猪木、アリ戦を新聞の見出しで振り返る [プロレス]
今から33年前、プロレスラーのアントニオ猪木とボクシング世界ヘビー級チャンピオンのモハメド・アリ選手の間で「格闘技世界一決定戦」が行われた。今週の土曜日(2月7日)に、当時その様子を生中継したテレビ朝日で、「テレビ朝日が伝えた伝説のスポーツ名勝負 〜いま明かされる舞台裏の真実〜」という番組が放送される。あの戦い以来、初めて全てのラウンドを見た猪木さんがコメントを寄せているらしい。とても興味深い。33年という年月を経た今だからこそ明らかにされる事実、みたいなものが聞けるはずだ。 番組のHP http://www.tv-asahi.co.jp/sports/pc/sp1/ 世紀の一戦が行われた1976年、僕はまだ小学校1年生で、入学早々不登校になったりしていた時期なので、リアルタイムでの記憶は一切ない。平均視聴率が46%を越えていたというから、きっと両親と一緒に観ていたのかもしれない。でも、覚えてない。その後、小学5年生くらいからプロレスに夢中になり、僕は猪木信者になった。後から「猪木、アリ戦」について色々調べると、猪木信者にとっては残念な情報しか出てこない。「世紀の凡戦」とか「世界中の大笑い」とか。本当にそんなだったのか? 純粋だった僕は、古本屋で当時のパンフレットを入手したりした。 当日の試合パンフレット パンフレットは試合前に刷られているので、もちろん「世紀の凡戦」なんて事は書いてない。むしろ、事前の盛り上がりの凄さがビシビシ伝わってくる。「猪木ーアリ戦に期待する」として、各界の著名人からコメントが寄せられていて、そのメンバーが凄いのだ。石原慎太郎さん、大山倍達さん、石坂浩二さん、渥美清さん…。豪華な人たちが「猪木、アリ戦」に期待を寄せていたのだ。 「猪木ーアリ戦に期待する」 その他にも、「スーパーファイト実現までの経緯」が説明されていたり、猪木、アリ両者へのインタビューが掲載されていたり。もうとっくに終わってしまった試合なのに、今読んでもワクワクする。6月26日に試合が行われるまで、それまでの盛り上がりだけでも充分だったんだと思う。実現不可能と言われた事が実現する。そのドラマ性が凄いのだ。パンフレットの中ではこの一戦を「20世紀最大のメルヘン」と表現している。 出来れば、リアルタイムで試合までの盛り上がりを感じていたかった。 しかし、今となっては後の祭りである。 せめて、気分だけでも味わいたい。 というわけで、当時の新聞を振り返ってみることにした。 「新聞の見出しで盛り上がりを感じてみる」 国会図書館で、当時の新聞を調べていった。スポーツニッポンと朝日新聞の2紙を対象に、「猪木、アリ戦」に関する記事を読む。 国会図書館でリサーチ 試合の日、6月26日(土)まで、スポーツニッポンでは連日に渡って、両者の様子がレポートされていた。一般紙の朝日新聞でも、前日、当日、翌日、と「猪木、アリ戦」についての記事が掲載されていて、当時の盛り上がりが感じられる。全ての記事を紹介したいのだが、掲載スペースが足りないので、見出しのみを載せていこうと思う。見出しだけでも面白い。 まずは、世紀の一戦まであと5日。 6月21日のスポーツニッポンから。 試合前に行われた有料公開スパーリングの様子を伝える記事である。アリ側の派手なパフォーマンスが目立ったようだ。 一方、猪木側の見出しは、 地味に足十字固めを披露していたようだ。 世紀の一戦まであと4日。 6月22日のスポーツニッポンには…、 猪木へのインタビュー記事から、選手でありプロモーターでもある猪木のお金に関する悩みが掲載されていた。 一方アリは…、 お金の事はまったく気にせず、マイペース調整を続けていた。 ちなみに同じ日、寺山修司の「楽しい試合なら満足」という文章が寄稿されている。 世紀の一戦まであと3日。 6月23日のスポーツニッポンには…、 「東京見物に出かけ、余裕たっぷりの休日としゃれこんだ」というアリの様子がレポートされていた。ファンを一列に並ばせて、30分以上に渡ってサインや握手に応じたという。アリ、いい人である。 世紀の一戦まであと2日。 6月24日のスポーツニッポンには…、 この日は、京王プラザホテルの5階で調印式とディナーパーティが開かれたという。調印式は分かるが、ディナーパーティ? 記事を読むと食事代5万円のチケットを買って、このディナーパーティに列席したお客はなんと400人。主な列席者として、千葉真一さん、石坂浩二さん、八代亜紀さん、などの名前が挙がっている。何かと登場する石坂浩二さんであるが、どうやら、この試合のポスターを描いたり、猪木さんのガウンのデザインをしたり、大活躍だったようだ。 気になる5万円のディナーであるが、そのメニューも載っていた。 また、この日に決まったルールでは、かなり猪木側にとって不利な条件に決まっている。レスリングの技がほとんど反則になってしまうというのだ。キック、チョップ、タックルもダメ。「これでは猪木は手足をしばられてリングに上がるようなもの」と新日本プロレスの人が発言したほどである。それに対し、猪木は「逆にファイトがわく」と燃えている。 しかし、このルールのせいで、「世紀の大凡戦」などと言われる結果になってしまった事は間違いない。 いよいよあと1日。 6月25日のスポーツニッポンは、1面にアリの手形実寸大を掲載していた。 中面でも、両者の様子を伝えていて、 前日に猪木が提案してアリ側も同意した、「ファイトマネーはじめ賞金のすべてを勝者が取る」という契約が、この日、白紙撤回されたらしい。ルール決めや契約に関して、猪木側が振り回された顛末が見て取れる。 また、この日のテレビでは、 試合前の公開練習の様子などが、プロレス中継の枠で放送されていた。 さらに、一般紙朝日の4コマ漫画「フジ三太郎」でも「猪木、アリ戦」がテーマになっていたり、スポーツニッポンでは、「猪木、アリ戦」を競馬に喩えて予想したりしている。 世の中がかなり盛り上がって来たのが分かる。 そして、ついに試合当日の朝刊。試合前の計量の様子が報じられている。「あの野郎、声がかすれてるじゃないか。日本に来た当初は迫力があったが、空威張りにすぎないよ」という猪木の強気な発言が載っていた。 試合はお昼の1時から生中継され、その日の夜、7時半から再放送された。 当日の番組表 1日2回も放送されていたのだ。 そして、朝日の夕刊には早速その結果が載っていた。 「しょせんボクシングとレスリングは水と油。あっけにとられたファンを置き去りにして、2人は仲良く抱き合ってロッカールームへと消えた」 と、試合に対しての批判的な記事であった。 試合翌日、「世紀の凡戦」という評価が広まっていった過程が良く分かる。 スポーツニッポンの1面では、60試合で40勝に到達した巨人の方が扱いが大きい。 さらに、見出しには…、 と、「猪木、アリ戦」でイライラした人たちが巨人の快勝でスッキリした旨を伝えている。 出したパンチの数の少なさから、1発3億円と言われたり、 朝日の「NEWS三面鏡」というコーナーでも、 割りと散々な評価である。 一方、スポーツニッポンの中面でも、 と、いい見出しがない。 しかし、猪木はそんな世間の評価を気にせずに、 しっかりとアリにダメージを与え、 さわやかな感想を抱き、 興行的な失敗も前向きに捉えている。 試合後の紙面の中で、特にグッと来た見出しとして、 という、当時の奥さん、倍賞さんからのコメントがあった。「ご苦労さんアントン」。 いい言葉である。 と、このように新聞の見出しだけでもワクワク出来ると思いませんか? 今のご時世、格闘技の1試合でこれだけ世の中を沸かす事が出来るとは思えません。 やっぱり、猪木さんは偉大だ。 改めてそんな風に思いました。 (2009/2/3 住正徳) |
2009-02-03 09:00
nice!(7)