時代を駆ける

文字サイズ変更
はてなブックマークに登録
Yahoo!ブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷

時代を駆ける:富野由悠季/1 「ヤマト」意識、「ガンダム」を青春群像劇に

アニメーション監督の富野由悠季さん=東京都練馬区で2009年7月3日、手塚耕一郎撮影
アニメーション監督の富野由悠季さん=東京都練馬区で2009年7月3日、手塚耕一郎撮影

 ◇YOSHIYUKI TOMINO

 <8月、スイスのロカルノ国際映画祭で、「ガンダム」生みの親、富野由悠季さんに名誉豹(ひょう)賞が贈られた。「ロボットの表現に悲哀や劇的衝撃を持ち込み、革命を起こした」のが受賞理由。「機動戦士ガンダム」(79~80年)のテレビ放映開始から30年という記念の年の朗報だった>

 名誉豹賞を一緒に受賞したアニメ監督の高畑勲さん(74)は僕の師匠みたいな方だから、何だか据わりが悪かったですね。もう一つ感じたのは「20年遅いよ」。もっとブイブイ言わせてたころに褒めてほしかった。

 ロカルノの実行委員会は今年、「マンガ・インパクト」というタイトルで日本のアニメを特集しました。ヨーロッパの他の映画祭に先んじて、「ジャパニメーション」と呼ばれる日本のアニメを映画の主役として認める意思表明と理解しています。ディズニーとも違う日本のアニメの存在がヨーロッパで評価されていくんだと感じました。

 <「ガンダム」は、人類が宇宙にスペースコロニーという植民地を建設する時代を舞台に、コロニーが地球連邦に仕掛けた独立戦争に巻き込まれる少年少女の姿を描いた。ロボットを「モビルスーツ」という兵器として登場させるアイデアを取り入れ、日本のアニメ隆盛の源流になった>

 それまでのテレビマンガより高い年齢層を狙いましたから、中高生に受けたのは予定通りと言い切ります。予定外だったのは、一番ディープなファンが中学生の女の子だったこと。敵味方の人間関係が面白いと思ってくれた。男の子からの人気は放送が終わってからなんです。

 <一般にロボットアニメは玩具メーカーがスポンサー。巨大なロボットが活躍する、毎回新たな敵を登場させるなど制約も多い。それでも条件を満たせば自由に物語が作れる点に富野さんはひかれた>

 (雑誌の)マンガなどの原作をアニメにするのが主流の中で、オリジナルのストーリーでアニメを作り、著作権を発生させたいという欲望がありました。仕事をしながらストーリーを作る練習ができるということで、ロボットアニメの専従者になると決めたんです。映画にできるような構造のものを作ろうとしたのは自然な流れでした。

 「ガンダム」では、キャラクターの感情表現をどう演出するか考えることが、僕にとってかなりスリリングでした。映画として劇を組み立てるとはどういうことなのかと考えた。視聴率は関係ないんです。それでファンが付いてくれ、手応えを感じた。

 <キャラクターデザイン、メカデザイン、複数のシナリオライター。アニメ制作はチーム作業だ。富野さんは監督として物語を考え、チームを指揮した>

 僕のように1人でヒットさせる力のない作家でも、その一員になると能力以上のものを発揮できるというスタジオワークの力を信じました。

 <当時、アニメ映画「宇宙戦艦ヤマト」のブームが続いていた>

 「ヤマト」に対して「ミリタリー趣味へのあこがれ」という嫌悪感が僕にはあった。それで「ガンダム」を勧善懲悪にできなくなった。戦いのシーンを除けば、1本の映画になるくらいのドラマを盛り込んだつもりです。戦場や軍隊を扱っているけど、物語は右翼でも左翼でもないニュートラル。極限状況に置かれた少年たちの成長をテーマにしています。青春群像劇という狙いに反響があったことが作り手の喜びとしても大きかったですね。

==============

 聞き手・高野聡/「時代を駆ける」は月~水曜日掲載です。

==============

 ■人物略歴

 ◇とみの・よしゆき

 本名・富野喜幸。アニメーション監督、作家。金沢工業大客員教授。1941年11月5日、神奈川県小田原市生まれ。日大芸術学部卒業。64年手塚治虫さんのアニメ制作会社「虫プロダクション」に入り、「鉄腕アトム」などの演出を担当。67年退社しフリー。テレビアニメ「機動戦士ガンダム」は低視聴率のため打ち切られたが、再放送で人気を呼び、テレビ、映画、ビデオでシリーズ化。

毎日新聞 2009年11月2日 東京朝刊

PR情報

時代を駆ける アーカイブ

11月4日富野由悠季/3 「トリトン」認められ、喜び
11月3日富野由悠季/2 「アトム」演出本数、最多写真付き記事
11月2日富野由悠季/1 「ヤマト」意識、「ガンダム」を青春群像劇に写真付き記事
10月28日林家正蔵/6止 寄席の香りがする噺家に
10月27日林家正蔵/5 父を思い、もっと努力を写真付き記事
10月26日林家正蔵/4 多方面で超多忙「二つ目」時代
10月21日林家正蔵/3 父の遺言「孝行し明るく」
10月20日林家正蔵/2 志ん朝師匠を「追っかけ」
10月19日林家正蔵/1 襲名し、落語家の芯できた
10月14日アグネス・チャン/5止 一歩ずつ世界平和に励む写真付き記事
10月12日アグネス・チャン/4 「楽しい母さん」で、あり続けたい
10月7日アグネス・チャン/3 エチオピアで人生観一変写真付き記事
10月6日アグネス・チャン/2 「アイドル留学」、父の配慮写真付き記事
10月5日アグネス・チャン/1 大病2度、恩返しの人生誓う写真付き記事
9月30日杉原輝雄/6止 遼くん頼み、ちょっと寂しい写真付き記事
9月29日杉原輝雄/5 気をもんだ長男の初優勝
9月28日杉原輝雄/4 マムシに恥じぬプレーしたい写真付き記事
9月23日杉原輝雄/3 「つながっている」プロ人生
9月22日杉原輝雄/2 「見て盗む」で自己流ゴルフ
9月21日杉原輝雄/1 72歳…がんと闘い「生涯現役」貫く写真付き記事
9月16日新浪剛史/6止 「ローソンイズム」造りたい写真付き記事
9月15日新浪剛史/5 M&A、パッションで加速写真付き記事
9月14日新浪剛史/4 「おにぎり屋」で、再生への一歩写真付き記事
9月9日新浪剛史/3 「ダイエー的なもの」と決別写真付き記事
9月8日新浪剛史/2 社員食堂、厨房に入り垂範写真付き記事
9月7日新浪剛史/1 イノベーション進め、加盟店と共存共栄写真付き記事
9月2日栄和人/5止 全力で五輪全階級「金」狙う写真付き記事
9月1日栄和人/4 伊調姉妹、やるなら徹底写真付き記事
8月26日栄和人/3 臨死体験し、指導者の道に写真付き記事
8月25日栄和人/2 五輪、教え子の苦難を心配写真付き記事
8月24日栄和人/1 栄光の女子レスリング、ロンドンでも
8月19日中村修二/5止 役立つことが科学技術
8月18日中村修二/4 大手内定断り、地元企業へ写真付き記事
8月12日中村修二/3 孤独と集中で「寿命1000時間」写真付き記事
8月11日中村修二/2 社長に直談判し米国留学写真付き記事
8月10日中村修二/1 大勢の敵に2人で挑戦、青色LED訴訟写真付き記事
8月5日片山善博/6止 地方自治を「草の根」から
8月4日片山善博/5 「政治は変わる」示せた
8月3日片山善博/4 信念を持ち、意見すべき時は果断に
7月29日片山善博/3 混乱避け、改革波及させる
7月28日片山善博/2 情報公開徹底、改革の基本
7月27日片山善博/1 「情報発信」の先駆者、橋下知事に助言も写真付き記事
7月15日高橋卓志/6止 「皆の宗、臨機応変派」で写真付き記事
7月14日高橋卓志/5 社会に出向き、語り合う
7月13日高橋卓志/4 24時間山門開け、「生老病死」の寺目指す
7月8日高橋卓志/3 弱者支える「開発僧」に感銘写真付き記事
7月7日高橋卓志/2 「世襲僧侶」が目覚めた島
7月6日高橋卓志/1 「葬式仏教」に活! 命の大切さ伝えたい写真付き記事
7月1日栗原はるみ/6止 日本の家庭料理を世界に写真付き記事
6月30日栗原はるみ/5 主婦の目で「ゆとりの空間」
6月29日栗原はるみ/4 70%の暮らし「主婦十か条」で、仕事と家事
6月24日栗原はるみ/3 母に和食、夫から洋風生活写真付き記事
6月23日栗原はるみ/2 仕事の始まりにおまじない写真付き記事
6月22日栗原はるみ/1 生涯一主婦の料理エッセー、累計2000万部写真付き記事
6月17日湯浅誠/5止 活動の意義、広く伝えたい
6月16日湯浅誠/4 学者あきらめ、東大を去る
6月10日湯浅誠/3 障害者の兄との生活、原点
6月9日湯浅誠/2 貧困は自己責任ではない
6月8日湯浅誠/1 派遣村、あふれる人波「やるしかない」
6月3日松久信幸/6止 「心の料理」追求し、常に前進
6月2日松久信幸/5 デニーロに口説かれNYに
6月1日松久信幸/4 自殺を思いとどまり、ロスで再起
5月27日松久信幸/3 挫折…アラスカでは火災
5月26日松久信幸/2 23歳・すし職人、南米に雄飛
5月25日松久信幸/1 五大陸にレストラン、セレブの舌も魅了
5月20日吉田都/6止 先輩からの恩を後輩に
5月19日吉田都/5 バレエを言語に平和芸術家
5月18日吉田都/4 けいこ場での求心力、舞台での遠心力
5月13日吉田都/3 日本で基本、英国で表現力
5月12日吉田都/2 欠点を見据え克服し、自信
5月11日吉田都/1 ローザンヌの波が私を運んでくれた写真付き記事
5月6日江上剛/6止 自分を貫く人、小説で応援
5月5日江上剛/5 築地で「起死回生」に協力
 

おすすめ情報

注目ブランド