水俣病被害の実態を把握するため、民間の医師約140人が参加して熊本、鹿児島両県の不知火海沿岸地域で約千人を対象に行った住民健康調査(検診)で、受診者の93%が「水俣病か水俣病の疑い」と診断された。
しかも、このなかには、国が「新たな水俣病の発生はない」とする1969年以降の出生者や転入者、現行制度では救済の対象とならない地域に住む人も数多く含まれていた。
69年以降に生まれた人や同年以降に不知火海沿岸地域に転入してきた人では受診者の86%、救済地域外でも93%に水俣病特有の症状が見られたという。
この住民検診結果は、地域や世代を超えた水俣病被害の広がりをあらためて示しただけではない。これまでの国の水俣病政策がいかに不十分で不完全だったかを浮き彫りにした。
同時に、7月に成立した水俣病被害者救済法によっても補償・救済されない被害者が数多く潜在することを初めて医学的に実証したデータでもある。
政府は救済法による政治解決を目指す一方で、裁判を続ける被害者との和解による解決も視野に入れているようだが、その前に今回検診で示された現実を直視し、不知火海沿岸の「メチル水銀による健康被害者」をもれなく救済する方針をあらためて確認する必要がある。
被害者の高齢化を考えれば、熊本、鹿児島両県に患者認定を求めている6千人を超える未認定申請者をはじめ、早期救済を待つ多くの水俣病被害者の救済は、もちろん急がなければならない。
しかし、地域や年代によって救済対象を「線引き」したままで補償・救済を急ぐなら、不知火海沿岸の広い地域に潜在する多くの水俣病患者を国が切り捨てることになる。
被害補償の一義的責任は、もちろん水俣病を引き起こした原因企業のチッソにあるが、被害を拡大した責任は国にもある。5年前の関西訴訟最高裁判決が、そのことを明確に指摘している。
言い換えれば、国も水俣病被害の加害者として救済責任を負っている。そのことを自覚するならば「救済されるべき被害者を可能な限りもれなく救済する」ことを真剣に考えるべきだ。民主党政権に求められる姿勢でもある。
そのためにも、国は潜在被害の切り捨てにつながる地域や年代による救済対象の「線引き」を見直し、沿岸地域で広範な住民健康調査を実施して水俣病被害の全容を把握する必要がある。
今回の健康調査では、9割近くの人が初めての水俣病検診の受診だったという。これまで受診しなかった理由は46%が「差別を恐れた」からであり、41%は「情報がなかった」と答えている。
水俣病を考えるうえで、見逃してはならない視点である。実態に目をつぶっていては水俣病問題の解決はあり得ない。
=2009/11/02付 西日本新聞朝刊=