埼玉県と千葉県で男性が相次いで不審死した事件は、警察が現場の矛盾点を見逃さず捜査を始めたケースだった。現場はいずれも室内や車内の「密室」で、死亡経緯を明らかにできる直接証拠を得るのは難しい。しかし、不審死と接点がある東京都豊島区の女(34)の不可解な行動は次々と明らかになっており、ある捜査幹部は「久しぶりに大掛かりな事件だ」と気を引き締める。全容は解明されるのか。
<端緒>
事件の端緒は、埼玉県警と千葉県警がそれぞれつかんだ。
埼玉では8月6日午前7時半ごろ、富士見市針ケ谷2の駐車場に止められたレンタカー内で、東京都千代田区の会社員、大出嘉之さん(当時41歳)が後部座席で死亡しているのが発見された。車内に燃え尽きた練炭と七輪があり、死因は一酸化炭素中毒死だった。
練炭自殺が考えられたが▽ドアが施錠されているのに鍵が見当たらない▽練炭に火をつけたとみられるマッチ棒の燃えかすはあったが、マッチ箱やライターがない--などの不審な点があった。
さらに大出さんは自身のブログで同5日夜から「婚前旅行」に行く予定などを紹介しており、自殺する動機も見当たらないことから、県警は事件に巻き込まれた可能性が高いとみて捜査を始めた。
一方、千葉県警はこの約3カ月前に端緒をつかんでいた。5月15日午後1時ごろ、野田市尾崎の住宅が全焼し、無職、安藤建三さん(当時80歳)の遺体が見つかった。焼け跡から練炭と火鉢が見つかるなど不審な点があり、県警の司法解剖では死因は焼死だったが、遺体から睡眠薬の成分が検出された。
<2県警が捜査>
埼玉県警の捜査で、大出さんの「婚前旅行」の相手は豊島区の女と判明した。大出さんが銀行で引き出した約450万円の所在は分からない。女は県警に「5日夜は私のマンションで手料理のビーフシチューを一緒に食べた。その後出かけたが、けんかになり駐車場で別れた。ショックで自殺したのでは」などと説明したという。
県警が女の口座を調べたところ、複数の男性から多額の入金があることが判明。県警は9月、結婚紹介サイトで知り合った長野、静岡県の男性に「結婚したいが、大学の授業料が納められず困っている」などと持ち掛け、計約320万円をだまし取っていたとして、女を詐欺容疑で逮捕した。10月21日にも長野、埼玉県の男性から計約210万円を詐取しようとしたとして詐欺未遂容疑で再逮捕した。
一方、千葉県警の捜査で、女が安藤さんの口座から現金を引き出していたことが判明。女は「介護ヘルパー」として、死亡当日も安藤さん宅に行っていた。両県警は捜査開始からしばらく後に同じ女の捜査をしていることに気付き、現在は共同捜査態勢を取っている。
<今後の見通し>
今後は女と不審死の関連について、殺人容疑での立件を視野に捜査が進められる見通しだ。中心となるのは、詐欺未遂容疑で女を再逮捕した埼玉県警が捜査している大出さんの事件だ。
▽遺体が見つかる前夜まで一緒にいた▽女が購入した練炭と同じタイプのものが車内から見つかった▽女が処方された睡眠薬と同じ種類の成分が遺体から検出された--など大出さんと女の接点を示す材料も多い。警察当局は詐欺未遂事件の調べの進展を見極めながら慎重に追及のタイミングを計る構えだ。
だが殺人容疑での立件となれば、裁判員裁判の対象となるため、ハードルは決して低くない。ある捜査幹部は「98年の和歌山・毒物カレー事件で殺人罪に問われた林真須美死刑囚が思い出される。容疑を認める供述は望めない可能性もあり、裁判員の心証に響くような状況証拠を積み重ねていくしかない」と話す。
安藤さんの不審死を捜査している千葉県警も、埼玉県警の捜査が一段落すれば女から事情を聴く方針だ。
このほか、女と接点のある男性数人の死亡経緯にも不明な点がある。07年8月には千葉県松戸市の男性(70)が「病死」、今年2月には東京都青梅市の男性(53)が「自殺」しているのが見つかった。松戸の男性は複数回にわたり計約7400万円を女に渡していた。青梅の男性は女と交際していたといい、女の口座に現金を振り込んでいた。死亡したマンションには練炭が燃えた跡があった。この2件については司法解剖も行われず、捜査は難航が予想される。警視庁幹部は「女の供述がカギ。埼玉県警から要請があれば、交際を始めた経緯や練炭の購入先を特定する捜査をすることになるだろう」と話す。
毎日新聞 2009年11月1日 東京朝刊