[Analysis]
18ボタンマウスが象徴するOSSデザイン
2009/11/09
本気かジョークか分からないマウス製品が登場した。18個もボタンがある“18ボタンマウス”だ。「OpenOfficeMouse」(OOMouse)と名付けられた新製品は、WarMouseが2009年11月6日に発表して波紋を広げた。ジョークとしか思えない製品だが、どうもジョークではないようなのだ。
プレスリリースから機能を抜き書きしてみよう。
- 18個のプログラム可能なマウスボタン。すべてダブルクリックに対応(つまり、これだけで36種の設定可能なコマンドを実行可能)
- キー、キープレス、マクロの3つのボタンモードに対応
- ボディの横に、Xbox 360風のアナログジョイスティック搭載。オプションで4/8/16キーコマンドに対応するモードも
- 512kのフラッシュメモリ搭載
- OpenOffice.orgやPhotoshop、GIMP、Autodesk、World of Warcraftなど63種のアプリケーションのプロファイルを搭載。それぞれに適したボタン設定が標準で利用でき、アプリケーションごとの設定は自動切り替え
- プロファイル切り替え時のサウンドはWAVEファイルで変更可能
- 1024キャラクタのマクロをサポート
- アプリケーションのプロファイルの作成や管理には、オープンソースのソフトウェアを提供
- カスタムプロファイルはXMLで保存・読み込みが可能
- プロファイルの設定はPDFファイルで出力可能
Windows、Linux、Mac対応で価格は74.99ドルだ。2月に出荷開始という。
OOMouseの売り文句は、繰り返し行う一連の操作(セルの内容をコピーして右のセルに移動、そこにペーストしてボールドをかけるなど)を1ボタンで終わらせたり、メニュー階層の奥の方にあるような機能を1ボタンに割り当てられるということだ。OpenOffice.orgはユーザーが利用するメニュー項目などの統計情報を持っていて、OOMouseでは、これを利用しているという。
FAQにはこうある。「こんなにボタンがあったら絶望的に混乱するんでは? ――いいえ、全然。新しいプロファイルに慣れるのに2日間ほど必要です」。63種のプロファイルがあって、そのうちの1つに慣れるのに2日かかる。それなのに全然混乱しないという回答。ジョークと思われて当然だ。
当然のように、ジョークでなければ狂気の沙汰だという反応が各方面から飛んできたが、OOMouseの開発者たちは、そのことをかなり意外に思い、そして少し残念がっているようだ。
誰もが考えるのは、アップルの「Magic Mouse」との鮮烈な対比だ。OpenOffice.orgの支持者が多いと思われるSlashdot.orgの第一報は、以下のようだった。
「アップルのMagic Mouseに反対するための手の込んだジョークなのか、それとも単なる狂気と混乱の結果なのか、よく分からない。いずれにしても、これほど小さなボタンが大量についたマウスが必要な世界なんて想像しづらい」。
その後、ジョークではないと判明するわけだが、読者の皆さんは、このデザインをどうお考えだろうか?
「より多く」はオープンソースの典型?
WarMouseはOpenOffice.orgとは直接関係がないが、これはある種、オープンソースソフトウェアの典型的なデザインではないか――。こう指摘するのはFirefoxの派生プロジェクトでソーシャルサービス向けWebブラウザ「Flock」を開発するクリス・メッシナ(Chris Messina)氏だ。メッシナ氏はブログ中で、こう指摘している。
「私にはOpenOfficeMouseがオープンソースコミュニティの典型的なプロダクトに思える。多いことは良いことだと仮定していて、プレスリリースは機能紹介に満ちている」(メッシナ氏)
メッシナ氏は否定的なニュアンスでブログを書き出してはいるが、OOMouseがある種のゲームや複雑な3Dアプリケーションの操作を高速に行うために開発されたものであることや、こうしたアプローチを必要としているユーザーがいることにも理解を示している。アップルがテクノロジの複雑さを隠蔽するのを好むのに対して、オープンソースでは、高度な機能や透明性を提供するために複雑さを露出する。こうした2つの対極的なアプローチがあると指摘する。
2つのアプローチは、それぞれにニーズとユーザーがあり、どちらがより優れているとは言えない。メッシナ氏が危惧するのは、相変わらずオープンソースコミュニティの大部分が、複雑さをありのままに露出させる技術至上主義によって、排他的でマッチョな考えに支配されていることだという。オープンソースの開発者たちは、まだ十分に使いやすさ、シンプルさに注意を払っていないという。
FirefoxやOpenOffice.orgのような例外をのぞいて、今も昔もオープンソースのプロダクトの大部分はエンジニアたちが使うものだ。その多くは自分たちが使いやすいように作ってある。つまり、マウスよりもキーボード優先、すべての機能にアクセスでき、自由にカスタマイズが可能、どのキー操作にどの機能を割り当てるかは、完全にそのユーザーに委ねられている。例えばEmacsやX Window Systemがそうだし、最近タイル型ウィンドウ・マネージャとして一部で話題となっているXmonadのキーバインディングなども典型例だろう。
ボルトとレンチでご自由にどうぞ!?
1990年代後半にネットで流通した「OSを航空会社に例えたら」というよく知られたジョークがある。18ボタンマウスは、このジョークで揶揄されているLinuxそのものだ。
例えば、“エアーDOS”の描写はこうだ。エアーDOSの乗客は、飛行機が浮き上がるまで、みんなで機体を押して、それから飛び乗り、着地するで飛ぶ。それからまた押して、また飛び乗って……、という具合。これはMS-DOSを経験した人ならよく分かるだろう。“Macエアライン”は、スチュワードも機長も荷物係もチケット係も、みんな同じ見た目、同じ動作で、何か詳しいことを聞こうと思っても「知る必要がないし、知らないほうがいい」と言われる。利用者は何も知らなくて良く、すべてお任せ。だから黙ってやがれ、と。“Windowsエアー”は、こんな感じだ。カラフルできれいなターミナル、スタッフはみんなフレンドリーで、離陸もスムーズ。10分後に何の警告もなく機体は爆発(当時WindowsはNTカーネルベースに移行する前だったので、フリーズが頻発していた)。
各航空会社に不満を募らせた従業員が集まって、自分たちの航空会社“Linuxエアー”を立ち上げる。チケットの印刷には少しの対価を取るが、自分でダウンロードして印刷してもよい。飛行機に乗り込むと、旅客は4本のボルトとレンチ、それにseat-HOWTO.htmlのプリントアウトを渡されて座席に案内される。自在に調整可能な座席は心地よく、離着陸はノー・トラブル。それでLinuxエアーを気に入ったあなたは、ほかの航空会社の利用者に、いかに素晴らしい空の旅だったかを教えてあげるのだが、返ってくる答えは「え!? シートをどうするって?」ばかり。
このジョークにある4個のボルトとは、まさにOOMouseの18個のボタンそのものだ。
オープンソースは期待されている
オープンソースコミュニティは、複雑で、操作の習熟に何日間か(あるいは何週間、何カ月)要しようが、その結果として作業が効率化されるなら構わないという効率至上主義の技術者を中心に回っているように思う。そうでなければ、Emacsやviのようなツールがあれほど愛されることはあり得ないだろう。別に習熟しなくても構わないが、あえて高度で複雑な機能を隠すこともしないというスタンスだ。
そうしたオープンソースコミュニティのあり方は変わっていない。変わったのは、18ボタンマウスを見てジョークじゃないのかと笑う人々が周辺に出てきたことや、メッシナ氏のように、オープンソースは一部の技術に詳しいユーザーにとどまらず、より広く使われていくべきだと考える人の声が大きくなっていることではないだろうか。Ubuntuプロジェクトを立ち上げたマーク・シャトルワース氏も、こうした考えをしている1人だろう。
シンプルに使いやすく、技術を万人に、というアップル的なスタンスの対極にある18ボタンマウスへの戸惑いの声の大きさは、オープンソースコミュニティと、大勢の非技術系ユーザーの接触面が大きくなってきていることの象徴のように私には思われる。OOMouseはOpenOffice.orgの名前を冠していることもあって注目を集めたのだと思うが(両者は直接関係がない)、そこにはオープンソースのプロダクトに対する非技術系ユーザーの大きな期待があると考えるのは、考えすぎだろうか。
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