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2006年 08月 12日
an Ugly Admiral Yamamoto 最近、「山本五十六は生きていた」(第一出版社)という本を読んだ。この本の著者は、ヤコブ・モルガンという「米国の作家」で、翻訳が忍野昭太郎という人になっている。しかし、実際のところ、これは日本人が書いた本だと思う。作者も訳者も実際には同一の日本人であろうと思う。ヤーコブ・シフとJPモルガンとを組み合わせた変名だろう。 海外の著者で、日本の歴史物を書いた人は、『ヤマト・ダイナスティ』や『ゴールド・ウォリアーズ』という明治・大正・昭和史を題材にした日本の皇室の内幕ものをを書いたスタンレー・シーグレイブなどいないわけではないが、この本はどうもそういうモノとは違って、日本人が書いたものを翻訳書として出しているだけだと思う。今度、この種の本の出版を手がけてきた人に会うことになっているので、裏話を聞いてみようと思う。 <海軍トリオが日本をわざと敗北に導いた> この本は、そのように「どこの馬の骨が書いたのか判らない」という点で大きなマイナス面を持っているが、内容は非常に興味深いモノであった。 一言でこの本の主張を要約すると 太平洋戦争は、日本国内にいた、海軍の山本五十六、米内光政、井上成美、陸軍参謀の辻政信、瀬島龍三、服部卓四郎らが戦後の日本をアメリカの属国にするために、わざと拙劣な戦い方をした戦争であった」 ということである。 山本五十六が「米英の手先」ではなかったか、という議論は昔からあった。戦時中からあったのである。 その根拠として、戦後、フリーメーソンに買収された海軍の士官の高級倶楽部「水交社(すいこうしゃ)」の建物に山本や米内、さらには英米の士官たちも頻繁に出入りしていた事実が挙げられる。米内内閣の組閣も対米開戦の真珠湾作戦の採用もこの倶楽部で決定されたと言われている。 === 水 交 社 (現在は、東京都港区麻布台2-4-5 メソニック39森ビル) 明治9年3月21日創立された、海軍部内の修養・親睦団体。 名称は、荘子・山木編 君子之交淡若水--君子の交わりは淡くして水のごとく--に由来する。 士官のみならず、候補生、高等文官を含む点が偕行社とは異なり、総裁には皇族を戴き、水交社長には海軍大臣が就任した。大東亜戦争終結とともに消滅したが、昭和27年9月 旧社員を中心に財団法人水交会として再建された。 平成10年現在 会員数は約6000名。 === この『山本五十六は生きていた』では、本書の後半部を使ってそのような戦前に行われた謀略の視点ではなく、実際の太平洋戦争中の戦術の個別的問題を取りあげて「日本がどのようにして太平洋戦争にわざと敗北したのか」を説明する。 「日本軍がアメリカをわざと勝たせたのではないか」という疑問を抱かせるのは、日本の連合艦隊がアメリカ海軍を撃滅するチャンスを何度もみすみす逃しているからである。真珠湾攻撃でも、山口多聞少将が「第3次攻撃隊」を出すように強く主張したにも拘わらず、上官の山本五十六、南雲忠一のような司令長官クラスの人物達がその提案を受け入れなかった。ハワイの空軍基地に対する徹底的な攻撃をおこなわかったことで、結果としてアメリカの後の戦局に有利に働いたのである。 その他、井上成美第4艦隊司令長官が、昭和17年5月の珊瑚海会戦で、米空母「ヨークタウン」を撃沈することなく攻撃を中止させた件、あるいは、「海軍乙事件」として知られるものがある。 海軍乙事件とは、山本五十六が将兵視察の際にブーゲンビル上空で米航空隊によって撃墜された事件を「海軍甲事件」というが、これに続く、連合艦隊司令長官戦死事件という意味だろう。 山本五十六亡き後の連合艦隊司令長官・古賀峯一らが載った航空隊がフィリピンのダバオに向かう途中に消息を絶ち、不時着した際に、古賀に同道していた、福留繁中将が抱えていた、のちの「マリアナ沖海戦」「レイテ海戦」の原案となる作戦資料が現地の原住民によって奪われた後、なぜか米軍に手に渡った。福留中将は「セブの水交社」に到着したという。そして、この文書のコピーはどうもアメリカの公文書館に保存されているらしい。(公文書の話は『帝国海軍が日本を滅亡させた』佐藤晃著の記述による) そして、最後にレイテ海戦における、栗田艦隊の「転進」事件がある。この事件は、栗田健男中将がフィリピンのレイテ湾に逃げ込んだ米艦隊を深追いせずに追撃をやめたとされる事件である。 このいずれもその後の米軍の戦闘に有利に働いており、立役者となるのが、山本五十六以下海軍の「条約派」(親英米派)と言われた人物とそれに共鳴していたひとたちである。 そして、山本五十六や米内光政は、日独伊三国同盟に反対し、日米開戦にも徹底した反対者であり、彼らは水交社での日米海軍サークルを作り上げていた。(リンク先は、米内内閣組閣当時のNYT記事。a wide acquaintance in American navy circleが米内の組閣拝命の背景にあったという推測がされている) となれば、彼らは自らの合理的選択としてどのように行動するだろうか。 「日米開戦をなんとしてでも防ぎたい」 (ただしそうだからといって彼らが戦後民主主義的な意味での絶対平和主義者ではない) しかし、どうも、アメリカのルーズベルト大統領は日米開戦を決意したという情報が伝わってきており、日本の陸軍も「それをやむなし」と考えているらしい、と彼らに伝わってきたらどうするか。 山本は「2,3年は暴れ回って見せます」と言っていたらしい。しかし、実際には暴れ回るというよりは無惨に負けて見せたという動き方をしている。 私は、こう考える。 米内・山本はこう考えただろう。 「自分たちは徹底した親英米派であるがゆえに、日本とアメリカを闘わせてアメリカを負けさせるわけにはいかない」→早期講和に出来れば持ち込み、米英と関係を改善したい これが小室直樹先生の言う山本五十六の「必敗の信念」の正体である。 <皇族そもそもは秩父宮殿下を除けば徹底した親英米派で波風を立てたくはなかった> また、仮に三国同盟をうまく機能させて、独伊と連携し、開戦当初に真珠湾ではなく英国を叩き、印度方面に進軍させることは、太平洋を守る彼ら「海軍サークル」の権力の低下にも繋がる。終始、親英米派であった、皇室内の重臣達の意向にも反する。 三国同盟を推進した陸軍がドイツ・イタリアと繋がっているなら、海軍はアメリカ・英国と繋がっていた。陸パワーと海パワーとの勢力が日本国内で分裂していたのである。 しかも、そもそも昭和天皇や皇室の重臣たちは、あくまで親英米派であった。これは、昭和天皇の母上である貞明皇后がグルー駐日大使夫人との交流をしていたこと、昭和天皇の兄弟の秩父宮妃の父親が駐英大使の経験もある松平恒雄の娘であり、秩父宮勢津子さまと秩父宮の恋のキューピッドになったのが親英米派の大物であった、牧野伸顕だった事実などからも判るのである。 昭和天皇が、2/26事件を起こした、天皇崇敬の思想を持つ、「皇道派」の真崎甚三郎らの青年将校を嫌っていたことは非常によく知られている事実である。そもそも皇室は親英米派なのであり、アメリカ・英国と巧くやっていくことで皇室の存在を長らえさせ、ひいては日本という国の国際社会でのポジションを確保しようという戦略だったはずである。幣原喜重郎などの幣原外交や現在の外交評論家の岡崎久彦氏の主張も突き詰めればそういうことである。昭和天皇は実質的には皇室内の重臣たちのマリオネットだったのであり、昭和天皇の意志ということで重臣達が行動していたということでもある。 その元老の意図をくみ取った米内・山本たちは戦争になるやいなや「わざと負ける戦略」を取ったのである。わざと負ける戦略には戦後を見据えた彼らなりの青写真があったのだ。 山本の上官であった米内光政は戦時中は、山本五十六の国葬や、重臣会議に参加して、戦況についての情報を交換する他は、静かに“なり”を潜めていた。 そして、米内光政は、戦後、マッカーサーの副官であったフェラーズ准将と内通して、戦争責任を東条英機らに押しつける裏工作を行った。米内の親英米派としての「大仕事」はここまでであり、彼は1959年に死ぬ。(井上成美はその後も長く生きた)(『米内光政の手紙』など) 戦争が終わって暫く、帝国海軍は消えたことになっているが、人脈的には生き残り、やがて海上自衛隊として生まれ変わる。米内・山本の理想としての「新しい日本海軍」が誕生した、ということなのだろう。戦時中に生まれたいわゆる「海軍・京都学派」の思想もここに投射されているはずである。(戦後の京都学派は親米路線になった) ただ、戦後になった段階で私は吉田茂がマッカーサーを騙し、ダレスを騙した上で、「大きな裏切り」を行ったのではないかと思う。それが憲法九条を盾にした、アメリカの戦争協力に対する拒否だったのだろうと思う。吉田はアメリカよりもイギリス派だった。ロックフェラーよりもモルガン派だった。だから、アメリカの属国になって、アメリカに嫌がらせをしたのだろう。 だから、親英米派の方が、本当のところは本質を見抜いていたのである。陸軍統制派は日本国内を支配することしか考えておらず、皇道派は「天皇崇敬」というフィクションに騙されてしまって、「2/26事件」以降、撃滅されてしまった。青年将校に同情することと、その思想を現実のものとするために決起することは全く違う話である。やはり、日本は戦争を防ぐには、対米協調外交でいくしかなかった。 ただ、ここで吉田の大どんでん返しがあった。日本は、憲法9条を受け入れて「日本は戦争ができない親英米国家」になった。戦後の繁栄はこの吉田ドクトリンで保障されたのだ。このあたりの話は岩波文化人には判らないだろう。 朝鮮・ベトナム戦争など、他人の戦争に基づいた戦争景気で産業を発展させたのが日本の戦後である。非常にしたたかな戦略なのである。英国駐在が長かった吉田茂には、「第一次世界大戦のときの大戦景気」の記憶があったのかもしれない。むろん、「戦争ができない親英米国家路線」は昭和天皇の承諾に基づいて行われていただろう。 私は今のところそう考える。 しかし、山本・井上の「わざと負ける」戦略は必然的に多くの日本の罪もない軍人の命を奪った。二人にしてみれば、「それが日本が親英米という正しい道に日本人を目覚めるためのコストである」という考えなのかも知れないが、このコストを正当化することは到底出来ない。親英米派、陸軍統制派、皇道派のコップの中の嵐に日本人の大多数が振り回されていたのであるから。そう考えて、あの映画「男たちのYAMATO」のDVDを観た。溜まらなく複雑な気持ちになった。 大東亜戦争のあとに行われた東京裁判で裁かれた戦犯に責任が全然無かったとは言えないし、あの裁判と判決を戦後の政府が受け入れた以上は、日本は外交的にはあの裁判を認めるしかない。しかし、あの裁判の途中で、米内のような人物は一人として「戦犯」に入っていない。不思議だとは思わないか?米内は既に述べたように「東条を差し出す」ことで戦犯訴追を逃れたと見られるし、井上成美は戦後長く生き残り、真珠湾作戦に関わった源田実は参議院議員になっている。そして、象徴的な問題として「天王の戦争責任」がアメリカの手によって封印されてしまった。 東京裁判では、「太平洋戦争でアメリカを勝たせた戦争責任者」を裁いていない。だから、あの裁判は勝者の裁きであると同時に、「日本側の内通者を守るために行われた茶番裁判」である。東条以下十数人のA級戦犯の処刑の裏には、日米の重要人物の共謀があったのである。 そして、戦後ノンフィクション伝記作家として名を馳せた阿川弘之が、大東亜戦争における海軍の役割で、日米エスタブリッシュメントが共謀したストーリーに沿って、米内・山本・井上の伝記文学を書き上げた。阿川はロックフェラー財団の資金でアメリカ留学を行った結果、洗脳されていたのであろう。息子の尚之も忠実に「親英米派」であり続けている。 いずれにしても、あの戦争を正しく評価するのは至難の業であり、タブーがまだまだ多く存在するといわざるを得ない。あの戦争の「敗戦」工作に関わった瀬島龍三がまだ生きている段階では、どのような真実も表には出てこないのかもしれない。この私の小論も陰謀論扱いされるのがオチだろう。 しかし、今後、日本が外交政策で道を誤らないためにも、大日本帝国の戦争指導者の中で「アメリカが見えていた人」「見えていなかった人」の間で明暗が分かれたということは研究されなければならない。田中角栄がアメリカの謀略で潰されて日本の政治家がそれを「見て見ぬふり」をしたこと、と、「米内と東条の明暗の問題」は大きくリンクしている。 突き詰めれば、それは日本が満州経営でアメリカのモルガン財閥と協同できなかったのかという問題にまで遡るのである。日米の悲劇はここに始まったのである。 初めて書き込みます。 ミステリーなのですが、山本五十六氏は、 エネルギーに関する深い造詣から優秀さを認められ スタンダード石油に破格のオファーを受けたほどの人物 けれども真珠湾攻撃では、石油備蓄設備、油槽関連施設には 一発の爆弾も落とさなかったのは何とも不思議ですよね。 山本さんへ 五十六がスタンダード石油からのオファーの件について不覚ながら初耳です。詳しく教えて下さい。過失と故意の区別でどうしても過失を取ってしまう。日本軍が日本軍を負けさせるはずがないというのがふつうの考え方ですが、私はあえて故意説を提唱してみました。 真珠湾攻撃でも、山口多聞少将が「第3次攻撃隊」を出すように強く主張したにも拘わらず、上官の山本五十六、南雲忠一のような司令長官クラスの人物達がその提案を受け入れなかった。ハワイの空軍基地に対する徹底的な攻撃をおこなわかったことで、結果としてアメリカの後の戦局に有利に働いたのである。 ということですが 1喝たぬき いうブログでは 南雲中将の臆病さによって負けたと書いています。 どちらが正しいのでしょうか。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 ストーリーとしては次のような物です 山本五十六氏の留学は、単に語学留学としている説も有りますが、ハーバードでは、地質学、鉱山学を学んでおり、その成績は大変優秀で、テキサスやメキシコ湾岸の油田を視察に行って更に勉強したときに人脈を築き、オファーが来たという事です。 情報元は、、色々ひっくり返して暫らく調べていたのですが、どうしても見つけ出せませんでした。スミマセンでした。 ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。 グルーについては評価が難しいですが、おおむねあなたの意見に同感です。鳥居氏の本は買っておりましたが読んでおりませんでした。なるほど読んでみます。しかし、あれですね、視点をどこに置くかで人物の評価なんてのは一気に変わってしまうものですね。 ようやく引用元の「日本軍の中枢が米国派(ユダヤ・フリーメーソン)だった太平洋戦争」を読み終えました。簡単に言えば、if戦記の通りにすれば勝てたのにそうしなかったのは陰謀によるものだ、と言う主張であまりに雑な論拠でした。そもそも日本の戦備自体が決戦主義だったのが、太平洋戦争の形態が持久戦となってしまっており、作戦の結果程度が勝敗を変えたとは思えません。また、海軍省は日本政府の省であり、政府の方針に反して軍縮条約反対は出来ないですよね。そこを統帥権を持ち出したのが艦隊派な訳ですが。なんともお粗末な論拠でがっかりしました。
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