戦犯に関する国会決議

 

 

「戦犯在所者の釈放等に関する決議」=1952(昭和27年)年6月9日(月曜日) 第13回国会参議院本会議 第49号

「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」=1952(昭和27)年12月9日(火曜日)第15回国会 衆議院本会議 第11号

「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」=1953(昭和28)年8月3日(月曜日) 第16回国会 衆議院本会議  第35号

「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」=1955(昭和30)年7月19日(火曜日) 第22回国会衆議院本会議 第43号

 

 

「戦犯在所者の釈放等に関する決議」=1952(昭和27年)年6月9日(月曜日) 第13回国会参議院本会議 第49号

 

 

戰犯在所者の釈放等に関する決議

 

講和が成立し独立を候復したこの時に当り、政府は、

1.死刑の言渡を受けて比国に拘禁されている者の助命

2.比国及び濠洲において拘禁されている者の速やかな内地帰還

3.巣鴨プリズンに拘禁されている者の妥当にして寛大なる措置の速やかな促進のため、関係諸国に対し平和條約所定の勧告を為し、或いはその諒解を求め、もつて、これが実現を図るべきである。

  右決議する。

 

 

○岡部常君 趣旨の説明をいたします。

 

先般平和條約が効力を発するに当り、政府は、この国家的慶祝を一般受刑者に及ぼし、広い範囲に亘つて恩赦を行なつたことは、誠に機宜を得た措置でありました。そのとき、いわゆる戦犯受刑者として巣鴨プリズンに拘禁されていた者9百余人ありまして、その他、比島モンテンルパに111人及び濠洲マヌス島に206人拘禁されておる者があります。これらの人々は、この千載一遇とも言うべきこの時に当つて、或いは内地送還を、或いは釈放を期待し、これを布つたのであります。然るに講和成立後月余に及ぶも、なお、これらの人々に対しては何らの措置もとられず、暗澹たる悲しみに沈んでおるのであります。而も恩赦の問題として考えまするときは、いわゆる戦犯も一般犯罪と実質的には何ら異なるところなく、ただ関係各国との関係において一種の制約を受ける点が異なるに過ぎないのであります。されば、この際、時期を失わずに、能う限り恩赦と同様の措置を講ずべきであると思うのであります。而もこれらの人々の拘禁の状態を観察いたしまするに、よく法規を遵守し、謹愼の実を示し、現在に至るまで殆んど反則というべきものもありません。まさにこの種拘禁施設においては世界にも曽つてその類例を見ぬ稀有の好成績を示しておることは、あまねく周知の事実であります。釈放された者も又今や民主国家日本の健全なる一員としてまじめに生活し、一人として事故を起した者もない現状であります。他方その家族は、一家の支柱を奪われ、国家の庇護もなく、経済的に極めて困窮しておるのみならず、子女の教育その他家庭生活の上に重大なる影響をこうむり、仔細にその実情を見るときには、殆んどその全部が非常に悲惨なる状態にあることがわかるのであります。かような次第で、これら被拘禁者の心情を思い、家族縁者の念願を察するとき、これらの人々に対する助命、帰還、赦免、減刑等の一日も速かならんことを祈るの情のおのずから切なるものがありまするが、それは今日においては全国民一致の願望となつておるというも過言ではないと思います。

 

今や戦争は完全に終結したのでありまして、当事国はここに憎悪の心を去つて友好の関係を回復すべきときであります。さればこそ、今日までの戦争の歴史においては、いわゆる講和による大赦が行われ、一般犯罪は別としましても、戦争による犯罪の処罰を続けることがなかつたのであります。殊に況んや今般の平和條約は和解と信頼とを基調として結ばれましたのでありまして、戦争の悪夢をことごとく洗い去つて、まさに美しき新世界となさんとすることは、必ずや全世界人類共通の念願と言わなければなりません、(「美辞麗句だ」と呼ぶ者あり)ここに今耳よりなことは、日華平和條約の発効と共に、中国関係の軍事裁判により刑の言渡しを受けた者の取扱が全面的に日本側に任されることの了解が成立し、不日釈放せられるやに灰関することは、極めて喜ぶべきことで、切にその実現を祈る次第であります。(拍手)中国関係91人の人々が近く何らかの喜びに接し得るとしても、爾余の者は依然としてこの恩典に浴せず、なお囹圄の苦しみを続けなければならないのでありますが、まして比島、濠洲等の外地にある人々は、家族にも会えず、いにしえの遠島にも類する悲惨な状態にあるのであります。今や中和條約の発効を契機として、関係国との友好関係は急速に進展しつつあります。国際情勢の展開に応じ、全国民の願望に応え、いわゆる戦犯処刑に対し終止符を打つことは、もはや世界の勢いとなつておるわけで、巣鴨プリズンにある者については、平和條約所定の手続により、赦免、減刑、仮釈放をなし、外地にある人々については外交交渉により助命及び内地送還を図ることが刻下の急務であると存ずるのであります。
 

以上を以て決議案の趣旨説明といたしますが、満場の御賛成を得たいと存じます。(拍手)

 

○議長(佐藤尚武君) 本決議案に対し討論の通告がございます。順次発言を許します。岩間正男君。

 

〔岩間正男君登壇、拍手〕

○岩間正男君 日本共産党はこの決議案に対しまして遺憾ながら反対せざるを得ないのであります。(「何だ日本人か、それでも」「お前こそ日本人か」と呼ぶ者あり)

 

若しも日本が徹底的に民主化され、そうして平和を飽くまでも推進し、平和を推進するための世界の大きな力として、ポツダム宣言の線によつて日本がその政策を推し進めておる態勢の中でありますならば、我々もこの釈放に対しましては進んでこれに賛成し、飽くまでその努力をいたしたいと思うのであります。ところが現実はどうかと言いますと、全くこれは、当初、敗戦後日本が掲げましたところのこのような悲願にも似た希望に対しまして、全然反対の方向に動いておるのではないか。現に日本の現状を見れば、ここで多く論ずる必要もないほど、すでに日本はアメリカの防共基地として、いや基地としてというよりも、日本自身がすでにそのようなアメリカの戦争の手先として全面的に編成され、あらゆる軍需生産は復活されようとしており、国内の至る所に軍事基地が設けられ、更に警察予備隊の名をかりましたところの再軍備は着んと推し進められ、これが現在の態勢から更に18乃至は30万、而もこういうような計画も、最近におきましては警察予備隊の募集がなかなか思うように行かない。当然ここに起るのは徴兵の問題、強制徴兵のような形が次の当然の課題として上せられるような立場に行つておるのであります。

 

経済休制を見ましても、あらゆる面から考えまして、まさに日本が敗戦後当初企図したところの意図というものは、完全に、現在の二つの講和或いは行政協定を受諾した態勢の中では、刻々軍国的な画編成の方向に動いておる。こういう中にありまして、戦犯の釈放というものがどういうことになるか。これは明らかにこういう態勢の中に利用される。(「ノーノー「そうだ」と呼ぶ者あり)こういう形を持つておるのであります。而も現在囹圄にありまして苦しんでおるところのこれらの同胞に対して手を伸べるというような、これは非常に必要なことではあるでありましようけれども、これがどういうふうに利用されるかと申しますと、今申しましたところの日本再軍備化に利用される方向にこれは迫られるのであります。こういうことというものは我々としては許すことができない。

 

こういうような愼重な問題でありまして、又国際的にも多くの影響を持つ問題であります。現在の日本のこの再軍備体制に対しましては、東亜の諸国はこれに対して期せずして反対しておる。而もこの第2次大戦によりまして最も大きな犠牲を受けましたところの隣国の中国におきましては、この戦争を通じましてその損害は約1千万である。而も多くの財産が失われ、国内は長い間の戦争によるところの惨禍にさらされて来たのであります。従いまして、こういう人たちとの全面的な協力、外交方面から言いますならば、これらの今までの戦争参加国、これと全面的に国交を回復して友好を結び、そうして飽くまで平和を推進する、こういう態勢の中においてこのような問題が初あて十全に取扱われ、(「その通り」と呼ぶ者あり)而もその効果を発揮することができると思うのであります。

ところが、先ほど申しましたような、まるでこれと反対のような態勢をとつておる中において、この戦犯だけの釈放について、末梢的な、お涙頂戴式の、或いは選挙対策的のこういう政策が行われたとしても、これは根本的に問題を解決することにはならない。(「ソ連に行つてやれ」と呼ぶ者あり)我々は、先ほども申しましたように、これら囹圄にある人に対しまして、飽くまで国内の態勢を十全に、ポツダム宣言の指向する方面に、或いは日本の平和を守り民族の独立を守る方面に編成して行つて、その中に入つて頂いて、この中で十分な協力を願うというのが、我々の大きな政策でなければならない。このような、つまみ食い的なやり方を以て問題のありかをはぐらかし、問題の真実に触れないで、表面的な欺瞞的なやり方によつて問題の解決をするということは、我々は考えられないのであります。

 

(「その通り」と呼ぶ者あり)そのような欺瞞的な方式に対しまして、(「欺瞞政策は共産党じやないか」と呼ぶ者あり)我々は根本的な立場を十分考えるのが、政治の方向であり、外交である。こういうことから考えまして、残念ながら反対せざるを得ないのであります。而もこの手続を見ますというと、これは一部の間でいつの間にか推し進められまして、突如として今日ここにかけられておる。こういうやり方をやつておる。議運なんかにも十分諮られていない。そうして抜打ち的にこういうようなことがやられておる。こういうようなことは、私は問題の性質上非常に重要であり而も国際的に影響するところが多い点を考えますときに、こういうやり方を今後国会がとることは、私は国会の自殺的行為だと思うのであります。我々はこの決議案に対して遺憾ながら反対せざるを得ないのであります。(拍手、「日本の国家では通用しないぞ」と呼ぶ者あり)

 

○議長(佐藤尚武君)これより本決議案の採決をいたします。本決議案に賛成の諸君の起立を求めます。

 

 (賛成者起立〕

 

○議長(佐藤尚武君) 過半数と認めます。よつて本決議案は可決せられました。(拍手)

 

国務大臣(木村篤太郎君) 只今御可決になりました決議案に対して政府の所信を申述べたいと思います。

 

 現在戦争犯罪に問われまして内地に服役されておるかたが924名、外地で服役されておるかたが3百数十名であるのであります。これらの人々は、長きは十数年、短かいものでも5年以上家郷を離れ、戦時中軍人又は軍属として公務に盡されたのでありまするが、不幸にして戦争犯罪に問われまして、その心中を察しまするときに、誠に同情を禁じ得ないものがあるのであります。殊に、長い間一家の支柱とも言うべき人が不在であつたため、精神的にも経済的にも多大の苦痛を受けておられるこれらのかたがたの家族のことを思いますると、全く涙なきを得ないのであります。外地にある戦犯者の内地送還及び助命につきましては、専ら関係国の決するところでありまするので、政府は、外交折衝によりまして関係国の好意ある措置が実現せられ江まするよう、今後も極力努力を拂う所存であります。

 

又中和條約の発効によりまして、これら内地にある人々の赦免、減刑及び仮出所の道が開かれたのでありまするが、これらの措置は、日本側が勧告し、関係国がこれに同意の旨を決定して行うことができることとなつております。政府におきましては、先般国会の御審議を経ましたこれらの勧告の手続に関する法律を中和発効の日に公布施行いたしまして、直ちに関係国に対し、この勧告の方式に同意を求むるよう申入れをいたしておる次第であります。同時に、勧告の際、相手国をして速かに同意せしめるよう、これらの人々に関し、酌量すべき諸般の事情を収集するために目下調査を開始いたしまして、今日までに仮出所に関する2百数十名の調査がほぼ完了いたしております。今後、赦免、減刑に関する調査を続々と進める所存であります。政府におきましては、今日まであらゆる機会をとらえまして、公式或いは非公式に関係国の好意ある取扱を得べく努力を拂つて参りましたが、今後もこの努力を続けて参りまして、仮出所は勿論のこと、赦免又は減刑につきましても調査の上、正式に勧告を行いまして、この不幸な事態を一日も早く解消せしめまして、今日御可決になりましたこの決議に対して全くこれに応ずる覚悟である次第であります。

 

 

「戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議」=1952(昭和27)年12月9日(火曜日)第15回国会 衆議院本会議 第11号

 

 

戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議

 

  独立後すでに半歳、しかも戦争による受刑者として内外に拘禁中の者はなお相当の数に上り、国民の感情に堪え難いものがあり、国際友好の上より遺憾とするところである。

 

よつて衆議院は、国民の期待に副い家族縁者の悲願を察し、フイリツピンにおいて死刑の宣告を受けた者の助命、同国及びオーストラリア等海外において拘禁中の者の内地送還について関係国の諒解を得るとともに、内地において拘禁中の者の赦免、減刑及び仮出獄の実施を促進するため、まずB級及びC級の戦争犯罪による受刑者に関し政府の適切且つ急速な措置を要望する。

右決議する。

 

 

○田子一民君 自由党、改進党、両社会党、無所属倶楽部の共同提案にかかる戦争犯罪による受刑者の釈放等に関する決議案、右につきまして提案の趣旨弁明をいたしたいと存じます。

 

わが国は、平和条約の締結によつて独立国となつて、すでに半歳以上をけみしておるのであります。国民の大多数は、独立の喜びの中に、新生日本の再建に努力しております。この際、このとき、この喜びをともにわかつことができず、戦争犯罪者として、あるいは内地に、あるいは外地に、プリズンに、また拘置所に、希望なく日を送つておりますることは、ひとり国民感情において忍び得ざるのみならず、またさらに国際友好上きわめて遺憾に存ずるところであります。(拍手)もとより、講和発効後、関係国の理解により、中国関係戦犯者 91名の釈放、米国関係11名の仮出所、また近くは、インド、中国におきましては、戦犯者のある部分につき釈放に同意したとのことでありまして、ここに諸君とともに、これらの国に対しましては感謝の意を表するものであります。さりながら、ひるがえつて他面を見ますれば、今もつて海外におきましては、死刑の宣告を受けておりまする者59名を含む308名、これに内地在所者を加えますれば、1130名になんなんとする多数の人々は、いまなお獄窓に坤吟しつつあるのであります。実に私どもの黙視し得ざる点でございます。

 

そもそも戦犯による受刑者と申しまするものは、旧時代における戦争によつて生じた犠牲者なのであります。これらの人々は、和解と信頼による平和条約の発効の後におきましては当然赦免せらるべきことを期待し、あきらめの態度を定め、従順かつまじめに服役を続けて来ておるのであります。しかるに、条約発効後すでに半歳以上をけみしましても、荏苒期待に反して、そのことなきことは、私どもの遺憾禁じ得ざるところであり、関係者の失望と焦燥とは察するに余りある次第でございます。いわんや、その家族、縁者の物心両界にわたる苦痛は惨たるものあり、生活の窮乏者さえ多いのであります。これらの人々は、戦後七年間はもとより、また戦時中より通算しますれば実に十数年の長きにわたつて家庭の支柱を奪われ、しかも今日までよく耐え、よく忍んで来ましたゆえんのものは、一に講和条約が発効をしたならばとの期待を持つたためなのであります。しかるに、事期待に反し、その落胆、焦心は同情にたえざるところであります。さらに一般国民は、戦争の犠牲を戦犯者と称せらるる人々のみに負わすべきでなく、一般国民もともにその責めに任ずべきものであるとなし、戦犯者の助命、帰還、釈放の嘆願署名運動を街頭に展開いたしましたことは、これ国民感情の現われと見るべきものでございます。

 

およそ戦争犯罪の処罰につきましては、極東国際軍事裁判所インド代表パール判事によりまして有力な反対がなされ、また東京裁判の弁護人全員の名におきましてマツカーサー元帥に対し提出いたしました覚書を見ますれば、裁判は不公正である、その裁判は証拠に基かない、有罪は容疑の余地があるという以上には立証されなかつたとあります。東京裁判の判定は、現在あるがままでありましたならば、何らの善も生まず、かえつて悪に悪を重ねるだけであると結論づけておりますことは、諸君のすでに御承知の通りであります。また外地における裁判について申し上げましても、裁判手続において十分な弁護権を行使し得なかつた関係もあり、また戦争当初と事件審判との間には幾多の時を費しまして、あるいは人違い、あるいは本人の全然関知しなかつた事件もあると聞いておるのであります。

 

英国のハンキー卿は、その著書において、この釈放につき一言触れておりますが、その中に、英米両国は大赦の日を協定し、一切の戦争犯罪者を赦免すべきである、かくして戦争裁判の失敗は永久にぬぐい去られるとき、ここに初めて平和に向つての決定的な一歩となるであろうと申しておるのであります。かかる意見は、今日における世界の良識であると申しても過言ではないと存じます。(拍手)

 

かくして、戦争犯罪者の釈放は、ひとり全国民大多数の要望であるばかりでなく、世界の良識の命ずるところであると存じます。もしそれ事態がいたずらに現状のままに推移いたしましたならば、処罰の実質は戦勝者の戦敗者に対する憎悪と復讐の念を満足する以外の何ものでもないとの非難を免れがたいのではないかと深く憂うるものであります。(拍手)

 

今や、わが国は、世界平和確立に鋭意努力しております。政府は、関係諸国に対し、まずB級及びC級を手始めとして、一日も早く全部の赦免、減刑、仮出獄の処置に出るよう、迅速にして適切な方途を講じ、一は国民感情の満足を求め、家族縁者の悲願にこたえ、一は国際友好の上に遺憾なからしめるよう、強く要望してやみません。

 

はなはだ言葉足らず、意を尽しませんが、これ本案を提出するゆえんでございます。何とぞ満堂の諸君の御賛成を仰ぎたいと存じます。

 

(略)

 

○議長(大野伴睦君) 採決いたします。本案に賛成の諸君の起立を求めます。

    〔賛成者起立〕

○議長(大野伴睦君) 起立多数。よつて本案は可決いたしました。

 

○国務大臣(犬養健君) ただいま成立いたしました決議に対して敬意を表し、この際政府の所信を申し上げたいと存じます。

 

先刻提案者が示されました通り、戦争犯罪に問われて現在巣鴨刑務所に服役中の者は、A級12名も含めて810名に上つております。また国外において服役中の者は、オーストラリアのマヌス島に199名、フイリピンのモンテンルパに109名、計308名でありますが、これらの人々は、すでに長い年月の間幽閉の生活を続け、その家族の生計もまことに悲惨な状況にありまして、物心両面の痛手は真に想像に余りあるものがあるのでございます。政府におきましても、これら戦犯者本人の心中はもとより、この家族の悲しみに思いをいたしまして、御同様まことに深き同情を禁じ得ないのでございます。御承知のごとく、外地にあります戦犯者の内地送還につきましては、独立後現在までに、マヌス島より7名、モンテンルパより2名、合計9名の送還を見たのでありまして、いまだ少数ではありますが、この関係国の処置に対して感謝の意を表しますとともに、さらに一日も早く残りの全部について好意ある処置がとられるよう切望いたし、政府といたしましても、その実現のためにあらゆる努力を現在払つて参つているのでございます。

 

 次に、巣鴨刑務所にあります戦犯者の釈放につきましては、この赦免、減刑及び仮出所の勧告を行うように鋭意努力いたしまして、現在仮出所適格者の大部分について仮出所の勧告を終了いたしまして、各国の同意決定を待望している次第であります。これに対して、アメリカにおきましては、先般、戦犯釈放委員会というものが設置せられまして、その検討の結果、今日までに計19名の仮出所の同意が得られたのであります。しかるに、米国以外の英・仏・濠よりはいまだ何らの回答にも接しておらないのでありますが、米国におけるこの動きは、必ずや他の関係国にもよい影響を与えるものと確信いたしつつ、今後とも関係国の好意と理解の獲得につき全力をあげて折衝いたしたいと存じております。(拍手)

 

なお、かような個別的な勧告と並行いたしまして、政府は関係各国に対し全面赦免の勧告を行つているのであります。(拍手)すなわち、本年7月14日に、フランス国の革命記念日を期しまして、フランス国関係の戦犯者につき全面赦免を勧告し、さらに8月上旬には、その他の関係国に対してB、C級座員の全面赦免を勧告いたしました。さらに、今般行われた立太子式の国家的慶事に際しまして、A級をも含めた全戦犯者の全面赦免を再勧告いたしたのでございます。(拍手)しかして、この全面赦免の勧告に対しましては、本年の11月15日にインド国政府より、また12月3日には中華民国国民政府より、A級戦犯の釈放につきそれぞれ賛成なる旨の通知を受けたのでありまして、ここに両国政府の好意に対して深甚なる感謝の意を表する次第であります。(拍手)なおこのほか、フランス国政府よりも特に好意をもつて考慮する旨の回答に接しておりますが、その他の関係国からはまだ何ら具体的回答を受け得るに至つていない状態でございます。

 

しかし、政府といたしましては、本日のこの御決議の意を体し、さらに今後とも関係国の好意ある処置を期待しつつ、あらゆる手段方法によりまして、適切迅速なる方途をとり、一日も早くこの不幸なる事態を解消いたしまして、本日の御趣旨に沿いたい覚悟でございます。(拍手)

 

 

「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」=1953(昭和28)年8月3日(月曜日) 第16回国会 衆議院本会議  第35号

 

 

戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議

  

8月15日9度目の終戦記念日を迎えんとする今日、しかも独立後すでに15箇月を経過したが、国民の悲願である戦争犯罪による受刑者の全面赦免を見るに至らないことは、もはや国民の感情に堪えがたいものがあり、国際友好の上より誠に遺憾とするところである。しかしながら、講和条約発効以来戦犯処理の推移を顧みるに、中国は昨年8月日華条約発効と同時に全員赦免を断行し、フランスは本年6月初め大減刑を実行してほとんど全員を釈放し、次いで今回フイリピン共和国はキリノ大統領の英断によつて、去る22日朝横浜ふ頭に全員を迎え得たことは、同慶の至りである。且又、来る8月8日には濠州マヌス島より165名全部を迎えることは衷心欣快に堪えないと同時に、濠州政府に対して深甚の謝意を表するものである。

かくて戦争問題解決の途上に横たわつていた最大の障害が完全に取り除かれ、事態は、最終段階に突入したものと認められる秋に際会したので、この機会を逸することなく、この際有効適切な処置が講じられなければ、受刑者の心境は憂慮すべき事態に立ち至るやも計りがたきを憂えるものである。われわれは、この際関係各国に対して、わが国の完全独立のためにも、将又世界平和、国家親交のためにも、すみやかに問題の全面的解決を計るべきことを喫緊の要事と確信するものである。

 

よつて政府は、全面赦免の実施を促進するため、強力にして適切且つ急速な措置を要望する。


  右決議する。

 

 

○山下春江君  そもそも、講和条約発効以来、戦争受刑者の釈放措置等について決議案が本院に上程せられましたのは、今回が第3回目でございます。しかも、今回は、前2回とはまつたく異なつた情勢下において御審議を願うわけでございます。と申しますのは、昨年8月、中国が、日華条約発効と同時に、全員赦免を断行して、戦犯問題を一挙に解決して以来、本年6月に至るまでは、ひとり米国が前後13回にわたり合計約60名の仮出所を許しただけで、全面的解決の兆候はいずこの国にもこれを認めることができなかつたのであります。しかるに、本年6月に入るや、フランスが突如大減刑を断行して、ほとんど全員を釈放したのに続いて、このたび比島は、キリノ大統領の大英断によつて、モンテインルパに服役しておられた108名全員の内地送還、しかも、同時に、死刑から終身刑に減刑となつた56名の巣鴨移管を除き、他の全員に対して赦免の措置がとられ、去る7月22日朝、横浜埠頭に、これらの方々全員のほか、痛ましくも異境の丘に散つた刑死者の御遺骨17柱までもお迎えすることができたのでございます。

 

8年という長い間、異国の獄中、苛烈なる運命に耐えて来られた、これらの人々を迎えるこの日の母国は、折からのつゆ空もめずらしく晴れわたり、岸壁を埋めた数万人の出迎人のどよめきの中に、戦友の御遺骨をしつかと抱いて、白山丸から歩一歩静かに祖国の土におり立つた方々の深刻な苦悩を刻んだ悲壮な姿は、人々に深い感銘を与え、群衆も一瞬鳴りをしずめたのでございます。(拍手)続いて、御遺骨に対するしめやかな拝礼が行われている一方には、上陸第一歩とともに自由の身となつた方々を囲む晴やかな歓声があがり、またその一方には、黙々として巣鴨の鉄窓の中に送り込まれる一団の方々がありました。まことに悲喜哀歓、あらゆる感激の場面が展開され、名状しがたい大きな感動がすべての人々の心を支配していたのでございます。生ける者、死せる者、すべてを母国に迎え得た、それはやはり国民の大きな喜びでなければなりません。(拍手)

 

私は、この機会に、個人的な恩讐を超越して、よく比島国民の不満を押え、正義人道の大局からこのたびの大英断を下されたキリノ大統領に対し、最大の敬意と感謝をささげるものであります。(拍手)なおまた、この悲願達成の陰に、筆舌に尽しがたい苦難の道を乗り越えて、献身的な努力を続けられましたモンテインルパの聖者加賀尾秀忍師、マニラ在外事務所の金山参事官、復員局の植木事務官に対しましても、厚くお礼を申し上げたいと存じます。(拍手)

 

 さて、一方、この比島政府の英断が発表せられました直後、さらに大きな朗報が伝えられましたのは、いわゆるマヌス島に服役しておられる戦争受刑者の内地送還決定に関する濠州政府の発表でございました。この内還につきましては、さきに英国女王陛下の戴冠式にあたり、去る6月2日、本委員会委員長名をもつて、これらマヌス島の方々の内地送還実現につき、請願書を駐日濠州大使を介して同女王陛下に送りましたが、今日その実現を見ましたことは喜びにたえません。(拍手)すでに濠州政府の了解を得ましてお迎えに参りました白龍丸は、7月31日午前10時現地を出発し、ただいま日本に向つて航海中であります。昨二日午後九時、白龍丸から、このたびの内還は、議員各位、特に引揚委員長等の御同情と御努力によるところ大なりと考え感謝にたえず、なお今後一層御高配をお願いする、マヌス戦犯一同、という電報が来ました。かくして、来る8日には、過去8年絶海の孤島に孤立無援の生活を続けて来られました165名の方々全員を日本にお迎えすることができますことは、私どもの大きな喜びとするところでございます。(拍手)

 

マヌス島と申しましても、収容所の置かれていたその属島ロスネグロスにおいて、海軍基地建設の重労働に従事せしめられて参りましたこの方々は、温帯人の長期在住不可能と称せられる灼熱瘴癘の地に8年間、もみだらけの玄米と、コーンビーフとグリーンピースという、全然献立の変化のない食生活では生きる気力もうせなんとする悪環境に耐えて、奇跡的に生き抜いて来られたのであります。新鮮な野菜を食べたのは、8年間に二、三度ということであります。わけても僻遠の地である上に、通信連絡の制限は相当にきびしく、家庭との密接な連絡はきわめて困難なばかりでなく、内地からの来訪はまつたく許されない、いわゆるやしのカーテンに隔てられた別天地でございますので、ここに暮された御当人にも増して、肉親の方々の不安と懊悩はまことに深刻なものがあつたことでございましよう。いつ帰るという当てのない人を待ち暮す内地の肉親は、「神仏いかにかおぼす八年ごしあつき島わにつながるる身を」と、はるかに思いを遠く熱帯の孤島にはせて、ひそかに焦燥の思いを述べ、「待ちに待つ故郷人をしのびつつ今しばらくを強く生きませ」と祈り、かつ励ますほかはなかつたのであります。いずれも今村元大将夫人の作でございます。しかし、これらの方々の上にも、やがて喜びの日が訪れるのでございます。収容所入所以来、最初の往訪者であるスタンレー記者が現地より報ずるところによれば、帰国の日取りがきまつて、終身刑の戦犯たちの中にさえ笑い声が起つているということであります。8年間笑いを忘れていたとは、何たる悲惨なことでございましよう。この方々に対して喜びを与えられた今回の濠州政府の英断に対しまして、私は心から感謝の意を表するものであります。(拍手)

 

さて、かくのごとくにいたしまして、もはや海外に残されました戦争受刑者は一名もなくなり、従来戦犯問題解決の途上に横たわつておりました最大の障害は完全に一掃されました。事態はまさに最終の段階に突入したものと考えられるのでございます。すなわち、平和条約によつて拘禁せられる戦争受刑者は、やがて濠州より送還される165名を最後といたしまして、全員巣鴨に集結し、巣鴨は再び920余名にふくれ上るのであります。これらの方々については、もはや助命運動も内還運動も一切は終了し、残された問題は、ただこの方々を一刻も早く巣鴨から釈放するということだけになつたのでございます。(拍手)

 

ここで考えていただきたいことは、朝鮮戦争の終結でございます。惨列をきわめた武力戦が停止となり、恒久の平和がこれによつてもたらされることは万人の願いでございますが、このたびの休戦は勝敗なき休戦であり、降伏なき終戦であり、従つて戦犯裁判を伴わざる終戦でございます。開戦以来、この戦争においては、双方ともに相手方の戦犯行為を指摘非難して参りましたが、このような休戦となつてみれば、その処罰などは、双方ともやろうとしてもできることではございません。(拍手)結局、戦犯裁判というものが常に降伏した者の上に加えられる災厄であるとするならば、連合国は法を引用したのでもなければ適用したのでもない、単にその権力を誇示したにすぎない、と喝破したパル博士の言はそのまま真理であり、今日巣鴨における拘禁継続の基礎はすでに崩壊していると考えざるを得ないのであります。(拍手)

 

最近、ソ連ばオーストリアの戦犯600名を釈放し、さらにまた同国に抑留されている日本人戦犯の釈放内還見込みありとの報道も伝えられております。このごろの世界情勢の急変を見れば、ソ連が戦犯と称する全員を釈放して、巣鴨が現在のままに取残されるということなきを保しがたいのであります。(拍手)「獄にしてわれ死ぬべしやみちのくに母はいますにわれ死ぬべしや」、このような悲痛な気持を抱いて、千名に近い人々が巣鴨に暮しているということを、何とて独立国家の面目にかけて放置しておくことができましよう。(拍手)機運はまさに熟しているのであります。

 

以上が大体本案の趣旨であります。

 

本案は、7月27日本委員会に付託されたのでありまして、委員会は、現在の情勢を正しく認識し、その最終の段階に対処し、一刻もすみやかに問題の抜本的解決をはかるの要あるものと認め、本案をもつて本院における最終の決議たらしむべく、28日委員会において全会一致をもつて原案を可決すべきものと議決した次第でございます。

 

 右御報告申し上げます。

 

○議長(堤康次郎君) 採決いたします。本案は、誉貝長報告の通り決するに御異議ありませんか。

  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○議長(堤康次郎君) 御異議なしと認めます。よつて本案は委員長報告の通り可決いたしました。(拍手)

 この際、法務大軍から発言を求められております。これを許します。法務大臣犬養健君。

    〔国務大臣犬養健君登壇〕

○国務大臣(犬養健君) ただいま本院においてなされました御決議を、深き感慨をもつて拝聴いたしました。

 戦犯処理につきましては、最近に至つて相次いで海外より朗報が参つておりまして、関係各国のとられましたこの好意ある措置に対して満腔の感謝を表明するとともに、これによつて釈放せられた戦争受刑者とその御家族の心中を推察いたし、ともに深き喜びにたえないものがあるのであります。(拍手)

 

しかしながら、他面において、フイリピン及び濠州より帰還した人々、また帰還せんとする人々を含めますならば、巣鴨拘置所における拘禁者の数は、ほとんど平和条約発効当時と同数となるような実情であります。これらの人々の釈放につきましては、米国政府並びにオランダ政府は、個別的に、かつ司法的にこれを処理するという意向を明らかにしておりますが、その結果としましては、米国関係は、昨年10月から現在までを通じて許可を得た仮出所者は総計73名であります。またオランダ政府は、最近初めて12名の仮出所者の許可をいたして参つたような次第でありまして、この際日本国民の真情を率直に吐露いたしますならば、さきにオランダ政府によつて行われましたところのあの大幅な、しこうして一切の過去を清算して再出発を盟約し合うごとき寛大な措置が、他の関係国においても早急にとられるよう、衷心より要望せざるを得ないのであります。(拍手)

 

もとより、おのおのの関係国においてはそれぞれの特殊性を有し、その特殊な国情に応ずる対策を必要とすることとは思いますが、わが方としましては、すでに全面赦免の勧告手続を過去2回にわたつて行つていることでもありますし、かつ個別的な赦免、減刑、及び仮出所の手続も事務的にはほとんど終了しておる次第でありまして、しこうしてこの政府のとりました手続は、その背後において日本国民の切なる悲願が凝結して政府を激励鞭撻したものであると申しても、あえて過言ではないと存じます。(拍手)

 

あたかも、ただいまの本院の御決議のごとく、昨年における中華民国、このたびにおけるフランス、フイリピン及び濠州各政府より、寛容にして宗教的精神に満ちた処置を受けたこの幸いなる機会に、わが方は他の関係各国に対してもこの際一層の誠意を披瀝し、一段と有効適切な手段を講ずることが、真に緊急の必要事と考えられるのであります。先ほど提案者の述べられましたごとく、事態は現在いわゆる最終の段階に入つていると考えられますので、政府はここにおいてあらゆる熱意と努力とを傾けまして善処をいたし、もつて国民各位の熱望にこたえたき覚悟でございます。(拍手)

 

 

「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」=1955(昭和30)年7月19日(火曜日) 第22回国会衆議院本会議 第43号

 

 

戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議案

 

  戦いを終えて満十年今なお巣鴨刑務所には582名の同胞が、いわゆる戦争犯罪人の名のもとに残されている。講和条約が発効してすでに3年、その間本院においてこれら戦争受刑者の全面釈放に関して決議すること三度に及ぶにもかかわらず、いまだに、その根本的解決を見るに至らないことは、われらのもっとも遺憾とするところである。

 

ひるがえつて世論の動向を見るに、戦争裁判に対するわが国民感情は、もはやこれ以上の拘禁継統をとうてい容認しえない限度に達している。

時あたかも日ソ交渉において在ソ抑留同胞の全員送還の実現を要求している現状にかんがみ、政府は、これら戦争受刑者並びに留守家族の悲願と、国民の期待にこたえるべく、ただちに関係諸国に対し全員の即時釈放を強く要請し、きたる8月15日を期して戦犯問題を全面的に解決するため、誠意をもって速かに具体的措置を断行せられんことを要望する。

 

右決議する。

 

 

○永山忠則君 ただいま議題になりました、各派共同提案でございまする戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議案の趣旨弁明をいたします。

本論に入るに先だち、日本戦犯の全部をすでに釈放せる中華民国、フィリピン、フランスの3国の好意に対し、衆議院はここに重ねて深く感謝の意を表するものであります。(拍手)

 

平和と信頼の講和条約が発効してより早くも3年有余となり、終戦後満十年を迎えんとする今日、なお582名の戦争受刑者が巣鴨に拘禁されているのであります。遠く海外にもまた未帰還同胞のあるはまことに遺憾しごくでありまして、われらは、ここに国民とともに、その即時全面釈放を世界の良心に訴えんとするものでございます。

 

いわゆる戦争裁判が行われたのは、戦争直後の報復感情の熾烈なる時期でありまして、わが国は、敗戦国民として遠慮すべき立場と、世界平和の回復を一日も早く招来せんことを念願いたし、また平和のいしずえとしての意義を認めまして、忍ぶべからざるを忍び、涙をのんで戦争裁判の結論に服したのであります。従って、わが国の立場とすれば、この裁判の結果を誹諦するがごときは慎しむべきであると存じますが、今次大戦における戦争裁判は、パール判事の無罪論によっても明らかなように、世界史的観点に立って見るときは幾多の疑問を抱くものでございます。

 

近代国家における裁判は、不変の真理をもって貫く正義が判断の基礎となってこそ、その権威を保持できるのであります。従って、その正義は戦争の勝敗を越えて厳然として存在すべきものでありまして、いやしくも戦勝国のみが正義の行使を独占することは不合理であると言わねばなりません。敗戦国もまたその正義を行使する権利があってしかるべきものであると存じます。原爆の使用のごとき、たまたまそれが戦勝国によってなされたといえども。世界の世論は明らかにこれを人道に対する反逆として問題とするに至っておるのでありまして、今や諸国民の感情は平静を取り戻し、戦勝国の一方的な戦争裁判なるものが果して国際法理論上正当なものであるか疑問とされているのでございます。(拍手)現に、その後における朝鮮動乱の終息、仏領インドシナ動乱の結果に際して、関係国が戦争裁判を再び持ち出すことができ得ないことは、戦争裁判の合理的根拠のいかに薄弱なものであるかを暴露しておるものであると言わなくてはなりません。(拍手)

 

当時、戦争裁判は、一般に占領軍の軍司令官の定むる軍事裁判条例によって行われ、無罪より死刑まで裁判官の意のままに課せられて、実際には、死刑、終身刑、何十年という極刑または長期刑が、ただ一審のみで決定されたのであります。文明諸国の、三審制度により、事実の認定、法律の適用を公正にして、人権を不当に侵害せざる裁判の公平の原理にも反し、かつまた、戦勝国のみから裁判官が選任され、また、法律知識の専門でない軍人、しかも昨日まで戦場にてまみえたる軍人も裁判官となりまして、裁判の中立性、公平性を疑わざるを得ないものがあるのであります。

 

戦争裁判は、侵略、すなわち平和に対する罪とか人道に対する罪とかといたしまして極刑に処せられたのでありますが、当時国際法上準拠すべきものは何ものもないのでありまして、これは文明国の厳に禁じている刑事法上の遡及、すなわち事後法でありまして、専横なる独裁者の報復手段に似たものであり、文明国の罪刑法定主義による裁判の神聖と人権の尊重の精神より見て、まことに遺憾にたえないのでございます。

 

しかし、戦争裁判を占領政策の一環であると言うならば、それはそれとしての存在の理由がありますが、講和条約の締結されている今日においては、そうした理由はすでに解消しておると言わねばなりません。いな、今や、講和条約の精神により、一切の戦争による恩讐を越えて、ともに相携えて世界の平和に寄与せんとする現時に、なお巣鴨に拘禁するがごときは全く意味がないのであります。しかるに、戦犯の釈放の状況を見まするに、独立後今日に至る満3カ年余の間に290人を釈放したるにすぎないのであります。これは講和条約発効前の6カ月間に釈放されました467人に比してきわめて少数であり、かくのごとく戦犯釈放が今なお遅々として進まざることは、まことに遺憾しごくに存じておる次第であります。これに引きかえて、ドイツ戦犯の釈放状況を見ますと、米国、英国、フランスの管理に属している戦犯は、本年5月5日現在わずかに122人という状態で、わが国巣鴨在所者に比して非常に少数なのであります。

 

もとより、日本政府は、講和条約第11条により戦犯の釈放勧告を行なっており、吉田前首相も、欧米出張に際して、対日平和条約第一条の悲劇的義務解消を念願して関係国政府にその旨を要請し、また現内閣もあらゆる角度より戦犯釈放について不断の努力をいたしておるのでありますが、今なお釈放、仮出所はきわめて少数であります。米国は、これに関し、去る5月16日、大統領命令により、仮出所、減刑についての手続簡素化を行うことになったのであります。われわれはこれに対して感謝の念を禁じ得ないのでありますが、従来の個人審査方式をもってしてはとうてい抜本的解決はできないのではないかと不安を持っているものであります。

 

戦犯に対する釈放が遅々として進まざる結果は、若き戦犯者は、青年期を社会と絶縁され、学識や技術を身につけて世に立ち家族を扶養すべきその準備時代を完全に抹殺され、壮年期にあった人々は今日老境に入り、中にはよわい七十をこえる受刑者もあって、人道上まことに許しがたいものがあるのであります。また、受刑者の家族の精神的、経済的苦痛は言語に絶するものがあります。人権を尊重する民主主義の精神から言いましても、はたまた、その不平不満を悪用せんとする分子の暗躍等を考慮いたしますれば、戦犯の全面的釈放こそ一刻もおろそかにすべきものではございません。ソ連関係のいわゆる戦犯と称せられる抑留者釈放送還につきましては、すでに本院において議決をもって強く要望いたし、一方、政府もまた、目下ロンドンの日・ソ会談において松本全権をして強硬にソ連抑留拘禁者の釈放送還を要求し、国民世論もまた強くこれを支持しておるのであります。われわれは、世界の人道に訴えて、断じて全員釈放送還の実現を深く期待してやまぬものであります。

 

今や、西欧においては、旧来の怨恨を忘却して、一切の行きがかりを捨てて、世界の新しい平和への道を開かんとしておる現時、10年前の戦犯問題が未解決であるがごときは、世界平和ヘの進展をはばむものであるとさえ言わざるを得ないのであります。戦犯に対する同情は日本全国民に行き渡っておるのでありまして、その釈放のため数十の団体が結成され、釈放嘆願書に署名したる者は3千余万人に及んでおるのであります。

 

われわれは、終戦満10年の8月15日を迎えるに当り、この事実を世界の良心に訴えるとともに、政府は、全力を尽して、この機会に巣鴨拘禁の廃絶を期し、戦犯即時全面釈放の有効適切なる措置を断行せらるべきであります。

 

なお、第三国人戦犯の釈放に関しましては、関係国はすでに考慮中の趣きであると仄聞いたしておりますが、これが全面釈放のすみやかならんことを要することをあわせて付言いたし、以上をもって本決議案の趣旨弁明といたす次第であります。(拍手)

○議長(益谷秀次君) 採決いたします。本案を可決するに御異議ありませんか。

 

   〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

 

○議長(益谷秀次君) 御異議なしと認めます。よって本案は可決いたしました。

 

 この際外務大臣から発言を求められております。これを許します。外務大臣重光葵君。

 

  〔国務大臣重光葵君登壇〕

 

○国務大臣(重光葵君) 戦争受刑者の釈放問題につきましては、政府におきまして、これまで関係諸国に対し熱心にその要請をなし来たったのでありまして、関係国の態度は漸次好転して参りましたものの、今なお多くの末釈放者があることは、戦争終結後10年の今日、まことに遺憾にたえません。政府は、ただいまの御決議の趣旨を体して、いわゆる戦犯釈放具現方につき今後とも全力を尽し、その実現を期する所存でありますことをここに申し上げます。以上。(拍手)

 

 

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