【Mind the Gap】基本表現の落とし穴
田邉祐司:専修大学教授
Timothy Wright:大妻女子大学教授
契約のためニューヨークにやって来た桜井 CEO(Chief Executive Officer:最高経営責任者)。調印は滞りなく済み、夜は伝統あるレストランで部下たちと祝勝会です。桜井さん、実は英語は苦手なのですが、部下の手前、無理しちゃいました。それでかえって他のお客さんの注目を集めてしまったようです。さてどんな点がいけなかったのでしょうか? ダイアローグを読んで考えてみましょう。
DIALOGUE
Sakurai: (In a loud voice) Waiter! (Snapping his fingers) Come! How much?
Waiter: (A little embarrassed) Yes, sir. Let me get the bill, sir.
(After a while)
Waiter: Here it is, sir. It will be $1,000 all together, sir.
Sakurai: Once more? How much?
Waiter: (Pointing at the bill) Here, sir. It is ONE THOUSAND dollars, sir.
〈注〉 snap one's fingers 指をパチンと鳴らす/ bill 請求書/ all together 全部で/ pointing at〜 〜を指さしながら
その通り! まず、大声で Waiter!と呼ぶのは今ではほとんどタブーです。指を鳴らしながら、Come! と呼びつけるのも品位を疑われます。もっとも Dialogueにあるようなレストランでの精算は billで確認するのが普通。桜井さんは、映画 "Casablanca" (1942) のHumphrey Bogart あたりをイメージしていたのかもしれません。
Bogart よろしく、短いフレーズで押してしまったのもいけません。Wright先生は If I were him, I would say, something like, "Excuse me, may I have the check, please?" or "Could you bring me the bill, please?" とコメントしています。
How much? は「いくら?」、「なんぼ?」の感じが強い表現。絶対とは言えませんが、高級レストランでは不適切でしょう。どうしても How much? を使いたいのなら、May I ask how much we owe you? と、スマートに表現したいものです。Once more? に至っては、もはや英会話の授業! Wright 先生は、Likewise, I would say in this situation, "Excuse me? / Sorry, did you say 1,000 dollars?" に置き換えるようアドバイスしています。
Dialogue はバブル期に米国でよく目撃した日本人ビジネスマンの実例です。その人は楊枝をくわえ、分厚いブランド物の財布から How much? とドル札を指でなめながら支払っていました。私と一緒にこれを見たアメリカの友人が、Is he in that kind of business? と小声で尋ねてきたことを鮮明に覚えています。
短いフレーズは「態度と相まって、文脈の中で一人歩きをする」というコミュニケーションの本質を忘れないようにしたいものです。
こうした点に応えるのが英語教育のコミュニケーション指導の本質でしょう。Understand? ありり!(こちらは、先生や軍隊の教官のフレーズでした)