きょうのコラム「時鐘」 2009年11月7日

 瀬戸内寂聴さんの連載「寂庵より」に、漫画家・水木しげるさんの訪問記が載っていた。「好きな絵を描いて、巨万の富を得て」と、水木さんが言う

「巨万の富」の目安を問う寂聴さんに、「三百万円からだな」。思わずクスリとなりかけたが、紛れもない大金である。地に足の着いた金銭感覚である。それを笑う方がおかしかろう

そんな水木さんが描く「ねずみ男」は、金の亡者である。悪玉に誘われて主人公の鬼太郎をペテンにかけ、平気で裏切る。風呂に入らず、おならが武器という不潔なヤツだが、そこは漫画の世界。最後は、懲らしめられてしまう

水木さんは、戦争で片腕を失い、死線をさまよった。この世の地獄を見た人だから、戯画化しないと醜い欲の世界は描けないに違いない。怖い話にも、どこか救いがある

金の欲なら、人間世界も負けてはいない。列島の西と東で、そっくりな疑惑が浮上している。30代の詐欺容疑の女の周囲で起きた複数の男性の不審な死。乱用された睡眠導入剤。欲望の黒い穴があいて、「巨万の富」を造作なく吸い寄せる。妖怪の世界より、背筋が寒くなる。