更新 2005.6.19        《元Hp http://www.geocities.jp/hontodates/》

■七三一部隊・・・・日本の生物化学兵器部隊

 表向きは「関東軍防疫給水部」。兵士の感染症を防止し安全な飲料水を確保する任務を持つとされ、部隊長石井四郎の名を取って石井部隊と呼ぶこともあります。1936〜1945年の間「満州国」平房に存在しました。生物化学兵器の研究と実戦をおこなう細菌戦部隊であると理解してよろしいでしょう。七三一部隊は、中国人、朝鮮人、モンゴル人、ロシア人の捕虜や囚人に番号を付け「マルタ」(丸太)と呼んで1本2本と数え、「実験動物」として消費しました。敗戦までの5年間に、かなり正確に3千人が生体実験、生体解剖などで殺害されたことは確実です。細菌爆弾の製造も主要な任務の一つでした。

 いつもはフィクションの世界で仕事をしているミステリー作家、森村誠一さんがただ1編だけ書いたノンフィクション「悪魔の飽食」(1981)によって劇的に知れ渡りました。
 ソ連の参戦が間近と判断した部隊は、全施設を破壊、残存「マルタ」を殺害、撤収したので「マルタ」に生存者はいません。脱出に成功した人もいません。石井をはじめ多くの部隊関係者は帰国後、GHQに実験データを提供して戦犯追及を免れ、部隊関係者は戦後固く口を閉ざしていました。真実を語り、反省している方もおられます。反面、戦後、731での経験を生かし天才的なオペの名人として、あるいは医学研究者として大成したり、製薬会社幹部に出世した者もいます。「帝銀事件」の真犯人も部隊関係者ではないかと言われていますが、真相は不明です。
 現在、平房では部隊の施設跡が保存され、展示館も常設され、学生、市民に公開されています。

□人間を「実験動物」に!
 病原体に感染させ、高熱に苦しむ「マルタ」を放置したり様々に条件を変えて「治療」したりして経過を観察し死後解剖しました。まるでラットのように。強化ガラスの部屋の中で、真空にしたり、青酸ガスを吸わたりして、どの程度で死亡するか実験しました。大量に出血させたり、血中に空気を送り込んだりして、どの程度で死亡するか実験しました。氷点下30度もの野外で手足を凍傷にさせては「治療」する実験の犠牲者は手足を失いダルマのようにされ最後は細菌実験の材料にされました。健康な標本作製や訓練のため生体解剖も行われました。1940〜41年、ペスト菌を使用した細菌爆弾を開発し、炭疽菌の研究も行われていました。
 731部隊は、森村誠一さんの著書名にあるように、まさに「悪魔」が「飽食」するまでの非道を繰り返しましたが、これら二度とあってはならない人体実験から得られた膨大な医学的データは厳密な医学用語で記述され、組織標本など実物資料は処分されましたが、紙に記述されたものだけでも充分に、絶対に再現不可能な細菌や低温等に対する人体の強度に対するデータベースであり、BC兵器の開発者にとっては喉から手が出るほど欲しいものでした。これらを全部引き渡すことと交換に石井らの命を救ったGHQは、「悪魔」の「上前をはねる者」であり、極悪魔とも申せましょう。
 ペスト菌爆弾の中身はペスト菌に感染した大量のノミです。石井隊長は細菌の専門家であると同時にノミ飼育の専門家でもありました。開発当初、火薬の熱と圧力でノミは全滅、菌は殺菌されてしまいました。一説によれば、売春を伴う料亭で、女性がキレて投げつけた「とっくり」が粉々に割れるのを見てひらめいたとも言われていますが不確かです。石井は爆弾本体を素焼きの焼き物で作ることで問題を解決しました。少量の火薬で飛散しノミもほとんど生存。これが、石井式陶器爆弾です。
 当然にこの兵器は「消費期限」が短く、悪性のペスト菌を毎日のように培養して、更新を続けなければなりませんでした。まるで病院のように清潔な施設内に時折流れるひどい悪臭は、ペスト菌の培養に使用された肉汁入り寒天を滅菌再利用する時のもので、別の種類の悪臭は人体を焼却する独特の匂いであったという。
 「悪魔の飽食」の著作によって森村さんは命の脅迫を受けます。彼は執筆当時、すでに有名なミステリー作家でしたが、ミステリー創作の過程で殺人犯を旧陸軍細菌戦部隊の元隊員と想定して書くための調査研究を重ねている時に強い興味を持ち、この題材に正面から取り組む決意をしたようです。旧「満州国」の細菌戦部隊のことは、物書きの間では常識でしたが、確かなことは何一つ知られていませんでした。アウシュヴィッツと異なり、「マルタ」の生存者は皆無!誰一人脱出に成功していません。この犯罪に手を下した直接の当事者、つまり固く口を閉ざしてきた731部隊関係者から取材する以外に生きたノンフィクションを書く方法はなく、取材は困難をきわめたようです。
 激しい取材妨害をうけながら森村さんは、「推理作家」らしい未来予想で、普通のやり方では本に出来ないと判断しました。「どんな暴力にも屈しない」と豪語する某政党紙に連載し、とりあえず天下周知の事実にしてしまう作戦を採用したのです。長い長い連載が完結した後、某書店から同名で出版しましたが、「写真誤用事件」が発生し、絶版となりました。協力者を装った悪意ある者が731部隊の写真と偽って他の写真を持ち込み、森村がこれを巻頭に採用したというもの。森村は記者会見で自分の不明であると読者に謝罪しました。後に、更に推敲され、正確さを増した原稿は、初版の生々しさが多少薄れましたが、今も別の出版社から出版され誰でも入手できます。森村さんもすぐにミステリー作家に戻り今も健筆です。731部隊を周知の事実に広めた彼と彼を支えたスタッフの功績は、かなり大きいと私は思うのです。

 買って読んでください。これが書店に並んでいる間は日本の民主主義はまだ大丈夫です。
「悪魔の飽食 新版」 角川文庫 緑 365-65  \540