どうしても井出の味が忘れられないオレは
	すぐさまバカで勢いだけの性格を武器に髪をバッサリと切り
	丸坊主になって和歌山へ飛ぶ。
	井出商店、到着。
	店に入り緊張で口から心臓が飛び出しそうだったけど
	ここの店主に会わせて下さい!
	と、無我夢中で頼み込んだ。
	しばらくすると将来オレの師匠となるべき人が登場してきたのだった!
	バカで勢いだけのオレは坊主頭を床に付け土下座してひたすら
	頼み込む、頼み込む、頼み込む!!
	「弟子にして下さい!お願いします!!!」
	無我夢中で全身全霊でオレはそこに立つ師匠に御願いした。
	この時言った言葉は正直覚えていないけど師匠が
	「分かったよ。」
	と、言った時なぜか
	涙が溢れて止まらなかった事だけは覚えている。
それからオレの人生でもう2度と味わう事の出来ない
	ハードな日々がおとずれる。
	それは朝8時から深夜の4時までただひたすらがむしゃらに働き、
	1日の来客数は800人、
	師匠に分からない事を訊ねると返ってくる言葉は
	「見て覚えろ。」
	という一言だけという始末。
	とにかくオレはただひたすら井出商店で働いた。
	どんな小さな事も見逃すか!
	師匠の言葉通り、
	オレは全てを脳に焼き付けるつもりでがむしゃらに働いたのだった。
	そんなオレもたまには淋しくなり
	遠く離れた故郷に居る彼女に電話をするが
	夜中の4時じゃ
	誰も出ない…。ただ毎日がもの凄いスピードで過ぎていった‥。
ある日、ほとんど喋らない無口で寡黙な師匠から
	百貨店の催事へ2人で行くぞ!
	と、言われ2人で1日1000杯!!
	オレの腕は腱鞘炎、カラダもガタガタ。
でもオレは嬉しかった。
技術と井出商店の伝統、精神だけは着々と身につけていった。
そんな超ハードな毎日が続いたある日のこと、
	店も終わりいつもと変わらず掃除をしていたその時、師匠から呼出が来る。
	余り喋らない師匠からの呼出…。
	イヤな予感。
	「まさかオレ何かヘタ打ったんかなぁ…」
	と、不安な思いで夜中の4時過ぎ、オレは師匠の元へ向かった。
	師匠の前に座るとなぜか机の上に封筒が置かれたいた。
	オレは恐る恐る師匠に
	「オレ何かしましたか?」
	と、聞いてみると、
	滅多に笑わない師匠の口から笑みがこぼれ衝撃の言葉が!!!
	「今までありがとな。お前に井出の暖簾分けを許すよ。」
	と師匠が言った。信じれなかった。
「本当ですか!?」
	と、聞くと師匠は小さく頷き机の上の封筒を
	黙ってオレに渡し部屋に戻って行った。
井出商店最後の朝、
	オレに唯一優しく接してくれた奥さんが店の外へと送りに来る途中、
	師匠が店の中から現れた!
	師匠の手にはいつも調理場で
	「魂を込めろ!!!!」
	と言いながらいつも毎日使っていた
	ラーメン屋の命!混ぜ棒が握られていた。
	恥ずかしがり屋の師匠は
	「まだまだ半人前やからな。」
	とだけ言うと大切な混ぜ棒をオレに手渡し黙って、
	店の中へ入って行った。
	それはオレの人生の中で最高に幸せな瞬間だった!!!
オレは故郷金沢へ向けハンドルを握った。
	金沢へ帰る道中、あの夜に渡された封筒が気になり、
	徳光のサービスエリアへ立ち寄り封筒を開けてみると
	現金10万円と1通の手紙が入っていた。
	オレはその手紙を読んでみた…。
	HPではその内容を明かす事が出来ないのだが
	オレは今まで堪えていた感情が一気に溢れ出し涙が止まらなかった。
	オレは大人になって初めて涙を流し号泣した。
あの10万は今でも使わずオレの一生の宝として置いてある…。