「宝島30」 1996.1
都内のJRの駅前で待ち合わせ、「駅のそば」の丸井のコーヒーショップへ。買い物客もまばらな、いたってのどかなウィーク・デーの昼下がり。在日米軍のベテラン情報機関員と話をするには、もっとも似つかわしくない間の抜けたシチュエーション――。
温和な表情と物腰。静かな、柔らかい声で、穏やかに、かつ明晰に語る人物だった。にもかかわらず、話を聞く間、肌が粟立つのを私がおさえられなかったのは、彼の話の内容そのものが、私たちのぬるい日常に亀裂をもたらす衝撃力を備えていた空に他ならない。
彼の所属している機関の名称、彼の名前、年齢、肩書き等は一切明かさないという条件でインタビューは行なわれた。したがって、「ピーター・ロバーツ」という名前は仮名であることをお断りしておく。
また、彼の語った話の内容に、私が全面的に同意しているわけではないことも言いそえておく。このインタビューにいささかでも意味があるとすれば、オウムとサリン事件をめぐってどたばたを繰り広げているうちに、知らず知らずに視野狭窄に陥っている私たちを、距離を置いて冷ややかに見すえている<他者のまなざし>のありかを知ること、その一点につきると私は考えている。
――この95年11月には、「早川メモ」にも書かれている通り、オウム真理教は日本に内乱状態を引き起こす大規模な軍事行動計画を立てていたと考えられています。もし仮にこの計画が実現されていたとしたなら、東アジアのパワーバランスにどのような影響を与えていたか、一方の当事者である米軍はその点についてどう分析しているのか、米軍のミリタリー・インテリジェンスの専門家であるあなたにおうかがいしたいと思います。
P ポイントの一つは、韓国国内の状況です。極東地域において一番米軍が多いのは日本と勧告です。93年の段階で日本に約4万4千人、韓国には約4万人の米兵力が駐留しています。韓国の国内で何も起きていない状況で、日本に何事かが起こり、その結果在日米軍がダメージをおった場合は、いちばんサポートに駆けつけやすいのが在韓米軍なのです。仮にオウムが計画通りに大量のサリンをバラまき、東京を壊滅させ、在日米軍にも損害を与えた場合、この在韓米軍が日本の援助に駆けつけることになる。そうなると、韓国国内の兵力がバキューム(真空)化するわけです。それにともなって北朝鮮が軍事行動を起こすことは、充分に予測が可能なシナリオです。
――米軍としてはやはり、朝鮮半島の状況にどんな影響を与えるかという点に関心の焦点があるわけですね。
P その通りです。東京の上空からサリンを散布するというオウムの計画が実行に移されていたら、朝鮮半島の状況に重大な影響を与えていた恐れがあると、我々は考えています。
これから申し上げることは、既に一部で発表されていることなのですが、約63万人の韓国軍の2倍近い約112万人の兵力を誇る北朝鮮軍が本格的な攻撃を仕掛けてきた場合、韓国軍と在韓米軍の防衛力のみでは48時間から72時間しかもちません。外部からの援護がないと、それ以上はもたない。ここでキーポイントとなるのが後方の在日米軍基地なのです。特に重要なのは、極東におけるすべての物資の輸送のキーステーションとなっている横太吉です。フィリピンのクラーク基地が91年11月に返還されて以後は、この横田基地が極東全域にわたるキーステーションの役割を果たしており、朝鮮半島で有事の際には、ここが後方支援の最も重要なポイントとなるわけです。もしもオウム真理教の計画が実行に移されていた場合、東京都の西部地区に位置し、都心から最も近いこの横田基地も攻撃対象に含まれていた可能性がある。我々の観点からみれば、これが最も脅威となるわけです。物資輸送の要が機能停止に陥れば、継続的な作戦行動が不能になりますから。
――サリンを大量にまかれ、都心が壊滅状態に陥って、日本の社会システムが完全にシステムダウンしてしまったときに、在日米軍はどれだけの影響を受けるのか。また、そのダメージから回復して本来の機能を取り戻すためにはどれだけの時間を要するのですか。
P もし仮にサリン攻撃などによって奇襲を受け、人的損害がある程度出たとしても、施設が無事な場合は、48時間以内には活動が可能な体制にまでもっていくことができるでしょう。完全な回復までには96時間から120時間で可能だと考えられます。おそらくサリン攻撃のみの場合、在日米軍は決定的なダメージを負うことはありえないでしょう。米軍の場合は、化学兵器に対処する訓練を常に積んでいて、攻撃を受けたら直ちに対応する体制が整えられています。在日米軍には、全員にいきわたるだけの化学防護服その他の装備が備えられており、特に毒ガスが実際に使用された湾岸戦争以後は、化学兵器に対応する装備、訓練の一層の充実をはかってきましたから。
しかし、その機能をどう活用するかということに関しては、非常に大きな問題が生じます。特に日本国内の内乱の鎮圧に、米軍が一定の役割を果たすことが可能か、という点ではかなり疑問があります。内乱鎮圧の援助に関しては、日本政府の要請がないとできないわけですから、政府の機能が失われているときに、その代わりをどこに求めるかがまず第一の問題となります。日本国内で暫定政権が作られれば問題はあまりないですが、仮にそれも望めないといったときは非常に難しい。
しかし、ダメージが都心のみであった場合ならば、現在の日本の警察と自衛隊組織によって、内乱の鎮圧はかなりの程度、可能であろうと思います。防衛庁と警察の中枢が叩かれていたとしても、全国各地にある自衛隊のその他の基地は無事でしょうし、警察庁が壊滅していたとしても各県警は残りますから。特に日本の場合、警察組織は自衛隊以上に強力ですからね。もし自衛隊および警察の力では鎮圧が難しいということになり、しかるべき手続きで要請があった場合のみ、米軍が動くことになると思います。
我々が最も懸念しているのは、先ほども言った通り、朝鮮半島への状況への影響です。金日成がつくりあげた独裁体制は、もう危機的な限界に近づいています。体制の危機を打開するために北朝鮮が冒険主義的な行動に出る可能性は、非常に高い。
捏造されたものであるにせよ、金日成という人物には、北朝鮮を日本から解放したという「神話」の権威がありました。しかし金正日は、そうした権威もカリスマ性も帯びていないわけです。もし、仮に大規模な軍事行動を起こし、その賭けに成功することがあれば、彼は父親のカリスマ性を上回ることができるでしょう。そういう意味で彼は、南進への誘惑をあきらめきれない、強い個人的動機を抱いていると我々はみています。
先ほども言いましたように、もし北が本格的な軍事行動に出た場合、現在の在韓米軍および韓国軍には、その侵攻を阻止する能力はありません。短期間でいったん韓国は北朝鮮軍に占領されることになります。これは軍事的な常識です。しかし、北朝鮮軍の場合、その占領を維持する軍備力および経済力に決定的に欠けており、米軍が本格的に奪回行動に出た場合、韓国の領土のほとんどを奪回することは可能です。これも常識です。
そのため、北朝鮮が韓国へ侵攻する場合、その作戦を成功させるためには電撃的な奇襲攻撃を行ない、占領後、ただちに和平交渉に持ち込むしかない。それまでの一連のプロセスを、一週間以内にやり遂げなければなりません。したがって北がもし勝利を収めようとする場合は、米国が和平交渉に臨まざるをえないような状況を作り出すこと、その一点にかかっています。
北朝鮮にとって一番望ましいのは、有事の際に後方基地となる日本を叩くこと、日本国内に巨大な混乱を引き起こし、米国および米軍が、韓国の奪回をあきらめざるをえないようにすることでした。戦略をシミュレーションすれば、それが最も有効であることは間違いのないことですが、しかし、今まではあくまで机上の理論的モデルにすぎませんでした。というのは、日本ほど政治的にも経済的にも安定していて、混乱に陥る可能性が少ない国はまずないからです。
おわかりでしょうか。そういう意味で、我々はオウムの存在と彼らの引き起こした事件、そして彼らが企てていた軍事計画に非常に大きなショックと危機感を覚えているわけです。実際、地下鉄サリン事件が起こったとき、在日米軍内部ではこれは北朝鮮のテロではないか、何か軍事行動を朝鮮半島で起こすための陽動作戦ではないのかと、緊張が走ったものでした。
そうでないとわかって一時は胸をなで下ろしたわけですが、その後、オウム真理教が大規模な武装計画を進めていたことが判明するにつれ、我々も大急ぎで真剣な調査を開始したのです。正直に言いまして、それまでオウム真理教はノーマークでした。
――北朝鮮とオウムとの間に、強い結びつきがあったことをあなた方は想定しておられるようですが、はたしてそれは本当かどうか、確たる証拠や情報をお持ちなんですか。
P 麻原、あるいはオウムの幹部立ちが実際、何を考えてどう行動してきたか、まだ不明点も多い。また彼らが北朝鮮とどういう関係にあったか、どこまで約束できていたかも、現時点でははっきりと断定することは出来ません。しかし、北朝鮮とオウムとの間には強い結びつきがおそらくあっただろうと我々は推測しています。日本にオウム帝国を作るときには北が援助する、といってオウムを巻き込んだのではないか、また、そういうやり取りがあったと考えなければ、麻原とオウムはあそこまでの軍事計画を準備することはありえなかっただろうと我々はみています。
――視点を変えての質問になりますが、軍事の専門家として、あなたはオウムの「11月戦争」計画をどのように評価しますか。
P その目的次第ですね。サリンをまいて、単に混乱を起こすだけの計画だったのか、それともその後に日本を永続的に支配しようという目的意識があったのか。前者であれば、これは問題外です。話にならない。もし後者であれば、その軍事計画は、東京の中枢を破壊することのみに焦点が置かれていて、それ以外のことが非常に手薄です。日本の場合、政府の中枢を壊滅させても、東京以外にかなり多くの政府機関が分散して存在していますし、先ほども言ったように、警察や自衛隊の組織も温存されているわけです。それをどう制圧するかという具体的な方法は何も考えられていないし、具体的な準備はおろか検討した形跡すら見当たらない。あまりにも不自然すぎる。<最初の一撃>以後、日本の中枢機能をどう支配するかということはまったく考えられていないわけですから、オウムだけの行動であったとするなら中途半端であり、まったく無謀であったと評価せざるをえないでしょう。
しかし、オウム耽読の作戦ではなく、外部の勢力と連携し、大きな戦略の一部として日本に一時的に混乱状態を引き起こすことを目的としていたのだと考えるならば、成功率の高いきわめて有効な作戦計画だと評価できると思います。
――その「外部」というのが、北朝鮮であると、あなた方は考えているわけですね。
P はっきり言えば、そういうことになります。北朝鮮の思惑はともかく、オウムが期待していたのは、北朝鮮の軍事行動ではないか。それ以外にはやりようがないわけです。自分たちの軍事力だけでは日本を制圧し、支配するのは不可能ですから。――オウムと北朝鮮との関係となると、まっさきに思い出されるのは、オウム幹部の早川紀代秀が北朝鮮に17回渡航しているという報道です。しかし彼が北朝鮮でどんな行動をとっていたのか、いまだに不明です。あなた方は、オウムと北朝鮮とをつなぐ早川という男の足取りについて何か情報を得ることはできましたか。
P 情報が足りないという点では我々も同じです。北朝鮮に関しては、米軍は常に情報収集の努力を続けていますが、しかし北の情報は世界のどの国の情報よりも一番入手が難しい。今申し上げられるのは、米軍の情報機関のジャパン・デスクは、オウム真理教問題に関連して、北の動向およびその両者の関係について重大な関心を抱いており、全力で調査中ということです。それだけは明言できます。
――確実な証拠を自分が手にしていない段階で、あなた方の推理のすべてを鵜呑みにすることは私たちにはできません。オウムのハルマゲドン計画に北朝鮮が関与していれば、オウムと無関係の在日朝鮮人の人たちへの差別や偏見が激化しかねない。正直言って、困惑を覚えます。
P あなたの言われる懸念は、よくわかります。しかし、私としては誠実に事実を述べることしかできません。私は朝鮮人が危険な民族だなどと主張して、日本人と朝鮮人との民族対立を煽っているわけではありません。日本も危険なオウムを生み出したでしょう。北朝鮮に関しても、現在の独裁政権が危険なのだと指摘しているだけです。
――おっしゃることはわかりました。改めて念を押しますが、あなた方、米軍情報機関の分析によれば、オウムは北朝鮮との緊密な関係にもとづいて、ハルマゲドン計画を推し進めた疑いが濃厚である、ということなのですね。
P そういういことになりますね。たとえば、麻原彰晃が90年2月の選挙に出て落選し、資金面で一番苦労していた時代に、オウムは土地の売買に手をつけ始めています。そのあたりの段階から外部の資金が入ったのではないかと我々はみています。たしかにこの時期、かなりの数の出家者を生んでいますが、計算してみたところ、どうしても帳尻が合わない。外部からの資金があったと考えられること、そしていくつかの傍証によって、そのスポンサーが北朝鮮につながる日本国内の某団体であったのではないかと思われるフシがある。
北朝鮮サイドの動向はともかくとして、オウムだけを見ても、これだけのことがいえると思います。ある時点から、それまでは非常に乱雑で行き当たりばったりであった教団の行動が、一定の方向性を帯びてくるのです。それを見る限り、自分たちの意志だけで行動していた可能性は低いと思えますね。何らかの外部勢力との共同作戦に入ったのか、あるいは外部からの指令に従うようになったのか、そのどちらかだと思います。その時期が、先ほど申し上げました選挙直後の時期だと思います。九州の熊本の波野村にコミュニティを作ろうとして地元と軋轢を起こし(90年8月13日には両者が衝突、機動隊100人が出動するに至った)、また山梨で本格的にサティアンの設営を開始して(実際には89年12月末に既に上九一色村で事務所などを建設しはじめている)、さまざまな工業用機械を揃えはじめた。また、早川がロシアへ初めて渡航したのは91年12月で、その翌年の92年には麻原は終末予言に関してはっきりとした日付を示しはじめました。すべてが一つの目的、すなわちハルマゲドン計画に向かって突き進みはじめたことを表しています。
とくに重要なのは、麻原彰晃が「ハルマゲドンはいつ起こるか」について具体的な時期を言いはじめた点です。というのは、それまで麻原は抽象的なハルマゲドンについては語っても、具体的な日付については言ってこなかったのです。ハルマゲドンが来ると言って人々に恐怖感を与え、それを利用して洗脳するということを彼は行なってきましたが、この場合、ハルマゲドンは抽象的なままにおいておいたほうが都合がいいわけです。信者の獲得と教勢の拡大のためだけに終末予言を用いるならば、日付はボカしておいたほうが得策であったのは言うまでもありません。しかし彼は、突然ある時期から具体的な日付を言い出しはじめた。そしてその時期と早川が北朝鮮へ行きはじめた時期はほぼ一致するのです。おそらくはその時期から北の指示なり、向こうの意向を汲んで具体的な日付を言いはじめたのではないかと我々はみています。
――あくまで仮定の話であるという留保をつけた上で、ひとまず北朝鮮とオウムとの間に何らかの関係があるという、あなた方の想定に立って考えてみましょう。その場合、オウムが引き起こそうとした「11月戦争」、つまりハルマゲドン計画については、三つのヴァリアントを考えることができると思います。
第一は、北朝鮮とオウムは深い関係にあり、「11月戦争」計画にも北が深く関与していたというもの。
第二、北朝鮮とオウム真理教の間には一定程度のコンタクトはあったが、「11月戦争」計画はあくまでオウムが独自に進めていたもので、北はその情報を入手はしていても計画的に荷担はしていなかったというもの。
第三、オウムの「11月戦争」計画に北朝鮮はまったく無関係であり、関与もせず、情報も得ていなかった。
この三つのヴァリアントに大別できると思うのです。あなた方は、この三つのうち、どの可能性が高いとお考えですか。
P 重要なことは、仮に三番目が正しいとしても、「11月戦争」計画が実行されていれば、その機に乗じて北朝鮮が行動を起こすことは可能であるという事実です。
もっとも、あなたが言われる第一のシナリオ、つまりオウムが北朝鮮の完全な指令下にあったということは、私は、たぶんないだろうと思います。おそらくオウムは一応は独立した組織でありながら、外部に支援を期待し、その影響下にあったというのが一番可能性が高いのではないでしょうか。
仮にそうだとしても、オウムが計画を実行したとき、どのような見返りを北朝鮮から約束されていたかが非常に興味深い。というのは、北朝鮮が必ずしもオウムに援助を与えていたかどうかは疑問だからです。オウムは北朝鮮に利用されて、使い捨てにされる恐れが高かったのではないかと推測できます。
シミュレーションしてみましょう。日本国内で、例えばサリンなどによって巨大なカタストロフを引き起こす。その後、北朝鮮は南に侵攻し、電撃的に韓国の占領を完了する。そして直ちに停戦を主張し、もし米国が応じなければ、その段階で日本へ攻撃を加える。しかし、和平が成立するならば、日本への攻撃は取りやめる、と主張するでしょう。すなわち、この場合、韓国と日本は北朝鮮軍および米軍の交渉のカードとなるわけです。
アメリカはおそらく、この取引に応じざるをえないでしょう。アメリカはその場合、韓国を放棄します。そして、日本の復興に全力を傾注するほうを選びとるでしょう。
アメリカは、日本だけは譲るわけにはいきません。技術的、経済的にアメリカは日本に大きく依存しているからです。たとえばハイテクです。民政だけでなく軍事の分野においても、アメリカは日本のハイテクに大きく依存しているのであり、もし日本が占領されて、日本の経済力と技術力を失うと大変な痛手を負うことになります。したがって、もし北が日本をカードに使って、そうした条件を提示してきた場合、アメリカは日本が完全に自分の陣営に残るのであれば、それをのむ確率は非常に高いということです。
また別の側面からみると、これは実はアメリカにとってデメリットばかりでない。最近、日本はアメリカの言うことを聞かなくなっている。しかし、こうしたことが起これば、アメリカの日本に対する支配力は確実に増しますから、悪いことばかりではない、ともいえるわけです。
そうしたアメリカの思惑まで見透かして、北朝鮮が条件を提示し、交渉に臨んだ場合、米国が同意する可能性は非常に高いということができます。
――非常にショッキングなお話です。朝鮮半島で扮そうが勃発した場合、米国および米軍が韓国を放棄するというシナリオを、選択肢のひとつとして想定しているということ自体、思いもよりませんでした。正直に言えば、にわかには信じられない。本当に米国が韓国を見捨てるなどということがありえるのですか。
P もちろん、ありえますよ。あくまで北朝鮮の韓国への侵攻と同時に、日本が大きなダメージを負った場合のことですが。その場合、韓国を奪回するよりは日本の機能を回復するほうが、米国にとってははるかに戦略的に重要になりますから。特に冷戦が終結して、ロシアの驚異が薄らいだため、軍事拠点としての韓国の重要性は落ちています。ですから中国・ロシアに対する牽制という意味で韓国を維持するよりも、そこは切り捨ててでも、自分たちにとって死活問題となる日本の経済的な復旧に全力をつくすという結論になってしまうだろうと思いますね。
こういうことを言うと韓国の方々は大変心証を害されると思いますが、しかしあえて本当のことを申し上げますと、ダメージを受けたとしても、日本ならば早期の回復が可能と考えられます。我々の分析では、オウムが考えていた作戦を現実に実行したとして、日本の中枢がほとんど破壊されるという大変なダメージを受けたとしても、ファンダメンタルが充実している日本は、その国力を5年から10年で回復できるでしょう。しかし韓国が北朝鮮に蹂躙された場合、その後、米国が再上陸して奪還したとしても、全土は戦場となり、その時のダメージはかつての朝鮮戦争の比ではない。韓国全土の都市機能は完全に破壊されることが予想され、現在の韓国の水準まで引き戻すためには、最低でも20年間という時間と、膨大な資金を必要とするでしょう。
――感傷的といわれそうですが、あなたの話を聞きながら、韓国の友人たち、そして日本国内の在日韓国・朝鮮人の友人・知人の顔が思い浮かび、胸がひどく痛む思いです……。
話を続けましょう。オウムが核に関心を寄せていました。彼らがハルマゲドン計画の仕上げとして核の使用、ないしは大国を巻き込んで核戦争を引き起こすことを考えていたのは、ほぼ間違いないと思われます。あまりにも突飛な話になってしまうのですが、仮に戦争が起こったとして、それがオウムの人間が「期待」していたような核戦争にまでエスカレートする可能性はありえたのでしょうか。
P 北朝鮮の現在の技術レベルでは、核融合までは可能だと考えられますが、核ミサイルを製造して飛ばすのはまだ無理だとみられています。北朝鮮が核を使うのであれば、小型の核爆弾を設置してリモコンで作動させることしかできないだろうし、その方法であれば現実に可能であると思われます。北が核爆弾を三つしかければ、そのうちの一つは爆発するでしょう。また、複数の核爆弾を同時に設置する、それだけのプルトニウムを彼らは持っています。
また、技術ということでいえば、湾岸戦争後、旧ソ連の科学技術者たちが92年から93年にかけて、イラク経由で大量に北朝鮮に入国していることが確認されています。湾岸戦争のダメージでイラクはかなり軍事力が落ちました。失われた兵器を補填するために、北朝鮮からかなりの数の武器を輸入し、その見返りとしてイラクから北朝鮮に核技術の顧問団が送り込まれたというわけです。おそらく50人未満だと思いますが、それだけの核技術者が北には存在します。
――あなたが言うのが本当だとして、リモコンが高く爆弾はいったいどこに仕掛ける可能性が高いのか、またそれによって、どんな効果を狙いうるのでしょうか。
P 北朝鮮が核爆弾をしかけるとするならば、韓国内部で使われることはまずないでしょう。占領後の統治が難しくなりますし、また、損害があまりにも大きすぎるので、メリットもなくなってしまいますから。仮に仕掛けるとすれば、日本国内で、それも軍事拠点を叩くことを狙いとするでしょう。
日本国内であれば、自衛隊と在日米軍基地に仕掛けると思います。特に輸送能力のあるところを徹底的に叩こうとするでしょうから、そうなると横田、小松、百里基地、それに佐世保港、横須賀港あたりでしょうか。米海軍と海自、米空軍と空自の輸送拠点がそろっている所を狙うことになると思います。
――基地周辺はガードが堅いはずですし、核爆弾を仕掛けることなどというが本当に可能なのでしょうか。
P 通常の爆弾であれば基地内に仕掛けなければ大きな効果はありませんが、そこは核爆弾ですから、なにも基地内に仕掛ける必要はない。基地の周辺に仕掛けて、その町もろとも吹き飛ばしてしまえばいい。したがって、いくら基地を厳重にガードしていたとしても防ぎようがないわけです。
――あなたは淡々と、とてつもない話をおっしゃるが、そんな作戦は日本国内で本当に可能なのでしょうか。警察だけでなく税関や海上保安庁など、日本の安全保障システムすべてを考慮に入れたとき、そうした作戦が可能かどうか……。
P 充分可能だと思っています。日本海側は警備が手薄ですし、長くのびた海岸線のどこからでも小型船舶で物資を運び込むことはいくらでも可能です。核爆弾といってもそう大きなものではありませんし、先ほども言ったように、その製造と仕掛けに関しては技術的に充分可能です。ひとことで言えば、意志さえあれば可能なんです。
――たしかに拳銃をはじめとする武器類や麻薬が、これだけ日本国内に日常的に持ち込まれているわけですし、意志さえあれば持ち込みが可能だというあなたの言葉に反論できる根拠は、ちょっと見あたりませんが……。要するに、核が用いられるという危険性についていえば、みなさんの分析や見解ではそれは充分に可能だということになるわけですね。
P もちろんです。我々は核が実際に使用される状況を常に念頭においておりますし、今回のケースでもそうした状況を想定した上での分析を行なってきています。オウムが、ハルマゲドンというときに、核が使用される状況までを視野に収めていたことは否定しようがありません。
――暗然とするほかはないですね……。気を取り直して質問しますが、もし、オウムの計画が実行に移されていたときに、何らかの形で核兵器も併用されていたといたら、その後はどんな展開になっていたでしょうか。
P 仮に核爆弾が日本国内の自衛隊および軍事施設に対して使用された場合、人的損害だけでなく施設に重大な損害が生じますから、私が先ほど言った、サリンのみが使用されたときの想定シナリオと違って、48時間で機能を回復することは不可能になります。
さて、これから先どうなるか。この場合、二通りのシナリオが、まず考えられます。
まず第一が、北朝鮮が核兵器を用いたとはっきり証明される場合。これは日本および在日米軍が他国から武力によって攻撃を仕掛けられたケースに相当しますから、日米安保条約にもとづき、一連の手続きを経た上で本土の米軍が、ただちに軍事行動を起こすことが可能となるわけです。
第二のケースは、何者が破壊活動を行なったか特定できない場合です。この場合はあくまで日本国内の内乱ということになります。米国および米軍としては、動きがとれなくなるわけです。たとえ米軍が攻撃されたとしても、攻撃したのが何者であるかというのが特定されなければ、その後の行動は軽々には起こせません。日本の内乱によって駐留している米軍が被害を被るというのは、日本に駐留していることそれ自体に潜むリスクなわけですから、米軍もそうした攻撃に対して直接的な報復行動に出ることはできません。日本国内において、日本人の集団によって内乱が引き起こされ、その過程で米軍がダメージを負った場合は、やはり日本政府が自力で責任をもってその内乱を鎮圧することをまず期待し、それが不可能な場合、しかも日本政府からの正式な出動要請があったときに限り、出動が可能となる。そういう手順を踏むことが必要になるわけです。
――とすると、あなたの言われる通りであるならば、ますますサリン+核爆弾の先制攻撃は有効である、ということになってしまいますね。日本の中枢を壊滅させ、在日米軍を機能停止に追い込むことができて、しかも米国本国は介入をためらわざるをえない。一石二鳥ということになってしまう……。
P 北朝鮮としては自分は手は汚さずに、日本国内の組織に破壊活動をやらせておいて、その混乱に乗じて南進するのがベストです。そのあと和平交渉に持ち込みやすいですからね。そうなれば、金正日は、父親の金日成をもしのぐカリスマ性を獲得して、「朝鮮半島を完全にアメリカ帝国主義から解放した英雄」として君臨することができます。その支配が永続可能かどうかは、また別の話ですが。
――オウムは、その場合、どうなるとお考えですか。
P おそらくは見殺しでしょう。あるいは、オウムにしてみれば、そこまで日本が壊滅状態になっているのであれば、あとは自分たちが日本を支配することが可能と考えていたかもしれません。
もっとも、場合によっては、北朝鮮が北九州から入ってくるシナリオも考えられます。オウムはひとまず関東以北を制圧する。そしてオウムは関東を拠点に西進してゆき、北朝鮮は北九州から東進してゆく。つまり、日本を分けあうというシナリオですね。
しかし、現在の北朝鮮軍の軍事力では、日本全土を制圧し占領することはまず無理です。一部日本に攻撃を加えたとしても、短期的な占領にとどまるでしょう。というのは日本に兵力を大量に投入するということになれば、肝心の朝鮮半島の防衛が困難になりますから。北の占領は一時的なものとなると思います。ただしこれは、中国・ロシアがまったく静観するということを前提としての話です。仮に中国が出てきて、北朝鮮に荷担した場合、北朝鮮はかなり負担が楽になりますから。
――しかし、そうなると、本当に大規模な戦争になってしまいます。もっともオウムとしては、「土屋メモ」にも見られるようにそのレベルにまで戦争が拡大することを想定していたとは思われますが……。
P 大きな戦争になりますね。そうなった場合、米軍も太平洋戦線だけではなくヨーロッパのほうからも兵力を投入せざるをえなくなるでしょう。個人的な見解を言わせていただくなら、そうなった段階での最大の懸念はクリントン大統領がどこまで決断できるか、という点です。クリントン大統領の場合、どちらかというと、厳しい局面を避けて楽な方法を求める傾向が目立ちますから。おそらくスタートで大胆な決断をすることができず、ズルズルと後手後手に回っていく可能性が高いと思います。しかしそうなればなるほど、米軍が攻撃されてから、それに対しての行動の準備が遅くなる可能性が高くなるでしょう。そうなれば、北朝鮮の思惑通りの結果が出てしまう可能性が高くなります。
この段階ではロシアの動向が微妙ですね。なにしろロシアは、漁夫の利を得るのに長けている国ですから。冷戦が終わり、ソ連が崩壊したからといって、ロシアが北海道から日本に入ってくる可能性がまったくなくなったとは我々は考えてはいません。オウムはあれだけロシアに食い込んでいたわけですから、そうしたシナリオを検討していた可能性は、ゼロとはいえません。ロシアはいまだに極東にかなりの兵力を配置しておりますし、また政治的混迷が続いておりますから、見通しがなかなか立たない。ジリノフスキーが大統領の座に就けば、冒険的行動に出る確率はかなり高くなるでしょう。共産党のジュガノフが政権を握れば、これはまず間違いなく、中国や北朝鮮へ再接近してゆくと考えられます。
そもそも、現在のエリツィン政権が極東ロシア軍をどこまでコントロールできているのかがかなり怪しいのです。シベリア方面に配備されている核ミサイルの核弾頭が、本当に存在するのかどうか、モスクワは把握できていないんですよ。ロシアのシベリア方面軍は、旧ソ連時代から、中央から独立した動きをとる傾向がありました。大韓航空機撃墜事件も、モスクワの指示が徹底していなかったことの証でもあります。しかし、今は旧ソ連時代とは比較にならないほどひどい。ですから、現在のロシアが、国としてまとまって出てくる可能性は必ずしも高いとはいえないにせよ、軍の一部が反乱を起こして勝手な行動をとる可能性は逆に高まっており、我々米軍としては考慮に入れておく必要性があります。
いちばん重要なポイントで、かつ判断が難しいのは、中国が動いた場合、自分たちの国境を防衛する活動のみにとどまるのか、それとも北朝鮮および韓国の領土内にも侵攻していくのか、現在の中国の政治的状況からすると、ここが判断の非常に難しいところです。
実際、「中国の支援を受けた北朝鮮軍が北九州および日本海側から上陸し、反乱を起こした極東ロシア軍の一部が北海道に上陸する計画が存在した」という情報があります。これは公安調査庁内部でささやかれているもので、問い合わせましたが、私たちはまだその情報の出所を確認していません。仮にこの情報が事実であったとしたら、米軍の軍事行動はきわめて難しいものになります。
――その場合、オウムが騒ぎ立ててきたように、核兵器による報復、再報復という悪循環によって、第三次世界大戦にまで発展していた可能性はどの程度あったとお考えですか。
P 一連の戦闘は通常兵器によるものとなるでしょう。中国・ロシアが核ミサイルを米本土に打ち込まない限り、米国は核の使用を抑制すると思います。日本国内で核爆弾が仕掛けられた場合でも、戦時には誰が仕掛けたか、特定するのはまず不可能です。ただ、<最初の一撃>の後、表立って中国とロシアが出てきて、日本の暫定政府が米軍に出動を要請した場合、実際問題として、戦域が日本国内だけにとどまるかどうか。我々すべてにとっての真の恐怖は、ここにあります。中国・ロシア・北朝鮮軍を日本国内から追い出し、日本を奪回した段階でも果たして、戦争を終結に持ち込み、和平交渉を可能にすることができるかどうか、非常に難しい。もはや誰も戦争をコントロールすることはできないでしょう。いったん戦端が開かれたら、とまらない可能性は非常に高いと思われます。世界大戦に発展する可能性はきわめて高い。米国とすればそれだけは避けたいところです。
――「日本は危機管理体制がなっていない。そもそもその意識が足りない」と言われていますが、実際、今回私たちが衝撃を受けているのも、たかだか一宗教団体が毒ガス兵器や銃器の密造まで行なっていて、それをずっと警察が見逃したままで早期に摘発することができなかったという事実です。もう半年、強制捜査が遅れれば、壊滅的な大惨事になるところだったわけです。「日本は何と呑気な国なんだろう」と皆さんは衝撃を受けたということはありませんでしたか。
P それは確かにありましたが、それよりもCIAが全然わからなかったことに我々は衝撃を受けていますよ(笑)。先日の上院の公聴会でもCIAはかなりやりだまにあげられていましたからね。CIA側は「いくら自分たちでも、全世界の宗教団体すべてに目を光らせていることはできない」と反論していましたけれども。まあ、彼らとすれば、はっきりとは言明しませんが、日本におけるカウンターパートである公安が、何もしていなかったことに強く不満を抱いているんじゃないですか。「なぜ、もうちょっときちんとやっていてくれなかったんだ」という気持ちを公安に対して抱いているんじゃないでしょうかね。
米軍の関係者の一人として言わせてもらえば、我々にとって驚きだったのは、かなりの数の自衛隊員が入信していて、実際に犯罪に関わっていたという点です。これはショックでしたし、また、考えさせられもしました。
米軍の兵士も、先日の不名誉な少女暴行事件のような犯罪を犯すことがあります。もちろん、こうした犯罪は厳しく罰せられるべきです。しかし私が言いたいのは、オウムに入信した自衛隊員の犯罪は、単なる個人的な欲望にもとづく犯罪ではなく、国家への、あるいは自分の所属している軍隊(自衛隊)への計画的な反逆であるという点です。日米のこの差はどこからくるのか。ひとことで言うなら、結局、入隊時の自衛隊員の意識の差であり、その後の教育の差になるのでしょう。
日本政府の危機管理が甘い、あるいは日本社会全体に危機意識が足りないなどと我々が言うことは、不当な干渉でしょうし、日本人の皆さんにしてみればそれこそ「大きなお世話」でしょう。我々も、日本国内でオウムのような組織が出現することをまったく予期していませんでしたから、大きなことは言えません。しかし、あえて言えば、その後の対応に大きな差があるように思います。米国では議会が公聴会を開き、膨大な報告書を提出し、米国民に対して情報を公開しました。
日本ではどうか。政府と議会は政争の道具に使われた宗教法人法の改正以外には、これといったアクションを何も起こしていません。独自調査も、国民に対する情報公開も行なっていない。これは、「呑気」であるというよりも、現実を直視するのをひたすら避けようとする、逃避としか思えません。
私は日本人に忠告する立場にはありません。私は米国人であり、私のロイヤリティは米国の国益にあります。しかしながら、滞日経験の長い私にとって日本は、いわゆる「第二の故郷」です。私もプロの情報機関の人間であると同時に、一人の人間です。あなたが、韓国人や在日韓国・朝鮮人に対して示したシンパシーと同様の感情を、日本と、日本の友人に抱いています。誰も戦争という悲劇を望んではいない。であるからこそ、シビアな現実を直視し、有効な予防策を講じる必要があるのではありませんか。そう思うからこそ、私はこうして個人的なリスクを冒してお話しした次第です。どう受け取るかは皆さんの自由です。