POSSIEDO - 時空間を超えた指輪進化論〜宇宙飛行士の指輪

POSSIEDO / 時空間を超えた指輪進化論〜宇宙飛行士の指輪

POSSIEDO - 時空間を超えた指輪進化論〜宇宙飛行士の指輪

 日常生活のなかで、「常識」として疑問を持たないで生活していることは意外に多い。たとえば信号、青がススメで赤がトマレ。いったい誰が決めたのだろう。日本中、いや、世界中を見てもほとんど同じである。

 これは指輪にも言えることである。

 「どうして結婚すると指にリングをはめるの?」

 じつは僕も彼に問われるまで気にも留めたことがなかった。彼の名は、アニリール・セルカン。トルコ人初の宇宙飛行士候補であり、東京大学大学院の助教として教壇にも立つ。8カ国語を操るセルカンの頭の中のような、ジン、ウォッカ、テキーラ、ラムなど様々な蒸留酒が入った強いカクテル“ロングランドアイスティー”を飲みながら、日本語で語り合った。

 「職業柄なのかもしれないけれど、僕は想像したり考えたりすることが好きです。ただ、想像したり考えたりしたうえで、自分が納得しないと行動には移さない。だから逆に“結婚すると指輪をはめる”というような“常識”という言葉には疑問を持ってしまいます」

 たしかに、結婚指輪を左手の薬指にするのは常識だと思われている。今日も世の中のカップルは、おそらく何の疑いもなく結婚指輪や婚約指輪を交わしているのだろう。この取材前日までセルカンは調査の旅でケニアにいたが、マサイ族の女性も結婚指輪をはめていたそうだ。世界中の常識なのかもしれない。常識は常識として受け入れてしまい、疑問を持つ人は少ない。セルカンの場合は疑問を持つだけでなく、この指輪がはめられるようになった通説を調べ、そのうえで考えてみる。

 一応、世の中に知られている結婚指輪の歴史の通説に触れておく。“結婚指輪”は古代エジプトで生まれ、古代西洋では“婚約指輪”の習慣が先に生まれたと言われている。キリスト教が西洋社会に浸透すると、神に結婚の誠実・貞節を誓うという意味を込めて、後から“結婚指輪”が生まれていく。薬指にはめる習慣は、指の静脈が“愛の血管”と呼ばれ、薬指の静脈が心臓と直接つながっているということで、心の愛を誓う指としてふさわしいと信じられていたようだ。

 「もっと遡ると、指輪が生まれた理由はギリシア神話が元になっているんです。ただ、それより僕が言いたいのは、今も疑問を持たないで受け継がれていること。その時代のことは誰もわからないのに。ほんの少し残っている文献が何年も受け継がれ、その間に解釈も間違って伝わっているかもしれない。本当にそうなの? って僕は思う。たとえば今、地球上の文明が一気になくなったとしましょう。そしてその後にまた文明が生まれたとき、僕がこのあいだ書いた本『タイムマシーン』(2006 日経BP社)だけがたまたま見つかったとします。それをたまたま解読できた人が“昔はタイムマシーンがあったんだ”と言い、それがまた違った解釈で文献に残り、世の中に言い伝えられていく。歴史というものは、どこかで創られている部分が多いと思います。だから僕は、自分の目で確かめた歴史以外はどこか疑問に思ってしまう。指輪の通説にも納得がいかないんです。きっと結婚しても結婚指輪をしないと思います」

 そんなセルカンの右手の中指には3本の線が刻まれた指輪がはめられている。

 「これは自分が納得して、自分の意思でつけている指輪です。じつは、左手の中指にも金の指輪をしていました。それは弟たちが指にはめているのと同じ物でした。僕は弟たちと一緒に生活をしていません。みんな別々の国で生活しています。そこであるとき、みんな離れているけれど心は一緒だよという気持ちで、兄弟で一緒に同じ指輪を買ってつけることにしたんです。中指にした理由? いちばん邪魔にならないから(笑)。だけど、じつは痩せちゃって……このあいだ、なくしちゃったんです。まだ弟たちには言っていません。何て言おうかなあ(笑)。そうそう、この右手の指輪の話に戻りましょう。2003年に起こったスペースシャトルの事故を覚えていますか?」

 もちろん覚えている。スペースシャトル“コロンビア”が大気圏へ再突入する際に分解し、乗務員全員が命を失った悲しい事故である。

 「これは、そのスペースシャトルに使った素材で作ったリングなんです。存命中にお世話になった3名の宇宙飛行士のことを忘れないために、宇宙飛行士候補の仲間たちでつけています。この指輪の収益が、亡くなった彼らの子供たちの元に渡るということも買った理由のひとつです」

 セルカンは、ひとつひとつのことに納得してモノを購入し、身につけている。ひょっとしたら、これが本来のモノとの付き合い方なのかもしれない。「かもしれない」と言っているうちは、本当に納得がいっていない可能性もあるから、自分の頭でよく考えてからにした方がいいよと言われそうだが。

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時空間を超えた指輪進化論〜宇宙飛行士の指輪

我が儘な白い天使、アンジェリーナと冒険へ
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update : 2007.04.12
title : 宇宙飛行士の指輪


text : hidekazu ishihara
photo : takuji onda
thanks : anilir serkan
thanks : office 11d

anilir serkan

アニリール・セルカン

1995年イリノイ工科大学建築学科卒業。1999年バウハウス大学建築学科修士課程終了。2003年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程を修了。JAXA宇宙科学研究本部宇宙構造物工学研究室講師を経て、現在、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻助教を務める。2001年NASAジョンソンスペースセンター宇宙構造・材料系客員研究員として宇宙飛行士プログラムを終了、2004年トルコ人初の宇宙飛行士候補に選ばれる。現在は先端技術を応用し、インフラに依存しないで暮せる空間技術を開発・研究している。

anilir serkan
『宇宙エレベーター』

大和書房 2006年6月出版

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『タイムマシン』

日系BP 2006年11月出版

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