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クローズアップ2009:関門海峡事故 「助言」か「指示」か 7管と韓国側対立

 ◇「左側を追い越してください」…従ったら衝突

 海上自衛隊の護衛艦「くらま」(5200トン)と韓国船籍のコンテナ船「カリナスター」(7401トン)の衝突事故は、関門海峡などの「狭水道」での危険性を改めて示した。事故原因については第7管区海上保安本部に所属する機関「関門海峡海上交通センター」から韓国船への「助言」を巡り、7管と韓国側の見解が対立。海保や運輸安全委員会の判断が注目される。【木村哲人、長谷川豊、樋岡徹也、西脇真一】

 10月27日夜の事故直前、海上交通センターの管制官は韓国船に対し、低速のため接近していた前方のパナマ船籍の貨物船(9046トン)を追い越すよう「助言」した。現場は右側通行がルールで、助言に従い左側から追い越そうとした韓国船が、左前方から対向してきた護衛艦と衝突した。

 助言について7管は「権限がないので『指示』ではない。船には従う義務もない」と説明。「レーダーに映らない小舟もあり、追い越しの是非やタイミングは最終的に船長が判断すべきだ」とし、管制官の過失の有無については「捜査の中で明らかになる」と話す。

 これに対し、カリナスターを所有する南星海運は、船長からの報告を基に「右側から追い越そうと針路を変えたが、左側から追い越すよう管制官から『指示』され、従ったら事故に遭った」と主張。「船長は韓日航路で20年以上の経験があるベテラン。(当局の)調査を待つしかないが、我々としては船長の報告を信じている」と語る。

 7管が「指示」ではなく「助言」とする根拠は、来年7月までに施行される海上交通安全法と港則法の改正。改正で「助言」は「勧告」に強化され、従わないと罰則はないものの、船舶側は民事訴訟になった場合などに重い責任を負う可能性がある。センターの現在の「助言」に拘束力がないことを裏付ける。

 とは言え、助言については7管自身が「事故の一因になったことは否定しない」との立場。また、韓国船の前方にいた貨物船がルール通りの右側ではなく中央部を航行していた疑いも浮上。海保の捜査や運輸安全委員会の調査では、事故当時の正確な状況の解明とともに、助言を巡る判断が焦点となりそうだ。

 一方、護衛艦の見張り態勢は「狭い海峡を通るため総員(296人)で配置についた」とされる一方、「警笛は鳴らさなかった」(北沢俊美防衛相)。今後の調べでは、衝突回避措置を巡る落ち度の有無がポイントとなる。

 衝突後の大破・炎上について海自幹部は「接近戦を想定せず、高速性重視で艦首も軽量・鋭角化し、衝撃に強くない」と語った。

 ◇狭い航路、速い潮流 難所、東京湾や伊勢湾にも

 事故現場となった山口県下関市と北九州市を隔てる関門海峡は1日に600隻を超す船舶が行き交う交通の要衝。幅約500~1200メートルの狭い航路が27キロにわたって続く「難所」でもある。中でも衝突場所で関門橋東側の「早鞆(はやとも)の瀬戸」は可航幅が約500メートルと最も狭い。しかも、東西どちらへ向かう船も「圧流」と呼ばれる潮流で、下関側へ押し流される傾向がある。関門海峡では平成に入ってから昨年まで、年平均19・4隻が衝突事故に遭った。04年は39隻、05年も40隻に上る。

 関門海峡のように、地形が複雑なうえ航路に余裕がなく、船舶が航行に緊張を強いられる「狭水道」は日本沿岸に数多く分布する。同海峡のほか、特に大きな都市を後背地に抱える東京湾や伊勢湾、瀬戸内海は航行する船舶が多く、そうした海域での事故は全海難事故の4割を占める。

 海難審判所(旧海難審判庁)によると、02~06年に海難審判で裁決が言い渡された狭水道の貨物・油送・旅客船の海難事故は504件。発生海域別にみると関門海峡が43件、東京湾が20件。大小700の島々がある瀬戸内海は備後灘-安芸灘で124件、伊予灘-周防灘で99件にも上る。

 狭水道の特徴は、速くて流れが変わりやすい潮流だ。日本船主協会海務部課長でLNG(液化天然ガス)船の船長経験がある山内章裕さんは「狭水道に入る時には、操舵(そうだ)を手動に切り替え、ブリッジの見張りも増やして急変に備える」と話す。

 増える一方の外国船の事故も目立ち、06年に発生した主要な海難事故30件のうち14件は外国船が関係していた。東京海洋大学の竹本孝弘教授(海事システム工学)は「正確な海図を持ち合わせず航法ルールを知らない外国船も報告されている。関門海峡を通過するには1万トン未満の船は水先人を乗せる義務はないが、外国船に対してはもう少し規制を強化してもよいのではないか」と指摘した。

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 ■ことば

 ◇海上交通センター

 海難事故の未然防止のため東京湾▽伊勢湾▽名古屋港▽大阪湾▽備讃瀬戸▽来島海峡▽関門海峡--の7カ所に設置された海上保安庁の機関。通行船舶に対し、レーダーなどで確認した他船の動向や海流などの情報を提供するとともに、視界不良時の航路制限など管制業務を行う。

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 ■衝突直後までの4分間の通信内容

センター→貨物船「C号(韓国船)が接近している。注意してください」(図<1>)

貨物船→センター「了解。左側を追い越させます」

センター→貨物船「航路の中央付近を航行しているので右側に寄ってください」

貨物船→センター「了解。右に避けます」

センター→韓国船「貨物船が右側に移っています。左側を追い越してください」「前方に自衛艦が接近しているので注意してください」

韓国船→センター「了解。左側から追い抜きます」

センター→韓国船「カリナスター、注意してください。注意してください」

センター→韓国船「カリナスター、カリナスター」

護衛艦→センター「関門マーチス(センター無線局の呼び名)、こちら自衛艦くらま」

センター→護衛艦「C号が貴船に異常に接近しているようです。避けてください」

 …………<午後7時56分、衝突(図<2>)>…………

護衛艦→センター「早鞆(はやとも)の瀬戸で接触しました。(相手船で)火災発生」

 ※センターと護衛艦との会話は日本語、その他は英語

毎日新聞 2009年11月1日 東京朝刊

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