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毒舌の評論家大宅(おおや)壮一(そういち)が残した名言の中でも、〈男の顔は履歴書である〉は深い。女性も社会的なキャリアを重ねる時代、何も男に限ったことではなかろうが、面相には脚光や風雪の跡が正直に刻まれる▼英国人女性の遺体を捨てたとして手配された男(30)が、整形手術を重ねて逃げている。大宅流に言えば履歴書の改ざんである。元の顔からは目元の鋭さが消え、妙な造作になった。親からもらった顔をあえて崩し、別人になりすましていたらしい▼計100万円とも言われる整形代をどう払ったのか。履歴書の要らない職場で食いつないでいたのか、支援者はいるのか。2年半を超す逃亡の軌跡は、遠からずさらされるだろう▼いやな事件が続く。島根県の女子学生(19)はひどい殺され方をした。貧困や飢餓に関心を寄せる、まじめな女性だったと聞く。英語が得意で、留学を夢見た彼女の履歴書は、アルバイト以外の職歴を白く残して引きちぎられた。鬼畜の所業と吐き捨てたところで、震えるほどの怒りは収まらない▼隣の鳥取県では、詐欺容疑で捕まった女(35)の周辺で、何人もの男性が不可解な死を遂げていた。トラック運転手が、新聞記者が、警察官が、それぞれの履歴書を完結させぬまま不意に息絶えた。最期の顔がゆがんでいては浮かばれない▼いつの日か、これらの事件が裁判員を交えて裁かれる運びになれば、被害者の数だけが焦点ではなかろう。手口がむごいほど、あくどく逃げ回るほど、市民の心証は厳しくなる。この点、どの犯人も覚悟したほうがいい。