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WSEA(Web Site Expert Academia)

第11回 情報のセレンディピティー 宇宙につながる「関係性(Web)」の未来(その1)

毎回,さまざまな分野の方をゲストに迎え,『関心空間』代表取締役前田邦宏氏との対談を繰り広げる『Web Site Expert Academia』。

今回は,5月20日に行われた東京ミッドタウンでの公開対談の模様をお届けします。

前田:

今回,なぜアニリール氏に対談相手になってもらったかと言うと,僕は以前から彼が地球の地上から宇宙につなぐ固定されたエレベーターについて論文を書かれている方だとは知っていました。けれども彼の著書『宇宙エレベーター』(※1)には,その構造物に関する手法は全然書かれていないんですね(笑)。工学的なことが書かれているかと思って読んだのですが,それよりも,人生を豊かにする方法について書かれている本だという印象を強く受けまして。これはまさしく,僕が行っているセレンディピティーの研究――世界の上に新しい構造物を作って,人類や世界全体の未来を少しでも幸福にすること―の知恵がそのまま1冊の本に書かれている,と。これは我々Webアプリケーションを作る人間にも非常に参考になるのではないかということで,私自身もこの本からいろいろと勉強させていただきました。

今日はその本を書かれた方に実際にお会いして話ができるという非常に光栄な機会をいただけましたので,まずは私自身がやっていることを引き合いに出して,それからいくつかご質問して,Webアプリケーションを作る際のヒントにできたらと思います。

右:工学博士であり,トルコ人初の宇宙飛行士であるアニリール・セルカン氏。
左:関心空間代表取締役 前田邦宏氏。

右:工学博士であり,トルコ人初の宇宙飛行士であるアニリール・セルカン氏。左:関心空間代表取締役 前田邦宏氏。

※1)
『宇宙エレベーター』(大和書房,2006年刊)

創造を形にするためには

前田:

まずは私の紹介から。私自身はインターネットの技術者というより,もともと人との出会いや関係を視覚化することを目的にさまざまなアプリケーションをいくつか作りました。それはお金にはならなかったのですが,非常に出会いが増えまして。今この会場に何人かいる友人達ともそれを通じて出会ったんですね。現在は『関心空間』という会社で,人との出会いを促進するその部分に着目してビジネスを展開させようとしている経営者です。そういったイノベーションを作ることが僕のテーマです。

しかし,これが非常に難しくてですね。出会うことは喜ばしいのですが,これがビジネスなどの形に変わることが予測不可能なアウトプットで。今まで私が本を通じて拝見した中で,アニリールさんは非常にセレンディピティーが多い方かと。たとえば,タイムマシンを作ろうとか,それを形にしようなんて非常に抽象的なテーマにもかかわらず,周囲の人をうまく巻き込んでしまうという才能の達人だとお見受けしたんですね。そのあたりのご自身の体験などをお聞かせください。

アニリール:

ではタイムマシンの体験の話から始めましょうか。私はドイツ生まれのトルコ人です。8歳までドイツで家族と一緒に暮らし,そのあとスイスの学校に呼ばれて,その学校の寄宿舎で過ごしていました。そこでの素行があまり良くなくて,15回停学,16回目で退学(笑)。私も入れて仲間13人で一緒に退学になったんです,理由は言いませんが(笑)。そこからタイムマシンを作ろうという話が持ち上がって,実際に作って,実験もして…。数年後,24歳のときに初めてタイムマシンを作ったということで仲間とアメリカで賞を貰いました(※2)。

なぜそういうことが計画・実行できたかと言うと,仲間との素晴らしい出会いがあり,お互いを大切にする思い――“また会いたい”という気持ちが強かったからです。国際学校だったので,皆外国の子供達なんですね。なので,退学した後はそれぞれの国に戻らないといけなかった。私たちは,カナダ,コロンビア,イタリア,フィンランド,トルコ,ドイツ…皆違う国の出身でした。なので,それぞれの国に帰ってしまったらもう会えない,会うためには何かをやらなくちゃいけない,そういう理由でタイムマシンを作るという行動にまで至ったんです。それはすごく人間的な気持ちだと思うんですね。タイムマシン自体は創造力です。出会いと創造力とお互いを大切にする気持ち,その3つがあれば自然と良いものができると私は考えていますし,ずっとそうしてきました。

前田:

その話はすごくよくわかります。自分に置き換えて思い起こすと,うまくいかなかったときはそのうちのどれかが欠けていて,いったときはそれが揃っていた。『関心空間』もそうですし,これまでの他のこともそうでした。

編集部:

『宇宙エレベーター』の中には,ケルンのコンテストの話(※3)もでてきますよね。どういうきっかけでああいったものを作ることになったのか,当時はまだ先が見えていなかったと思うのですが,その時点での思いつきやひらめきというのは,どういう段階で出てくるのか,それを形にするには何が必要だとお考えですか。

アニリール:

スタジアムの話ですね。私が8歳のときに,子供が新しいプロジェクトを考えるという科学コンテストが小学校で開催されたんです。私はそのときからサッカーが好きで,父に仕事の後,試合によく連れて行ってもらいました。夜の試合だったので,場内にものすごい数のライトが点いていて。それを見て,これはものすごくエネルギーを使っているんじゃないかと考えたんですね。当時,'78年にNASAのある研究者がドイツで書いた記事――もし未来にこういうパネルがあったら,その上に光を当てて電気を作れるようになるかもしれない――という内容をすごくおもしろいと思っていたので,そのスタジアムのライトを見たときにひらめいたんです。そして父に少し手伝ってもらいながらその模型を完成させ,その結果,賞を貰ってスイスの学校に行くことになるのですが。

それとの出会いは1つの記事ですよね。それも,ああ作るべきこう作るべきといったものではなく,“いつか”こういうこともありうる“だろう”という内容の記事ですよね。

編集部:

それは好奇心のようなものでしょうか。

アニリール:

好奇心と,あと勝ちたいという気持ちですね。それはすごく大切。皆と一緒にやっていくのもすごく大事なことですが,「この賞をとりたい!」「これがしたい!」という気持ち。これはワガママではなく。勝ちたいという気持ちがないと,好奇心や創造力を持っていても何もできないですね。「いつかこうだったら良いね」と想像してそのあと何もしない…ただの創造力だけじゃすごくつまらないと思います。なので,勝ちたいという気持ちをきちんと感じることができたら,うまくいくんじゃないかなと思います。

※2)
詳細は『宇宙エレベーター』を参照。この体験をもとにした小説『タイムマシン』(日経BP社,2006年刊)も出版されている。
※3)
'82年にドイツで行われた「国内小学生科学コンテスト」参加の話。アニリール氏はこのコンテストで,クリーンエネルギーを用いたサッカースタジアムの模型を作製し優勝した。

宇宙開発に関して

前田:

アニリールさんは宇宙飛行士候補という肩書きもお持ちですが,宇宙開発に関してのプロフェッショナリズムというか,宇宙開発をどう捉えているのか,考えをお聞きしたいと思います。また,宇宙という,人間が本来は踏み込めないところに行くにあたって,そこにはさまざまな努力があると思うのですが,それをNASAはどう乗り越えているのか,なぜ日本ではあまり開発が進んでいないのかも気になります。

アニリール:

日本はとにかくバジェット(予算)!ですね。アメリカのNASAの場合はすべてのバジェットの4%が宇宙開発に充てられていますが,日本の場合は0.02%です。だからいくら頑張っても予算の問題がある。あと,日本がこれから何を目的にしているのかということです。たとえば,アメリカは月や火星の研究を進め,結果,月に行って帰って来れた。これは何のためかとよく言われるんですよ。たとえば,2002年にヒューストンでスペース2002という学会があって,我々も行ったんです。朝,会場のドアの前にグリーンピースの人が何十人もいて「ここに入るな」「ここに入るお金をアフリカに寄付しましょう」と言っている。

確かに,彼らの気持ちもわからないことはありません。けれど,我々は別の考え方をしています。と言うのは,宇宙開発に関して,日本はまだですが,アメリカが行っていることは技術移転です。1つの企業があって,そこから新たな技術がもらえて,その技術をまたうまく他の企業に紹介していくという流れは,まだ日本ではない。さっき出た宇宙エレベーターの話も,実は技術プロジェクトの話なんですよ。実際に作るということを目的にしているのではないのです。3万6,000キロ超…と続く宇宙エレベーターを作る技術は,他の分野でも応用できますよね。

さっき出たグリーンピースの場合「お金をアフリカに送ろう」と言っていますが,実は今アフリカの人達は宇宙開発のおかげで水を飲めるようになっているんですね。スペースステーションのために作った水処理システム―水をリサイクルする技術―がすごく安くなったので,そういうことが可能になっているのです。他に技術移転というと…たとえば,携帯持っていない人います?(会場に聞く)いないですよね。それも実は宇宙開発技術の一種,月に行ったときの開発技術です。だから,アポロが月に行かなければ,携帯というものはなかったんですよ。宇宙開発というものは実は我々の生活にいろいろと入っているんですね。日本もここの部分をはっきりさせることができたら,宇宙開発が進むのではないでしょうか。

でも,将来私の子供達が宇宙に住むようになるかと言うと,ちょっと難しいですね…だって宇宙に住む必要がないですし。だから僕が宇宙に興味を持っているのは,そういうプライベートな部分ではなくて,創造力。その先に何があるのか,そこで何かを実現するためにはどういう問題があるのか。それを今現在我々はこの地上でどうやって応用できるかということです。

著者プロフィール

ANILIR Serkan(あにりーる せるかん)

1973年ドイツ生まれ。国籍はトルコ共和国。大学卒業までをドイツ,スイスで過ごし,'95年イリノイ工科大学建築学科卒業,'97年プリンストン大学数学部講師に就任。'99年バウハウス大学建築学科修士課程終了。2003年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程を修了,日本宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部宇宙構造物工学研究室講師を経て,現在,東京大学大学院工学系研究科建築学専攻助教,エール大学客員教授などを務める。2001年NASAジョンソンスペースセンター宇宙構造・材料系客員研究員として宇宙飛行士プログラムを終了,2004年トルコ人初宇宙飛行士候補に選ばれる。宇宙エレベーター計画など,宇宙構造物に関する研究開発により,U.S Technology Award,ケンブリッジ大学物理賞及びAmerican Medal of Honorを受賞。現在は先端技術を応用し,インフラに依存しないで暮せる空間技術(INFRA-FREE LIFE)を開発,研究している。


前田邦宏(まえだくにひろ)

株式会社関心空間 代表取締役。1967年兵庫県宝塚生まれ。1990年より公共機関や企業向けデジタルコンテンツの企画制作ディレクションに従事。1998年ユニークアイディ設立(現:株式会社関心空間)。2001年クチコミ情報コミュニティサイト「関心空間」を発表。同年に関心空間エンジンを利用したASP事業を,また2005年よりメディア事業を開始。

受賞歴:
2002年10月「関心空間」にてグッドデザイン賞新領域デザイン部門入賞。
2005年9月日本広告主協会WebクリエーションアウォードWeb人賞受賞。

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