日本航空の再建問題で、政府が年金支給減額の立法措置という強硬策を検討するのは、「国民の目線」を重視したためだ。
今後決まる日航の再建策では、資本増強などに公的資金が使われる見通しで、損失が出れば国民負担に結びつく。主力取引銀行も債権放棄を迫られる可能性が高い。さらに日航の現役社員はリストラで打撃を受け、路線が廃止される空港の地元は利便性が低下する。こうして多くの関係者が負担をかぶる中で、OBだけが無傷では不公平との見方は多い。
日本経団連などの調査では、基礎年金、厚生年金に上乗せされる企業年金の運用利率の平均は2.5%程度で、企業年金の月額は大卒で定年退職した人の平均で約14万円。運用利率が4.5%で、月額で最大25万円を受給する日航の企業年金は恵まれた部類に入る。
しかしOBの年金減額が日航の年金債務削減に与える効果は、現役分ほど大きくない。現役の約1万6000人に対しOBは約8500人と少ないうえ、今後の受給期間が現役より短いからだ。
一連の再建の議論の中で、OBの年金問題はレガシーコスト(負の遺産)の象徴として扱われた側面もある。日航OBの一人は「掛け金を支払った年金を給付されないのは、財産権の侵害に当たる」と強制減額に反対する。立法措置が取られた場合、OBが提訴する可能性もある。
識者からは特別立法に賛否両論が出ている。大塚和成弁護士は「新たに投入する公的資金は企業再生のためだけに使うべきで、飛行機の運航維持という大義名分で公的資金を投入する以上、特別立法による財産権のある程度の制約は正当だろう」と話す。
一方、経済評論家の山崎元・楽天証券経済研究所客員研究員は「日航は通常の破綻(はたん)手続きで処理すべきで、財産権の問題も解決されない」と特別立法に反対。「日航のほかにも年金債務が深刻な企業は少なくなく、同様に年金を経営改善の原資にするところが相次ぐ恐れもある」と警鐘を鳴らす。
政府が政投銀のつなぎ融資を含む対策をこの局面で発表したのは、日航の資金繰りが11月末で苦しくなることが背景。前原誠司国土交通相とは別に10日会見した菅直人副総理兼経済財政担当相は、企業再生機構による支援の可否の決定が年明けになる見通しを示し、「つなぎ資金が出ないとすれば、まさに運航が継続できなくなる状況にあると聞いている」と話した。
13日に日航の中間決算を控えているが、厳しい内容が予想されるだけに、政府の支援姿勢を明確にする狙いがあったとみられる。【位川一郎、清水直樹】
毎日新聞 2009年11月10日 22時21分(最終更新 11月10日 23時24分)