったか、東孝光建築研究室はこのセントラルアパートの4階の北東の隅の小さな部屋に引っ越した。もちろん、私がスタッフだった時代である。

セントラルアパートはこの原宿の中心というべき建物であった。10年余り経ち、やや、ずずぼけてはいたが往時の超高級モダンアパートメントの姿を残していた。地上7階、地下1階の大きな建物、セントラル空調・給湯も健在、屋上の洗濯室、電話交換室があって部屋の電話は全て内線電話とクラシックな物であった。まだ住んでいる方もいたが、徐々に事務所化している時代で、写真家、デザイナーや編集者が事務所を構え、活気に満ち満ちていた時代であった。

でも、まだのんきな時代で表参道の両側とも駐車が可能であった。ほどなく、午前中はこちら、午後は向う側ってな形になったが。そんな場所の喫茶店がレオンであった。打合せ、待合せにといつも賑わっていた。
そして、忘れていけないのはキディランド、毎日昼休みにでかけていた。青山通りに向かえば同潤会アパート、緑豊かで、下町っぽい雰囲気も、場所も時代もなかなか‥‥であった。

セントラルアパートが建ったのは1958年、今の代々木公園はワシントンハイツと呼ばれた米軍の宿舎の頃であった。そこは1964年の東京オリンピックには各国選手団の選手村になったのだ。
60年代から70年代にかけて原宿の中心だったセントラルアパートも1996年解体された。今、2003年、同潤会アパートも解体され、又、新しい中心が作られていくのだろうか。

この写真はセントラルアパートの中庭だ。4階の廊下の隅に素裸の青年が複数、東事務所のスタッフであった坂本、村田。そして秋山の[都市住宅6908]の東事務所の特集「東孝光建築研究室・共同作業論」の扉を飾る写真のための特別出演なのである。撮影は建築写真家・鈴木悠さんであった。

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Posted by @ August 15, 2003 08:18 PM
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