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やる気のない部下を燃える男に変えるには

プレジデント10月13日(火) 10時 0分配信 / 経済 - 経済総合
管理職業務の大半はルーチンワークであり、「意思決定」はわずか21%
■トヨタの人事部長の「今日も頑張って」

 ミンツバーグは“常識”が発動される日本の組織を高く評価している。
「世界をまわるビジネススクール」をかつて主宰し、各国の経営者候補を集めて勉強会を行っていたミンツバーグは、“ITはインドに”“経済発展は中国に”、そして“組織は日本に”学べと強調していた。

 トヨタ人事部の人物からこんな話を聞いたことがある。人事部門の部長クラスは会社が大変なときには、操業30分前に工場に行き、正門に立って働いている工員を出迎えることだというのだ。「ご苦労さん、今日も頑張って」「おはよう」などと声をかけ、感謝を表す。
 人事部長といえば多くの企業で常務クラスの重役だ。そんな高い地位の人間がわざわざ毎朝出迎えてくれる。多くの従業員にとってはこれ以上自尊心をくすぐられるものはない。仕事へのモチベーションが上がるばかりか、トヨタという企業への愛着心につながっていくのも当然であろう。

 経営側にとってもこういったプロセスで形成される愛着心は強い武器になる。何らかの形での“変革”を求められたとき、たとえば工場閉鎖などに伴う人事異動という局面でも、従業員は要求された変革をよりスムーズに受け入れることができるのではないか。
 この人事部長の話は一例にすぎない。働く人の持つ人間としての感情や意識を大切にするごく自然な視線で、人事および経営をしていく。数字には表れにくい、この“常識”の積み重ねこそが世界のトヨタの強さにつながっているのだろう。
 こうした考え方は、従来は多くの日本企業にも浸透していたものである。だからこそミンツバーグも“組織は日本に学べ”と強調していたといえる。

 しかしながら日本企業はこうした経営を、バブル経済崩壊後、急速に喪失していった。アメリカ型の構造改革により働く人に対する視線が大きく変化した。結果として人間を見ない財務、経営企画というファクターが過度に重視されるに至った。マネジャー(管理職)も、安易なコスト削減や短期的な数値達成に追われ、現場マネジメントが「成果主義」の方向に大きく傾いた。
 この流れのなかでマネジャーによる部下との接触も従来のような人間的要素が大きく失われることになった。
「誰かに見守られている。構ってくれている」という感覚がすごく減ってしまったのが今の日本企業の実情である。人事評価のときだけでなく、上司や社長なり責任ある立場の人間からのケアが現場の達成感、パワーを上げ、いいモチベーションの維持につながっていく。ミドルマネジャー(中間管理職)も、部下とのコミュニケーションを実は密接に取りたがっていることがいろいろな調査を見ても、わかってきている。

 失われた日本の企業風土を取り戻す意味でも、ミンツバーグの組織論を学びなおすことが必要だ。彼は経営理論、組織論を人間の側から再評価した。普通の人の目線、働く人の目線から、マネジャーに対して従来からの戦略論や組織論の議論の滑稽さ、矛盾点を一つ一つ説いていった。
 例えば彼以前の議論では、マネジャーは、リーダーシップや戦略論といったクリエーティブな要素だけをいかに身につけるか、ということが重視されていた。しかし、実際の彼らの職務の半分はルーチンワークで占められている。マネジャーといえども、特別な才能が必要とされるのはごく一場面であり、日常的な業務がいかに企業にとって大切なものかを指摘したのだ。

 彼は『戦略サファリ』という著書のなかで、戦略達成がリーダー一人で行われるという想定が非現的だという趣旨のことを述べている。戦略というのはプロセスであり、良い戦略を立てることだけが重要なのではない。むしろ戦略を実行するプロセスの中で、アイデアを出し合い、様々なことをお互いに議論し、一つの意識を形成していくことこそが一番重要であると論じている。アウトプットだけで評価されるべきではないという立場を強調しているのだ。考えてみれば、部下のモチベーションを上げるためには当然のことであって、みんなで一生懸命考えるからこそ「よし、頑張ってみよう」という意識が生まれるのだ。彼自身「偉大なる常識人」という言葉を使ってマネジャーや戦略の常識を覆したミンツバーグの功績は特筆すべきである。

■部下のやる気を下げているものとは

 したがって人事や管理職から“部下のモチベーションをいかに高めるか”という問いがよく出るが、部下のモチベーションはもともと高い、というのがミンツバーグの組織論の前提だ。
 彼に言わせれば、部下はやる気を持っている状態で職場にやってくるが、様々な“障害”によって──たとえば働く人の人間性を無視した変な上司や経営者、間違った組織のつくり方で──それを損なっていく。

 ミンツバーグであれば、モチベーションを低めていく要素をいかに取り除くかがモチベーション・マネジメント上で一番必要だと答えるであろう。実際、ミンツバーグはマネジャーに求められる「10の役割」の一つに「障害除去者」という役割をあげている。マネジャーは部下がモチベーションを下げている要素を自分の責任として考えるべきだというのだ。
 組織を預かっているのが自分なのだから、組織や管理がいかに人の邪魔をしないかを考える。組織を正常に戻し部下が本来持っているモチベーションを開花できるような環境をつくり上げることで、組織全体の機能も当然上がっていく。両者がフィードバックしあう自然な流れを回復させると言ってもよい。結果、個人だけではなく組織にとっても長期的な成長を見込むことができる。

 さらに具体的な事例を考えていこう。部下が何か新しいことに取り組もうというとき、ミンツバーグならば、マネジャーに対しては、隠れた形でアシストするようにアドバイスするであろう。部下が前に進もうとするときの障害となりうる、組織上の問題点を一つひとつ、なるべく本人に気づかれないように取り除くべきだ、と。
「上司がやってくれたから俺ができた」
 という感覚を部下が認識してしまっては元も子もない。あくまで「自分の力でできたんだ」と部下が達成感を感じられる「自己能力の開示、開花」に持っていくのが理想的ではないか、と。マネジャーは陰で障害を取り除きつつセルフエスティーム(自己有能感)を与えるのである。
 そのため指示の出し方でもダイレクトに出すのではなく、「あの案件どうなった」といった形で部下に自然に聞く。壁に当たっているようだったら「自分だったらこうする」といったような部下が自分で前に進んでいけるような自然なアドバイスの仕方をする。こうした形を築き上げていくには、普段から部下のことをきちんと観察し把握しておき、信頼関係が存在していることが大前提になる。

 冒頭でも述べたように、ミンツバーグの組織論・管理論は極めて日本的であり、国際競争のなかで日本が強かった部分を強調する。
 企業は、いい頭(戦略)が強い足腰(組織)についていないといい方向に機能しない。
 企業にとってはいい頭も強い足腰も必要だが、強い足腰をつくるためには、組織と人との常識に立ち返るというのがミンツバーグの議論の基本を貫くものであろう。


●ヘンリー・ミンツバーグ
『マネジャーの仕事』(1973年)
【Henry Mintzberg】:マネジャー職能論、組織論、戦略論など、幅広い領域で、問題意識を策定している。経営管理者の職能について、「 直観」などの要素を重視した。経営学の過去の議論を抽象的と断じ、特にポーターなどを理論偏重として批判。


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一橋大学大学院商学研究科教授
守島基博

松山幸二=構成


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  • 最終更新:10月13日(火) 10時 0分
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