漫画といえばヒーローだ――!
とはいえ、正直なところ、ヒーロー受難のご時世。
「絶対正義」「人類の未来」が今ひとつ見えにくい今を描く
二大漫画家が考える「ヒーローとは、なんぞや?」。
かたやエド&アルのエルリック兄弟を、
かたやバーディーを生んだ、二人の邂逅は…いかに……?
互いの故郷の地元話も盛り上がった3時間半。
「月刊!スピリッツ」誌上に掲載した対談の、
完全ノーカット版を5週に渡って更新いたします!!
二〇〇九年七月五日 都内某鰻屋
―― ヒーローの話に戻ります。ヒーローとして、外面的にはわかりやすく「敵を倒す」というのがあると思うんですけど、 内面の条件で必要な部分はありますか?
荒川 やっぱりタフなのが一番好きですね。行動で示す、みたいな。
ゆうき 僕はグチグチ言いながらやるのが好き(笑)。自分がそうだというのもあるんだけども。
ゆうき つとむはまだ、ヒーローという存在じゃあないな…。『パトレイバー』もわりとキャラが愚痴るじゃない?
荒川 そうですね。「ああ、もう」とか言いながら動いてる。
ゆうき 「給料上げて」というセリフもありましたし。
―― 「リアルな人間としてのヒーロー」ということなんですか、ゆうきさんにとって?
ゆうき いや、「ヒーローを描くぞ」と思うことはあんまりないんですよね。
ゆうき うん。何しろ、描く時にキャラクター設定しませんからね。
ゆうき ほぼ全部の漫画かな。主人公は、降ってきたのをそのまま描いています。まず描き始めちゃうから、長くなっちゃう。つまり、あれなんですよ。キャラクターを立てるのが苦手なんですよ…。
ゆうき 連載の初回で、主人公を「あっ、こういうヤツか」と思わせられない。
ゆうき うん。なんか、モヤモヤっとした感じで始まっちゃうんだよね。だから、本当はキャラクター設定をしたほうがいいんだろうなと思うんだけど。第一話を描き始める時に、主人公の好物が何かとか、どんな性格かとか、全然わからないで始めちゃうんですよ。
ゆうき あんまり先にキャラクターをかためちゃう、つまり細々と先に作っちゃうと、あんまり自分は描いてておもしろくないのかもしれない。
荒川 やっぱりストーリーが進みながら、キャラが出来てくるんですよね。最初にある程度の人格はつけますけど、描いているうちに。
―― 何か事件に遭遇することで、性格も変わりますもんね。つまりそれは逆に、「何が起こるか」というのがお二人の頭の中に先にあるということですよね。
ゆうき うん。今の話でちょっと気がついたことがある。事件を起こす主人公だったら、キャラクター設定が要るかもしれない。
ゆうき だけど、事件を受けるキャラクターだったら、もしかしたら要らないんじゃないかな。リアクションを考えていけばいいから。
―― でも、事件を起こすのは敵側のキャラクターじゃないんですか。
ゆうき いや、そうとは限らないよ。自分から事件を起こす主人公もいる。だけど僕の漫画って、だいたいの主人公が巻き込まれ型なので。
ゆうき 『パトレイバー』なんて能動的なほうなのね。あれは仕事だからね。少年漫画だったら、本来は太田が主役なんですよ。
荒川 熱いキャラクター。太田も好きですよ。脳みそと胃袋を切り離す術を…(笑)。
―― そういうように考えると、 『鋼』の主人公たちは能動的に動いていきますよね。
荒川 巻き込まれつつ、能動的で。巻き込まれた状況の中で、「じゃ、どう動く?」という感じ。
ゆうき 『鋼』の第1話目で上手いなと思ったのは、あのデカい鎧の弟が。これが上手いと思った(笑)。「あっ、すげえ立ってる!」って。あれは素晴らしいと思った。
―― アルが出てきた瞬間に、今までの過去を勝手に想像して楽しみながら読めるんですよね。
荒川 読者さんの予想を少し当てつつ、ちょっと外しつつ。「やっぱりそうだった」という所と、「ちょっと違った」という所と。
ゆうき アルは意表をついたキャラクター。あれは、魅力的だと思ったな。しかも、あのガタイで、性格がかわいいでしょう。
荒川 アニメではまた、釘宮理恵さんが演じてくださって。こんな声だったんだ、と(笑)。
ゆうき これは卑怯だな、みたいな。僕は前の『鋼』のアニメがやっていた時は、実はまだ原作を読んでいなくて、アニメのほうで楽しませてもらったんです。だから、やっぱりあの声で読むもんね。
ゆうき そんなにはしないね。だからアニメになると、案外ね。急に喋り始めるんですよね。
荒川 そうですね。そういえば私、『パトレイバー』は何から入ったのかな。記憶にないです。
ゆうき アニメと漫画、同時みたいなものですからね。
荒川 あっ、家にいませんわ。畑です。部活か、畑ですね(笑)。
荒川 はい、漫画からですね。夕方、まだお日様が上ってますからね。
店の人 あら、お話が盛り上がっているみたいねぇ。はい、白焼きですよ。これ、熱いうちに食べてください。ホクホクしてて美味しいよ。熱いうちに。わさびつけて食べてね。
ゆうき そういや、昨日『ヱヴァ(ンゲリヲン:破)』観てきたよ。
荒川 私、まだ『序』しか観てないんです。でも『序』を観ただけでも、シンジが結構変わっているから、「おっ」と思って。今度のシンジは好きになれるかもって。前のシンジは…私殴りたい(笑)。
ゆうき 今度の『ヱヴァンゲリヲン』は、僕は好きですね。前のテレビシリーズは、七話までは結構好きだったんですけども、その後段々と…。次の三作目で、どうひっくり返されるかわかりませんけどね。大丈夫じゃないかな?と思うんだよなぁ。
荒川 前は「これで終わり?」って思ったから(笑)。
ゆうき とにかくまず女性恐怖症的な匂いがなくなったのが、僕はいいと思ったな。
荒川 私、前のTVアニメ版で、前の劇場版もそうですけど、なんでゲンドウがあんなにモテるのか、わからなかったんですよ。なんでこんなおじさんがこんなにモテるんだろうか、と。知り合いで、ゲンドウが大好きという人がけっこういて。
ゆうき だから、前の『エヴァ』というのは… 全然もう話が脱線してますけども。
ゆうき 前の『エヴァ』というのは、父と子が一人の女を奪い合う話がひとつの軸になっていたんだけど、奪い合うにしては、二人とも女性恐怖症なのね。いや、対人恐怖症か。ものすごいコンフリクトを起こして、何がなんだか、わけわからなくなっちゃった(笑)。
荒川 心を許せるのがユイさんしかいなかった。受け入れてくれるのがユイさん、お母ちゃんしかいないから、お母ちゃんを作っちゃう(笑)。
ゆうき 『破』を観ると、結構びっくりするよ。ただ、前のアレにガッツリやられちゃった人は、新しい映画を観て「こんなの『エヴァ』じゃない」って(笑)。しかし、あれ作った人たちって全般的に子供のストレスを拾うのが上手いよね。
荒川 『グレンラガン』、ご覧になりました? 劇場版。
荒川 そうですか。劇場版はTV版とちょっと変わっていて。私は劇場版のほうが好きかもしれないな。
ゆうき 『フリクリ』とか『アベノ橋魔法☆商店街』とか観ても、子供の感じているストレスみたいなのを描くのが上手いんだよ。
ゆうき うん。要するに、社員が全員子供なのかな(笑)。
ゆうき なんでこんなに、いい年して子供のストレス拾うのが上手いんだろうって。だからリアリティがあるんだと思うんだけど。なので、『エヴァ』の持つリアリティというのもわかるんですよ。わかるんだけども、「そうだ、そうだ」というファンをあんなに生み出しちゃったでしょう。
ゆうき しかし、でも、『エヴァ』は漫画描いている時に、「ちくしょう」と思いながら描けるタイプの作品なんですよね。
荒川 確かに、確かに。「ああ、ちくしょう」となりますね。ああいう上手いもの観ると。
荒川 映画だけじゃなくて漫画版でも「わっ、ちくしょう! 」と思う。「なんで、これ、私描けないの?」って。「なんておもしろいんだ?」と思ってまた読み返すと、また「うわっ、おもしろい」って。
―― やっぱり大きかかったんですよね、インパクトが。
荒川 私、20代前半ですね。学生時代に観ていた人たちはやっぱりシンジにすごく傾倒して。「最近になって観直したら、ミサトさんがいい」ってみんな言い出すんですよ。私は最初からミサト派で。
ゆうき 何かやっぱり、琴線に触れるものがあるんでしょうね。
―― 『エヴァ』以前って、『ガンダム』までさかのぼっちゃうということですか。
―― 『ガンダム』、『エヴァ』以降、ないですよね。
荒川 ムーブメントみたいなものは。グワッと来るものは。
ゆうき この間の『序』のパンフレットで、庵野(秀明さん)が「この12年間、『エヴァ』より新しい作品は出なかった」と書いていたけども、そうなんだよな。
―― それこそ今、こういうヒーローが欲しいってありますか? ヒーローとは言わなくても主人公というか。
ゆうき これはもう『エヴァ』以前、‘93年〜‘94年ぐらいの頃に、庵野さんと飲みながら、「ヒーロー物、難しいよね」という話をしてたんだけども。今、真っ当なヒーローを描くとギャグになっちゃうもんね。たとえば『鋼』みたいな時代設定にしてみるのは、うん。あれは大真面目にやる一つの方法だよね。だって現代を舞台にすると、「うぜえ!」みたいなさ。
荒川 物があり過ぎて、便利過ぎて、ヒーローのありがたみがないところはありますよね。
ゆうき そういうのはあるね。だって、たとえば『ONE PIECE』も海賊がいる時代の話でしょう。
荒川 そのなかで、ゆうきさんはずっと現代を描かれて?
ゆうき うん。『パトレイバー』は近未来と称して、現在を描いてる。
荒川 しかも気づいたら、現実がその近未来を通り越しちゃった。九八式だから。もうパトレイバーができているはずなのに。ああ、パトレイバー乗りたい(笑)。
ゆうき たとえばこれが『バーディー』なんかだと、あれは宇宙人という「まず、笑ってくれていいよ」という設定にしているからね。
―― でも、『鉄腕バーディー』は「男と女が一緒に何かできるのか? 地球人と宇宙人が一緒に何ができるのか?」という、異文化間の共同作業という深遠なテーマを描いていますよね。一方、『鋼の錬金術師』における「等価交換」というテーマはまさに資本主義を描いていて。それを越えられるかという物語ですよね。どちらも、現代の問題点、疑問点をあぶり出しているヒーロー作品だと思うんです。だからこそ、ヒットしているんじゃないかと。どちらの漫画にも現代性がある。評論然と申していて恐縮なんですけど、そういう意識があるのかな、とか。これ、今の世の中が散々悩んでいる問題だと思うんですよ。
ゆうき 狙って始めることはあんまりないですよね。やっぱり自分の興味の赴くままに描き始めちゃうよね。
荒川 自分がおもしろいと思うものを描いて、結果として売れたので、結果オーライみたいな(笑)。この時代にこのネタを思いついてラッキーみたいな感じですね。1巻の頃は担当さんと、「単行本が余ったら、北から行商していこうね」みたいな話をしてたぐらいですから(笑)。
ゆうき 時代によって何が当たるかなんて、わからないからね。
荒川 いまだに、なんで売れているのかはわからないんです。
ゆうき おもしろいからですよ。いや、ホントに。『鋼』読み始めたら、止まらないもん。
荒川 今の時代、情報が流れるのがめちゃくちゃ速いから、マーケティングした時点でもう過去のものになっちゃう。絶対遅いと思うんですよね。流行りの絵だってずれちゃう。
ゆうき そこらへんはあんまり考え過ぎないほうがいいのかもしれないなというのは思いますね。それこそ20年前のブームがまた来ちゃうわけだから。
荒川 私は今、少年誌で描いているから、メイン読者は15歳前後。常にそれを意識して、脳みそを15歳にして。あの頃、自分は何が好きだったとか、そういうほうは考えます。
ゆうき 僕がサンデーの頃に想定していた読者は、ちょっと背伸びした少年で…
荒川 15歳の時、どんな背伸びをしていたかな。あんまり思い出せないな。
ゆうき …なんだけど、実は、小学生からのファンレターが一番励みになります(笑)。
荒川 鉛筆でキュッ、キュッと、頑張ってくださいとか。
ゆうき 鉛筆で書いたのを、そう、この間いただいてね。小学一年生だった。パトレイバー描いてくれて。
荒川 いい話(笑)。私も、小さい子からのはがきに、鉛筆で「牛、頑張れ!」って書いてあったのが嬉しくて(笑)。「わっ、頑張るよ」と思って。「めっちゃ頑張るよ」と思って(笑)。
つづきは、9月17日(木)更新です!! お楽しみに!!
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