「What More Can I Give?」 [2009年07月18日(土)]
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最近、マイケルに関して〜Wikipedia〜を読ませてもらってます。 そして知らなかったことが多くて…、彼の偉大さと苦しみを改めて感じてるところ。 マイケル・ジャクソン「Wikipedia」より とくに一番ショックだったのは、ソニーミュージックとの確執があったこと。このことは、死後に出版された多くの週刊誌の記事の中にも見つけていて、気になっていました。 Wikipediaの記述中、1997年直後、ソニーとの確執は表面化し、1997年10月に発売されるといわれていた「ヒストリー」からの第7弾シングル「スマイル」が販売停止となった。 …と書かれていました。 ソニーミュージック、とくに当時社長であったトミー・モットーラとの確執がマイケルの音楽活動に少なからず影響を及ぼしていたとも考えられそうですね。 マイケル、Sony Musicの代表を「人種差別主義者」と発言 ひとつの例として… マイケルのチャリティー・ソングは『We Are The World」』が世界的に知られてるんですけど、2002年9月11日の事件に衝撃を受けた彼が、再び多くのアーティスト、ミュージシャンと共に作られてた曲があったらしいんです。 でも、レコード会社からの圧力によってCDの発売化は実現しなったとも書かれています。この「Wikipedia」の記述の正確性・信憑性をどこまで信用できるものかもわかりませんが、事実表面化した問題はあったんでしょう。 ここにソニーとの関係で救われるようなエピソードもありました。偉大なるソニーの社長盛田昭夫氏との心の交流が書かれてました。 マイケルの心の真の空虚さを、奥様のお話から窺い知ることが出来ました。寂しいし、不安だったろうな〜と気の毒に思います。 それにしても、マイケルの「死」によって皮肉にも数々の作品が最高売り上げを記録してるとか…。何だかな〜 マイケルは本当に「音楽」を愛してた人。もっと小さな世界で大好きな自分の歌を作って、小さな愛を育んでいくべきだった人。ある時期から私達は早くマイケルがプロデューサーとして多くのミュージシャンを育てる側で活躍して欲しいと願っていました。でも、マイケルって自分で曲を作ると、人に提供したくなくなるんですって…。どうしても自分で歌いたくなって表舞台に立ちたくなてしまうんですって…。バカだよ、こんな結末になるのを、怖いけど予感してたファンがたくさんいたのに…。本当にバカだけど可哀想なマイケル |
ないので、寂しいとかの感覚は当てはまらないと思い
ますけど、あちらこちらからマイケルの曲は何気なく
聴いてたんだね〜という感想を聞きます。そんな声を
マイケル自身が聞くことができたら嬉しかったでしょうね。
彼の死因についてや、私生活での記事やら、どこまで
貪欲に彼の存在をお金にしたいのか…
気持ちもありますが、以前から私の仲間とは彼の作品
でしか関心はなかったので、これからもその彼への気持ち
でファンであり続けるつもりです。後半はちとついて
行けなかったけど、もうそれも過去のことですもんね。
私のネット友のouichi さんが戻って来られました。
帰ってこられた途端、マイケルへの熱い想いを一気に
書き綴ってます。よろしければ…お立ち寄りください。
いずれ「MJのお部屋」を作られるかも…