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本当の事しか言わない/本当は嘘しか言わない このページをアンテナに追加 RSSフィード

2009-07-17

ていうか怒りにも似た祈りです


普段は遠方に住む祖父母が家に遊びに来ていた。祖父は煙草のみで、祖父母の滞在中には、客間がわりに使っていた和室の机に普段は置いていない灰皿が置いてあり、その傍らにオレンジ色のパッケージの煙草とライターがあった。兄はライターに興味をもったようで、祖父に借りてはカチカチと火をつけたり消したりしていた。


その日は、両親と祖父母が揃って外出をして、兄と私とで留守番をしていた。せいぜい数時間かそこらの短い留守番だったと思う。兄は納戸から持ってきた古新聞を手にして、「ちょっとライターで遊んでみようよ」と私に言って和室に入った。そして、灰皿の上に、丸めた新聞紙を置いて、ライターで慎重に火をつけた。


火は初めはゆっくりと新聞紙の端の方を燃やしていたが、徐々に勢いが強くなっていった。今から振り返ると、そのまま燃え尽きるのを待てばよかっただけの話なのだろうが、予想以上に燃え上がったことに驚いた兄は、咄嗟に灰皿を手に取って縁側の方に放り投げた。


縁側から落ちた灰皿は粉々に割れてしまったが、火はしばらくすると消えた。その様子を呆気にとられて見ていたわたしだったが、しばらくすると大声を上げて泣き始めていた。燃え上がる火に対する恐怖か、それが無事に消えてくれた安心感か、よくは覚えていない。


兄は「大丈夫、大丈夫」と言って泣き止ませようとしたが、わたしがなかなか泣き止まないのを見ると、「○○ちゃん、いいものあげるから、ちょっとこっちおいで」と私をダイニングに連れていった。椅子を水屋の前に移動させて、その椅子にのぼって水屋の上の棚を開けた兄は、ごそごそと飴玉を取り出してきた。そして、「お兄ちゃんがひとつで、○○ちゃんには2つあげるからね」と言って飴玉をくれた。母がおやつにくれるときはいつもその逆だった。飴玉を口に放り込むと、すぐに私は泣き止んだ。


その頃は私が泣くと兄が飴を出してくれていたが、そのうち飴が欲しいときに私が泣くようになっていた。どちらにしても兄は椅子にのって水屋の上の棚から飴を出してくれた。母は、兄があの棚から飴を取り出していることに気付いていなかったのか、それとも兄があの棚から飴を取り出せることを知っていてそれであそこに置いておいたのだろうか。大人になってから母にそのことを確認しようと思いながら、会うたびにそのことを忘れてしまう。


大量の未確認事項が積み重なったのが「わたし」で、わたしは「わたし」の不確かさに苛立ち、ただただ祈る。その怒りにも似た祈りが「わたし」の不確かさに由来する不安を和らげるのか、祈るから不安になるのか。