gataro

「ベルゲン=ベルゼンの日記 1944-45」アミラ・ハスが問う母の沈黙

テーマ:戦争と平和
2009-11-07 08:42:02
gataro-cloneの投稿


記事が気に入っていただけたら
下のバナーをそれぞれクリックしてください

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ


ベルゲン・ベルゼン

ドイツ、リューネブルグにある街。 第1次世界戦争中、この街に捕虜収容所が建設され、第2次世界戦争ではソ連兵の捕虜収容所とされ、21千人が連行され、そのうち14千人が死んだと言われている。 1943年にナチスにより強制収容所となり、最初はドイツ人政治犯が収容されたが、のちにユダヤ人交換捕虜用収容施設が建設された。1944年3月からは他の収容所から労働不能などの転送者の受け入れを行うようになり、ドーラ・ザクセンハウゼン・ノイエンガメ・ブーベンブルトほか、各地からの転送者を収容した。この収容所にはガス室はなかったが、チフスが流行、飢え、病い、虐殺によって、1945年4月15日にイギリス軍隊によって解放されるまでの間にユダヤ人7万人がこの地で死んだ。アンネ・フランクもこの収容所で命を落とした一人である。

=======================================

「ベルゲン=ベルゼンの日記 1944-45」アミラ・ハスが問う母の沈黙(1)
http://www.youtube.com/watch?v=fXp4UXEA20o


「ベルゲン=ベルゼンの日記 1944-45」アミラ・ハスが問う母の沈黙(2)
http://www.youtube.com/watch?v=8-rnH22sKa4


=====================================

http://democracynow.jp/submov/20090608-3
「ベルゲン=ベルゼンの日記 1944-45」 アミラ・ハスが問う母の沈黙(DemocracyNow! Japan)





ソースはこちら ⇒ http://www.asyura2.com/09/warb1/msg/518.html





コメント

[コメント記入欄を表示]

コメント投稿

コメント記入欄を表示するには、下記のボタンを押してください。
※新しくブラウザが別ウィンドウで開きます。

一緒にプレゼントも贈ろう!

トラックバック

この記事のトラックバック Ping-URL :

http://trb.ameba.jp/servlet/TBInterface/10382622430/fcd07090

ニッポンいいもの再発見ブログでまちおこししませんか?

powered by Ameba by CyberAgent