オレは人生で2度と味わう事の出来ない過酷な井出商店での修行を終え
故郷金沢で、つかの間の安堵の日々を過ごしていたが‥。
違う!!!
そう、オレは開店というスタート地点に立てただけにすぎなかった。
和歌山での日々が余りにも過酷でハードだったので休息が欲しい所だったが
オレに休日など取れるはずもなく愛する彼女も放ったらかしで、
まず店の場所探しが始まった。
何十件も不動産屋を訪ねアチコチ探し回ったり、
友人からいい物件があるからと聞いて国道8号線沿いの
最高にいい立地条件の物件などもあったがオレの心の中には
こだわりが有り、味にうるさい人達が集まる場所で敢えて勝負したい!
という思いからなかなか店舗が決まらなかった。
そんなある日、知人から電話が入る。
「金沢中央市場で空き店舗があるけど一緒に見に行くか」
と、言うのだ。
断る理由もなく故郷金沢へ帰ってきて2ヶ月余りも経っていたので
ワラをもすがる思いでオレは足を運んだ。
なぜだか今日の物件はオレの心の中で小さな光が見えてきた様な気がしていた。
それは市場イコール新鮮な食材が全国各地から集まり
味にうるさい人達が働いている場所だからである。
胸が高まりつつ、その店舗を見た途端オレは
「コレだぁ〜!!!!」
オレの全身に稲妻が走った!オレはその閃きを信じ迷わずにその店舗に決めた。
これで店舗が決まれば後は資金。
以前、水商売でオーナーをしていた時に貯めた貯金も
半分以上使ってしまった為に金融機関から融資をしていただき、
遂にオープン日を決める所までこぎ着けたのである!
まず、一番に報告したのは当然、オレの師匠!井出商店のオヤジ。
それからオレの彼女、友人達に報告した。
その時の状況を友人達は後から
「オマエ、テンション高過ぎで何言ってるか分からなかった。」
と、言われたくらいオレは興奮していた。オレは嬉しくてたまらなかった!
そして毎日を日々忙しく開店準備に取りかかっている時、
彼女から1本の電話が鳴った。
「…誠治君、わたし言いづらいんだけど。
...別れよう。」
ナニ????寝耳に水。オレは頭の中が真っ白になった。
夜の世界から足を洗い日本一美味いラーメン屋をしようと決めたのも
全てこいつをいつか幸せにしてやりたい!!
という強い思いから始まったのだから‥。
当然だ。
人生で初めて自分を見つめ直すきっかけを作り、
過酷な和歌山修業時代も彼女の支えがなかったら
果たしてここまで辿り着けただろうか?
オレは希望と絶望の中、もの凄く落ち込んだ。
そんな開店間近のある日、師匠から思いがけない物が送られてくる。
それは
「心」
と、書かれた1枚の分厚い木が送られてきたのだった。
どんな良い素材、どんなに良い道具を使おうが
心が無くてはそれは全て無であると言っていた師匠らしい粋な贈り物だった。
その師匠直筆の力強い文字を見ながらオレは思った。
店を開店出来るのも色んな人達の支えがあったからであり
女にフラれたからと落ち込んでいる場合じゃないと。
アイツと過ごした日々は良い思い出
としてお互い違う人生を歩んでいこうとオレは決めた。
店の名前は「神仙」。
由来は神様でも仙人でもこのラーメン1杯を考える事も出来ない、
出来るのは井出商店で働いた人達だけであるという熱い思いから
「神仙」という名に決めた。
いよいよ神仙開店当日の朝。
オレはチビリそうなくらい緊張して頭の中は期待より緊張ばかり。
新聞の折り込みチラシに宣伝はしたのだが
果たして本当にお客様が来てくれるのだろうか???
オレは早めに家を出て朝靄の中、神仙に向かった。
店に着いて無我夢中で開店の準備をした。
フッと店の窓の外を見てみると外の光景にビックリ!
驚いた。
ナンと開店1時間前だというのに店の前には長蛇の列が出来ているではないか!
落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながらオレは神仙の扉を開いた!
開店。
店を開けた途端、店内は満席!
長い行列が途絶えなかった。
オレ以外の従業員は皆シロウト同然、しまいには向かいの寿司屋、
一久庵のおばちゃんまでが皿洗いを手伝ってくれる始末。
厨房は修羅場と化し予め多めに頼んでいた麺500玉が
開店6時間で売り切れてしまった。
オレは神仙店内を見渡す。
店の中はグチャグチャ、従業員の子達は床に座り込み放心状態でグッタリ。
とにかく神仙の商品は全て売り切れてしまったのだ。
オレは嬉しくてたまらなかった。
とうぜんオレは一睡も眠る事が出来ないまま次の日を迎え、
こんな日々が
10日間も続いたのだった。
開店すると色々な課題が浮かんできた。
例えば「特製中華そば」だ。
和歌山ではチャーシューラーメンのことをそう呼ぶのだが、
金沢の人達にはどうしても特製というと豪華なイメージで
これでもかというほどトッピング山盛りというイメージがあり
「和歌山中華そば」を浸透させるにはかなりの時間PRに費やした。
(今でも完全とは言えないが…)
早寿司もそうだ。
和歌山ではラーメンが豚骨しょうゆで味がこってり系の為に
箸休めとしてあっさりとした鯖の押し寿司を頬ばる
という習慣なのだが金沢の人から見れば
何でラーメン屋に鯖の押し寿司があるの?と不思議がって当然だ。
今では神仙の炙り鯖寿司お目当てで来てくれるお客様も大勢いて
この地金沢に和歌山中華そばが浸透してきた様でオレは嬉しく思っている。
今現在、この壮絶なオレのラーメン人生が始まって5年目。
今では神仙の噂を聞きつけ県外から足を運んでくれるお客様や
週に4,5回も来て頂けるお客様もおり、
少しずつだが金沢に
和歌山中華そば井出商店の味を根付かせる
というオレの壮大な夢が叶えられるように
寸胴鍋に情熱と手間暇をかけてオレは1人でも多くのお客様に
神仙の最高に美味しいラーメンを食べて喜んで頂けるように日々、
がむしゃらに頑張っている。
敢えてオレはこのホームページでラーメンの能書きは語らなかった。
ただ一言だけ。
神仙のラーメンには心がこもっている。
人それぞれオレの全てを注ぎ込んで作ったラーメンを食べていただいて
感じてもらえれば充分だから。
最後に神仙に関わって頂いた全ての人達に心から本当に感謝します。
天狗にならず日々精進し真心と誠意を込めてオレの残りの人生、
一杯のラーメンを精魂こめて作っていきます。
いつ師匠が突然、和歌山から神仙へ食べに来てもいいように…。