〜万年筆修理販売〜 書き味再現にこだわり


ルーペを使いペン先を微調整する江島芳昭さん。指先の微妙な感覚に全神経を集中する=佐賀市水ケ江の江島万年筆店

 きれいに手入れされた指の中で、両手の親指のつめだけが少し伸びている。「つめは作業台であり、作業道具。感覚をじかに伝える長さを保つのに気を使う」

 佐賀市水ケ江の江島万年筆店。二代目の江島満さん(50)は、宝石研磨用のルーペを使ってペン先を調整する父芳昭さん(73)の傍らで、つめの意味を説明した。

■命を吹き込む

 同店は全国でも数少ない万年筆専門店の一つ。県庁前を通る幹線道路沿いの店内にはウオーターマン、モンブラン、ペリカン、パイロットなど、世界各国のブランドが並ぶ。万年筆選びの助言から販売、修理まで引き受ける店は、九州ではほかに長崎市内に一店あるだけという。

 修理依頼にはペン先が曲がったものや、落下の衝撃で軸にひびが入ったものもある。部品は三十種類以上。ペン先、軸はもちろん、小さなリングが一つ壊れただけで使えなくなる。

「書き手に合った万年筆を選ぶのが専門店の務め」と話す江島芳昭さん(左)と満さん

 持ち込まれる万年筆は製造から二十年以上過ぎたものがほとんど。メーカーに問い合わせても、部品の在庫がないことが多い。そんなときは、創業以来半世紀の間に集まった各メーカーの製品から部品を選び、再生する努力を続ける。

 「持ち込まれる万年筆には持ち主のさまざまな思いが詰まっている。『もう使えない』とあきらめられていたものに、もう一度命を吹き込めた時、思い出が生き返るのを感じる」。満さんは修理の喜びを語った。

 だが同店の修理は物理的に書けるようになった時点で終わりではない。江島さん父子がもっともこだわるのが「書き味の再現」だ。

 書き味を左右するインクの出方は、ペン先の開き離れ具合で決まる。左手親指のつめの上に乗せたペン先を、右手の親指と人さし指で締め付けて調節する。一ミリの十分の一以下のわずかな差が決め手になる。指先の感覚と微妙なすき間を見分ける目が頼りになる。「集中力の勝負。一瞬も気が抜けない」

 微調整は依頼者と話し合いながら何度も繰り返す。「インクがしみこみ指先が黒くなるが、それも勲章」。満さんは胸を張る。

 修理で培った腕と目は販売にも生かされる。使用目的や書き方の癖に合った万年筆を勧めることを重視しているという。

 文章を書くなら太字用、数字が主なら細字用というだけではない。筆圧はどのくらいか。ペンを短く持つか長く持つか、寝かせて書くか立てて書くか。さらには手の大きさや、どんな紙に書くかというところまで考える。

修理に使えるかもと50年間保管してきた部品もこの店の財産

■勘を支える経験

 そのために購入目的の来店者にはまず試し書きをしてもらう。住所や名前を書く短い時間に癖を読みとり、その人にあった商品を選び出す。

 「どんな商品が合うかを決めるのは勘と経験としか言いようがない」と父子は口をそろえる。万年筆に携わって五十年以上の芳昭さん。その傍らで中学時代から作業を見続けた満さん。勘を支える経験に自信をみせる。

 「使い込むほどその人の色に染まり、個性を表す道具に育つ」。満さんはさまざまな思い出を共有し、持ち主とともに成長する万年筆の魅力をこう表現した。(文・石黒孝  写真・中島克彦)


=メモ=

〈近代的万年筆〉

 条約締結などの公式の場で各国首脳らがサインに使う万年筆。毛細管現象を使ってインクを自動供給する近代的万年筆は、1883年にアメリカのルイス・エドソン・ウオーターマンの工夫から始まった。

 保険外交員をしていたウオーターマンは、契約書にサインをもらうときにインク詰まりで書けなかったり、逆にインクがあふれて汚してしまうといった経験が続いたことからペン先を研究し、特許を取得。その後も工夫を重ね、文房具の主役の座を確立した。

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