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きょうのコラム「時鐘」 2009年11月11日
台湾全土で始まるアニメ映画「パッテンライ!!」上映の光景を、主人公の八田與一技師の長男・晃夫(てるお)さんに見てほしかった、と思う。晃夫さんは3年前に死去した
亡くなる少し前、長時間の取材をする機会があった。晃夫さんがまず語った父の思い出は、小さな失敗談だった。山中のダム建設現場は、娯楽に乏しい。ある日、父がトラックいっぱいの荷物を運んできた。「ラジオが来たぞ」 大がかりな装置が組み立てられたが、聞こえてきたのは雑音だけ。周囲は落胆し、「おやじは何ともバツの悪い顔をした」。子どもの記憶は、不思議である。やがてラジオが聴けるようになったが、その時の喜びより、雑音に困惑する「普段着の父」の姿を強く心に刻む 晃夫さんも、似たような戸惑いや屈託を抱いて、父母ゆかりの地の墓参を続けてきた。「向こうの人は温かい。だけど、こっちは大陸ばかりに目を向けている」。日台友好の声よりも、不快な雑音ばかりが耳に届く日々が続いたという 最後の墓参に旅立つ前、「本当に長かった」と述懐した。苦労を重ねた分だけ、喜びはさぞ、と推察するしかない。 |