【ワシントン大治朋子】米南部テキサス州のフォートフッド米陸軍基地で陸軍少佐の精神科医、ニダル・マリク・ハサン容疑者(39)が同僚の米兵ら13人を射殺した5日の乱射事件は、長期化するイラク、アフガニスタン両戦争で兵士が必要とするメンタルケアの課題を浮き彫りにした。オバマ政権は対策の重要性を訴えるが、現場では精神医療への偏見も根強く、治療体制の確立は進んでいない。
ハサン容疑者の親類は米メディアの取材に「彼は、兵士の治療を通じて戦争の恐ろしい現状を目の当たりにしていた」と話した。戦闘による心的外傷後ストレス障害(PTSD)などを治療するなかで戦争を疑似体験したハサン容疑者は、初めて戦場への従軍命令を受けて不安を募らせていたものの、自分自身が治療を受ける機会は逸していたとの指摘がある。
イラクやアフガンでの戦争では、PTSDや、爆弾攻撃により脳細胞が破壊される外傷性脳損傷(TBI)を患う兵士が急増した。オバマ政権は今春、対テロ戦争を「象徴する負傷」と位置づけ、最終的にいずれかを発症する兵士が30万人前後にのぼると推計し、治療体制を拡充すると表明した。
しかし、現場では、軍での経歴に障害となったり、除隊を迫られることを恐れて、精神的な治療を敬遠するケースが目立つ。米精神医学会が昨春、約350人の帰還兵らを対象に行った調査によると、約半数が不眠やうつ症状を訴えたが、治療を受けた人は約1割だけ。治療を受けなかった人の多くは、目に見えない症状のため治療を求めても適切な診断が得られにくく「(兵士としての)経歴に悪影響を及ぼす恐れがあるから」と答えた。
こうした状況を受けて、米陸軍副参謀長のピーター・シラリー大将は今月5日、陸軍の年次総会で「従軍を逃げようとする弱い兵士の訴えではない」と指摘。偏見をなくし、迅速な対応をするよう求めた。
毎日新聞 2009年11月6日 21時55分(最終更新 11月6日 23時21分)