2008年05月12日 (月)アジアを読む 「沖ノ鳥島問題」
(岩淵キャスター)
日本の最南端に位置する太平洋の無人島、沖ノ鳥島。
東京都の一部ですが、東京からおよそ1700キロ離れ、船で行くと3日掛かります。
サンゴ礁でできたこの小さな島は地球温暖化による海面の上昇で水没の危機に直面しており、
20年前から、日本政府は護岸工事を行ってきました。
しかし4年前、中国の海洋調査船が日本側の同意を得ないまま、海底調査と見られる活動を行っていたことが発覚。
日本側の抗議に対して、中国政府は、「沖ノ鳥島は島ではなく岩である」と主張しました。
こうした中、先月から今月にかけて、日本政府は島の周りにサンゴの種苗を移植する実験を行いました。
単なる自然保護の活動ではなく、日本の領土と広大な経済水域を、これからも確保していけるかどうか、国益をかけた実験です。
絶海の孤島、沖ノ鳥島をめぐる問題の背景を見ていきます。
「日本最南 沖ノ鳥島問題の背景」
Q1:なぜ最近、沖ノ鳥島が注目されるようになったのでしょうか?
(嶋津解説委員)
A1:二つの要因があります。
ひとつは冒頭の説明にあったとおり、海水面上昇による水没の危機が迫っているという問題。
もう一つは中国政府が、4年前、日本政府に対して突然、沖ノ鳥島は、岩であって、島とは認められない、と言い出したからです。
つまり日本が主張している島の周りの40万平方kmの経済水域―日本全体の排他的経済水域の10分の一分ぐらい。
日本国の陸地面積よりも広い。
この海域はカツオの漁場になっていますし、海底にはコバルトなどの希少金属が豊富にある、と言われます。日本にとっては貴重な海の財産です。
中国側は、日本がこの権利を主張できない、と言っているわけです。
Q2:それは、中国が、この島の領有権を主張しているということなのですか?。
A2:そうではありません。
東シナ海の尖閣諸島の領有権問題や、東シナ海のガス田開発問題とは、ちょっと意味合いが違うのです。
中国は、沖ノ鳥島が日本の領土だということは認めています。
しかし「それは単なるサンゴ礁の岩であって、とても島とは認められない。
だから国連海洋法による日本の経済水域の主張は認められない」と言う主張です。
だから中国の漁船が自由にこの海で操業できるはずだ、という経済的な主張も含まれているかもしれませんが、中国の主たる狙いはもっと軍事的なものと、日本の関係者のあいだでは見られています。
【地図】
つまり地図を見ていただくと分かるように、沖ノ鳥島は、台湾と、アメリカ軍基地のあるグアム島の中間に位置しています。
中国の海底の地形を探査する調査船が、数年前からこの周辺に出没するようになっています。
Q3:すると台湾をめぐる紛争が起きることを予想しての中国側の動きと言うことなのでしょうか・・・?
A3:もし台湾有事の事態になれば、アメリカ海軍がグアムから駆けつけてくる。
【潜水艦→調査船】
それに対して中国海軍は当然、潜水艦で迎え撃つことになるでしょう。
起きて欲しくない事態ですが、そういう事態もありうる。
潜水艦が作戦行動を取るためには、海底の地形を予めきちんと把握していなければならない。
それで中国の調査船は、この当りに出没するようになっているのだと見られます。
その海底調査活動をするのに、公の海なら誰にも気兼ねが要らない。
しかし日本の経済水域内では、事前に日本政府に通報の義務が生じてきます。
ですから、中国側からすれば、この海域で自由に活動するために、沖ノ鳥島は島ではない。周りの海も公の海だという主張になるのでしょう。
ちなみに中国のメディアは「沖ノ鳥島」ではなく「沖の鳥礁」と呼んで、報道しているそうです。
Q4:中国には、軍事的に海に進出していくという戦略があるということでしょうか・・・?
【キーティング→会話内容】
A4:非常に興味深い話があります。ハワイにあるアメリカ太平洋軍司令官が今年3月に議会で証言して明らかになった話ですが、
中国の人民解放軍の高官が、アメリカ軍関係者に非公式な席で「太平洋をアメリカと中国の間で軍事的に分割支配しよう。
太平洋の東側はアメリカに任せるから、西側は中国に任せてくれ」と言ったと言われます。
あくまでも非公式の席での、放談という性格の話かもしれません。
しかし冗談半分のような話の中に本音が現れるという面もあります。
中国の歴史認識として、アヘン戦争以来の中国が欧米や日本の侵略者にやられてしまったのは、中国の海軍力が、
明時代の鄭和の大航海を頂点に、その後、衰退してしまった。
これが外敵の侵略を招いたという歴史認識がある。
ですから、単に台湾を中国の元に取り戻す、と言うことに留まらず、さらに広く太平洋を中国の海として戦略的に押さえて行きたい、という願望があることは間違いないと思われます。
Q5:すると日本としては、沖ノ鳥島が、ちゃんとした島だ、という事実を世界にアピールしていく必要がありますよね・・・?
A5:そうです。その際問題となってくるのが、海面上昇による島の水没の危機です。地球温暖化によって、今世紀中に数十センチも海面が上昇するという予測があります。
【沖ノ鳥島空撮】
沖ノ鳥島は、東西4点5キロ、南北1点7キロの広がりを持つさんご礁なんですが、今でも満潮時には、島のほとんどの部分が水面の下になってしまいます。
かろうじて、北小島と東小島と呼ばれる小さな岩礁が水面上に顔を出しているだけです。かつて太平洋戦争前は、
5つぐらい岩礁が顔を出していたらしいのですが・・・。今は2つだけ。
国連海洋法条約で島と認められ、領海や経済水域を設けることが出来るのは、満潮のときでも島の一部が、
水面上に顔を出している、という事が必要条件です。
いくつかの岩礁は、荒波で砕けてしまった。今では二つ合わせて、たたみ8畳分ぐらいが、海面から1メートル足らず、顔を出している、心細い状態です。
【コンクリート】
Q6:しかし映像では、岩礁と言うよりも、丸い人工物のように見えますが・・・?
A6:これは実は今から20年ほど前に、残る二つの岩礁を守るために直径50メートルのコンクリートで、岩礁の周りを囲ってしまった。
波よけ施設です。しかし太平洋の真ん中で、厳しい気候条件にあるため、この周りのコンクリート自体が、だんだん劣化してきてひび割れが入ったりするため、毎年、修理を繰り返して、何とか島を守ってきました。
しかし、このままでは今世紀半ばにも、海面の上昇で水没してしまう恐れがあります。
Q7:思い切ってコンクリートで島を作ってしまうことは出来ないのでしょうか?
A7:海洋法上は、人工の島は、島として認められないことになっています。
そこで日本政府としては、少しでも自然な形で、島を守って行けないか、と言うことで、ここに、サンゴの卵を採取して、人工栽培して、さらに島の海に、
植えつける実験を始めました。
つまり、島の周りに、さんご礁を育成して、島全体をもう一度、海面上に出すことが出来ないか。おととし(06年)から水産庁が、サンゴの増殖実験を始めたわけです。
Q8:どうやってサンゴ礁をつくるのでしょうか?。
【写真阿嘉島】
A8:沖ノ鳥島で採取した親の枝サンゴを、いったん、沖縄の阿嘉島の研究センターに運んで、産卵させました。
ここで去年(07年)6月に生まれた11万個のサンゴの種苗のうち、半数以上の6万個が順調に育った。これは驚異的な生存率だそうです。
【運搬→移植】
1年近くで、数センチの大きさに成長したサンゴの赤ちゃんを今回、沖ノ鳥島に持ち帰りました。
先月下旬から今月はじめに掛けて、このサンゴの幼生を付着させたブロックを、ダイバーがもぐって、サンゴ礁の海の浅い部分、サンゴに覆われていない岩の部分に移植していきました。
魚やヒトデなどに食べられてしまわないようにサンゴの付着したブロックを、保護ネットで被っていきます。海底での根気の要る作業を繰り返したわけです。
Q9:しかし、サンゴ礁がそう短期間で出来るものなのか?
A9:専門の学者によると、潮の流れなど自然条件さえうまく整えば、数十年の単位で島が出来るということです。
沖ノ鳥島周辺でも、サンゴがたくさん育ち、その後サンゴが死んで出来る砂粒がうまく潮で運ばれて島の周りに堆積していけば、今の島の高さ・大きさを維持していくことは可能ではないかと言うことです。
それから、この実験は、日本の海洋権益を守ろうという目的なのですが、うまく技術が実用化されると、ツバルやキリバスなど太平洋で水没の危険にさらされている島国。
こういう島国もサンゴ礁で出来ていますから、こうした国の、国土を守る上で、この技術を応用できる可能性がある。
その意味でも、この沖ノ鳥島の実験が実を結ぶことを期待したいと思います。
投稿者:嶋津 八生 | 投稿時間:18:18