行方不明の女子大生の身に何があったのか。島根県立大1年、平岡都(みやこ)さん(19)=島根県浜田市=とみられる遺体の一部が6日、広島県北広島町の山中で見つかった死体遺棄・損壊事件。平岡さんが先月26日夜、アルバイト先から帰宅途中、行方が分からなくなって10日余り。「早く見つかってほしい」。そう願う知人や友人らは言葉を失った。
この日夕、平岡さんの父旦(あきら)さんは、浜田市内で情報提供を求めるビラ配りに参加する予定だった。しかし、「遺体発見」の知らせに急きょ取りやめた。
香川県坂出市府中町の平岡さんの実家では午後5時前、祖父がインターホン越しに応対し、「まだ何も聞いていない。無事を祈りたい」と話した。約1時間後、平岡さんの母親とみられる女性が帰宅し、無言のままうつむいて足早に家に入った。午後6時半過ぎには知人らしい人が訪れた。報道関係者がインターホンを押すと「取り込み中で、話すことはありません」と答えがあった。
平岡さんが高校生のころ、アルバイトをしていた食堂を経営する新野百々子(ももこ)さん(52)は「一回言えば、すぐに仕事を覚える子。言った通りに動いてくれた。小柄なので無理しなくていいと言っても、まじめに働いてくれた」と絶句。「常連客と『早く見つかればいいのに』と心配していた。信じられない」と涙声で話した。
一方、女子寮に住む同級生(19)は「『早く帰ってくるといいね』という話を友人としていたのに」と声を震わせた。また、4年生の女子学生(21)は「テレビのニュースを知ってショックだった。大学周辺の道は夜でも歩いている女子学生がいたので、気をつけないといけないと思っていた」と驚いていた。
平岡さんが行方不明になる直前まで働いていた浜田市内のアイスクリーム店の女性店員は「大切な仲間がいなくなったというショックが大きすぎる」と言葉少なに話した。
夢は海外留学--。平岡さんは中学、高校時代から得意だった英語に関心を持ち、今春、島根県立大に入学後も語学や国際情勢を熱心に学んでいた。勉強の傍らアルバイトにも精を出しており、周囲には「親の負担を軽減させたいし、経済的にも自立したい。海外への留学の費用もためたいので……」と将来の夢を語っていたという。
香川県坂出市出身。市内の市立中学校に通った中学時代はクラブ活動で新体操に打ち込んだ。このころから英語が得意で、担任教諭らに「高校に入ったら英語の勉強を深めたい」と話していた。高校は高松市内の県立高松商業高校に坂出市の実家から通った。大半が国公立大を目指すという英語実務科で学び、成績は上位。2年の夏には米国・ソルトレークシティーでホームステイも経験した。部活動では応援部に所属。はかま姿で野球部に声援を送った。
大学に進学するまで両親、祖父母、弟、妹の6人の家族に囲まれて暮らした。身長147センチの細身で、実家近くの女性は「小柄で可愛い子だった」と話す。
島根県立大総合政策学部では、授業の欠席はほとんどなく成績も優秀だった。発展途上国を支援するボランティアサークルに所属していたこともあり、同じサークルのメンバーは「話しやすく社交的な人」と言う。また、先月末からは、新たに浜田市内の飲食店でアルバイトをする予定だった。平岡さんを面接した飲食店のオーナーは「はきはき話す子で、明るく接客向きだなと思ったのを覚えている」と話した。
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◆平岡都さんの足取りと事件の経過◆
10月26日
午後3時ごろ 大学から女子寮に帰宅
4時半ごろ 浜田市のアルバイト先のアイスクリーム店に出勤
9時16分ごろ アルバイトを終えて店を出る。以後、行方不明に
27日
午後5時半ごろ 母親が平岡さんにメール。返信なし
28日
朝 家族が大学に「娘と連絡がつかない」と相談
午後3時半ごろ 家族が県警浜田署に捜索願を提出
29日
大学が、教員と女子寮入居者に行方不明の事実を説明
11月 2日
同署が行方不明の事実を公表。公開捜査に
4日
県警が40人態勢で大学周辺などを捜索
5日
県警が25人態勢で大学周辺などを捜索
6日
午後 広島県北広島町の山中で、平岡さんとみられる遺体の一部が発見される
毎日新聞 2009年11月7日 東京朝刊