アムニージアック(2001):海外ツアーレポート
RADIOHEAD 2001 TOUR!(2001/06/02)
またも奇跡が起こってしまった。
ライヴの本質が観客とバンドとの間にある強烈なエネルギーの交換にあるとしたら、今回見た2公演はその最も幸福な結実だったといえるだろう。今回2公演ともその国の中心地ではない場所だったため、来ている観客はもちろん熱心なレディオヘッドファンばかり、そういったことも影響しているだろう。しかし、またも彼らはやってくれたのだ。『OKコンピューター』のときのツアーで私達は口々に「最高のバンドの最高の時期に立ち会わせた」と感激したものだが、そんなもんじゃなかった。今、このツアーを経てしまっては、あのときのツアーでは物足りないかもしれない。そう思わせるくらいレディオヘッドはもっと大きなバンドになっていたのだ。1つのバンドがこんなにも色々なことが出来るなんて…その懐の大きさ、その可能性、自由さ、そして何よりバンドを結成して10年余りになろうという彼らがステージ上で生き生きしていたことが、相変わらず全力投球で「この一瞬」に全てを注ぎ込んでいたことが、あの夜の感動を呼んだのだと思う。
会場のスペシャルさも今回のライヴをスペシャルにしていた。7千人を集めた 初日スペインの闘牛場もよかったが(セットの後方にビザンチン建築の教会が見えていた)ツアー2日目の5千人を集めた南仏ヴェゾン・ラ・ロメーヌのローマ式古代劇場の夜は来た人全てにとって忘れられないスペシャルなものになったと思う。葡萄畑を延々と走ったあとに現れた小さな街。その中にある野外の古代劇場。半円状になった石段の座席。その急勾配の下にステージが組まれ、当日の晩は満点の星空となった。ステージが始まったときにはまだ美しい紅い夕焼けが残っていた空(まるで“ピラミッド・ソング"のプロモーション・ビデオのエンディングの空のように…)もステージが進むにつれ、素晴らしい星空へと変わっていった。三日月が客席の後ろに輝いていた。遠くの丘の上にはチケットを買うことが出来なかったファンの人達がまるでピクニックでもしているように座っている。私はテントの中にあるライティングのデスクのところでショウを見ていたのだが、“ハウ・トゥ・ディサピアー・コンプリートリー“になったとき、どうしてもそれをテントの下ではなく、星空の下で聞きたくなり、テントを出ていってしまった。案の定、空の下に響き渡るトムの歌声は、観衆を陶然とさせるくらいのマジックがあったと思う。あれは本当に贅沢な経験だった。
2日とも、機材トラブルも多かったようで、途中何度もメンバーがスタッフに指示をだしている姿が見受けられたし、演奏が止まったこともあったし、音響という面でいったら、この2会場ともよくはなかったと思う。でもそんなことはどうでもよかったのだ。そう思えるほどのエネルギーがバンドから発されていたし、誰も気にしていなかっただろう。同行していた取材記者のK嬢はスペインの会場で気がついたら隣で泣いていた。南仏で合流したパリ在住のカメラマンのDくんは、「今日のステージからは本当に色々なことを感じましたよ」としばらく考えこんでいた。NYからわざわざ駆けつけたNさんは帰りの車の中で「今死んでもいいですよ!最高」と何度も興奮を語っていた。
ショウが終わった後、両日とも幸運なことにメンバー達と会うことが出来た。スペインのときはバックステージでちょっと話をし、さらに彼らのホテルのバーでゆっくり話をする機会があったのだが、相変わらずフレンドリーな人達で、その気さくさにあらためて嬉しくなった。「XXは元気にしてる? ○○は?日本の今はどうなの?」とそれぞれに聞いてくる。スペインのバーでは、プロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチと初めて話をしたのだが、彼もまた非常にフレンドリーな人で、「日本に行きたいなあ、行ったことないんだよ。…でも今仕事が次々入っちゃってね…」といっていた。レディオヘッドのツアー・マネージャーは9年間同じ人がやっている。彼に聞いたところ、レディオヘッドがオン・ア・フライデーではなく,レデイオヘッドという名前にして行った最初のライヴからずっと一緒にやってきているのだそうだ。
実際ツアーのクルーも殆どが3年前のツアーで見かけた顔ばかり。今回感じたことの一つは、「ファミリー」とまでは行かないが、レディオヘッドはスタッフを大事にする。だから彼らの周りは自然付き合いの長いスタッフが多い。そのため、雰囲気はかなり自然体だ。メンバーとクルーの間の距離は近いようだ。周りのスタッフに恵まれている、それもこのバンドが長く成功を続けている要因の一つだろう。
フランスの会場では、ショウが終わった後、楽屋スペースにいったのだが、なぜだかシャンパンがたくさんあり、ジョニーやトムが笑顔でスタッフやゲストにシャンパンを注いでいた。その2メートル先には垣根があって、ファンが外から何とか中をうかがおうと群がっているのだが、1人が「僕はヴェネズエラから来たんだ!サインをください!!」と必死に叫んでいると、ジョニーが「You're kidding!」といいながら、すっとその垣根のところまで行ってサインしてあげていた。スペインよりもこの日の方がメンバー全員とてもリラックスしていて、笑顔が多かったと思う。この南仏ヴェゾン・ラ・ロメーヌは昨年のちょうどこの時期、ライヴが直前の大雨で、中止になってしまった街。そこで今度こそ演奏できた嬉しさからかもしれない。
スペインでは全員、ショウが行われた街ビルバオにあるグッゲンハイム美術館に出かけたとか。現代美術に興味がある彼ららしい。グッゲンハイムではちょうどナム・ジュン・パイク展をやっていたのだが、トムは後で「ナム・ジュン・パイクとフランシス・ベーコンは僕の憧れなんだ」といっていた。トムに「ショウはどうだった?」と聞かれたので、「今日は特別だと思った。この環境もすばらしいね。星空凄かったよ」というと、「へえ、星凄かったんだ。ステージからだと星なんてまったく見えないんだよ。ただ空は青いだけ。一回ステージから身を乗り出して空を覗き込んだんだけど、月しか見えなかった」と。その後しばらく、フランスのスタッフやらクルーやら、マネージャーやらゲストやらが入り交じって和やかに歓談していた。そうこうしているうちに我々の迎えの車が到着。別れを告げると、口々に「日本のみんなによろしくね。秋に日本に行くのを楽しみにしているよ」と語っていた。
好きな音楽を演れる喜び。オンとオフのテンションの見事な切り替え。驚くほどの音楽に対する好奇心。(このときもコリンは日本に異常に詳しく、色々と質問してきた。トムは前座のDJ CHRISTOPHのとき、ステージ袖でずっと真剣に見ていた)レディオヘッドは今、精神的にも充実しているのではないかと強く感じた。昨年ロンドンで『キッドA』を携えての公演を何度か見る機会があったので、行く前には、去年とセットリストはそれほど変わらないだろう、ライヴは絶対いいだろうけれど、驚くことはないだろう、などと思っていた私は結果、その考えをあらためた。今回見たステージでは新曲が本当によかった。昨年よりもこなれているというか…口にするのは難しいが、さらによくなっているのだ。とにかく。
昨年見たときにショックを受け、今回見てさらにショックを受けた身としては、秋の来日公演は前回の『OKコンピューター』のツアー以来というファンの人達には絶対驚くべきショウになると思う。驚きとともに、今迄同様、スゴいのに遠くではなく心のすぐ側で鳴っている…そんなライヴがきっと展開されるだろう。今から秋が楽しみで仕方がない!という気持ちにさせられたライヴ、そして掛け値なく、今私達がこの時代に見られる最高のライヴの1つだと確信させられた今回のライヴだった。