電気自動車タクシー、規制緩和で普及が加速か
前々回、前回と電気自動車(EV)の技術や市場の動向に関する特集記事の連載を「EVが加速する社会変化」と題して行ってきた。前回取り上げたバスよりもEVの導入・普及が早く進むと考えられる交通機関が、今回のテーマとしたタクシーである。
タクシー業界においては、従来燃費の有利性からガソリンや軽油よりLPGを燃料とするのが一般的である。近年では、より環境に優しい運行を目指して「プリウス」などのハイブリッド車の導入が増えており、国内の主要都市ではプリウスのタクシーを目にすることが珍しくなくなった。エコカー化するタクシーの次のステップは、プラグインハイブリッド車(PHV)や電気自動車となる。
実際、2009年10月の現在までに、新潟県柏崎市、愛媛県松山市、岡山県岡山市で三菱自動車の「i-MiEV」を採用したEVタクシーによる営業運行が開始されている(図1)。
また、来年初めには、東京でも港区の六本木で日本交通がベタープレイス社のバッテリー交換技術を採用したEVタクシーによる実証試験を開始することが明らかとなった(図2)。徐々にではあるが、タクシー業界におけるEV導入が加速しつつある。
今回Electro-to-Auto Forum編集部では、EVタクシーの現状と今後について、運行を開始して約2ヶ月が経過した愛媛県松山市の富士タクシーに取材した。
(大場淳一=テクノアソシエーツ)
貸切などの場合を除くと、定まった路線やルートを定期的に運行するバスと比較して柔軟かつ機動的な運行ができるのがタクシーのメリットである。その反面、車両と運転手を1〜3名程度の乗客が占有するため一般にバスや電車よりも運賃が高い。このため、業界全体として景気の影響を非常に受けやすい。
走行距離や充電インフラの課題に加えてこのような事情もあり、まだ車両価格の高いEVのタクシーへの導入は現在初期の段階にある。しかしながら「EV元年」の今年以降、三菱自工や富士重工、日産自動車など各メーカーからEVが発売されるにしたがって導入例が徐々に増加すると考えられる。このため、現在まだ車両の開発段階にあるEVバスよりもタクシーへのEV導入が早いと予想している。
とは言うものの、3ナンバーのプリウスによるタクシーでさえ敬遠する向きがあるのが現状だ。ゼロエミッションとは言え軽自動車しかまだ存在しないEVが、乗客を運ぶタクシーとして採用される可能性は、少なくとも年内はまずないと記者は考えていた。
ところが、7月になるとi-MiEVを営業用車両として採用するタクシー会社が出てきたということを知り、当方の予想はあっさりと裏切られたのだ(もちろんいい意味で)。それも東京都や神奈川県ではなく、四国は愛媛県の松山である。一体どういうことなのか、と少し調べてみると、EVに限り軽自動車のタクシー事業への導入を認めるという法制度改正が今年6月30日に国土交通省により公示されたことがわかった。
実は、このタクシー車両の保安基準適合性の制度改正を国土交通省に強く働きかけたのが、西日本で初めてEVタクシーを導入した富士タクシーの加藤忠彦社長だ(図3)。加藤社長は、環境問題や福祉社会に向けてタクシー事業を改革するための取り組みを以前から手がけている。
例えば、自転車による移動を応援するために、タクシーで自動車を簡単に運べるようにする器具「サイクルラバーズ」を開発、自社でも自転車搭載サービスを提供するほか、同製品を他のタクシー会社などにも販売する事業も展開している。また、サイクルラバーズを車椅子の運搬にも対応させることで、身体の不自由な乗客の方々にも気軽に外出して頂くことが可能だとしている。
このような取り組みに加えて、地球温暖化など環境への対応を進めるために導入を検討していたのがEVだった。同社は過去にもEV導入を検討したことがあったが、実用性の面で踏み切れなかったという。そんな状況が、今年になって変わった。大容量リチウムイオン電池を搭載し、街中なら本格的な実用走行が可能なi-MiEVの登場だ。
富士タクシーでは、8月からのEVタクシー導入以来、毎日の営業運行データを記録している。その運行データから1kmあたりのコストを比較したのが、図4である。同社では、実車率などを考慮した場合、理論値と実測値のいずれでもLPG車の約25%のコストで営業走行が可能と試算している。
また、EVタクシーの運行形態においてはまだ制限があるものの、大きな問題はないという。同社によれば、現在一台のみのi-MiEVを同社所在地を中心とした松山交通圏に限り予約ベースで運行している。午前8時から午後11時まで営業を行い、夜間に200V単相の電源コンセントで充電を行っている。現在、松山市内に急速充電器は設置されていないが、「10個あれば十分」(加藤社長)とみている。
実際、松山市の面積は400平方キロあまりで、島嶼部を除けば市の端から端まで移動しても大体30〜40km程度である。したがって、駅や港、主要観光地など市内の交通の要所に急速充電器が設置されれば、予約ベースに加えて一般的な付け待ちや、場合によっては流しによる運行さえも可能となりそうだ。
記者も今回の取材時に同社のEVタクシーのお世話になった。車体の小さな軽自動車ということ以外に普通のタクシーとの違いは特に無く、静かで快適に移動ができた(図5)。実際、予約時にEVであることを意識しない乗客だと、乗ったときには「電気自動車であることに気が付かない人もいる」(同社の運転手)という。逆に、環境に良いことから、EVを指定して予約する乗客も徐々に増えつつあるそうだ。
このように松山で順調な滑り出しを見せるEVタクシーの現状をうけ、加藤社長は既に今後のEVタクシーの導入ビジョンを描いている。具体的には「来年には2〜3台をEVに、5年後には同社保有車両の半分を、さらに10年後には全車両をEVにする」(加藤社長)計画だという。
もっとも、現在のEVには課題がまだ多いことも事実だ。車両コストや充電インフラ、一充電走行距離などのEV自体の課題のほか、タクシーならではの問題として加藤社長は、現行車両では高齢者や障害者の乗り降りが困難であることを指摘した。これらの課題については、自動車メーカー各社による今後の改善が期待される。
最後に、EVタクシーの普及のカギを握ると思われるものの一つが、消費者の意識改善、政府や行政側の対応であることを指摘しておきたい。
これまでの取材では、一部の乗客は「プリウスでさえ敬遠し、クラウンやセドリックのような高級車の乗り心地を求める人もまだまだかなり多い」(東京都内のある大手タクシー会社の企画担当者)との指摘もあった。確かに大柄な人や背の高い人だと、ハッチバックや軽自動車では頭が天井に付くといった課題はあるだろう。
しかし、CO2排出量の90年比25%削減という民主党新政権が打ち出した国際公約を達成するには、運輸部門の大幅な電動化が避けられない。一時の乗り心地や便利さ、快適さだけを享受する一方で、CO2をこれまでと同様に排出し続けるという行動が今後いつまで社会的に許容されるかは疑問である。
また、行政側や自治体が今後のEV普及の道筋を検討する場合、政策によって各地のインフラ整備などをどのように進めるかも議論の余地がある。例えば、急速充電器を一台設置する場合、機器の価格と工事費を合わせて数百万円のコストがかかる。
経済力の強い首都圏なら、不景気とはいえ財政にまだ余裕のある大企業や自治体もあり、そのような設備投資負担にも耐える余地がある。また、まとまった額の公的な資金がEV関連の実証試験などの形で投入されるケースも大半は首都圏である。
そういった現状を考えると、松山のように首都圏から遠く離れた地方都市で民間企業がリスクを取って自発的にEVタクシーの運行を開始したような場合に必要となってくるインフラ整備をどうするのか、今後の議論や対応が関係省庁や所轄自治体の急務となるだろう。
ちなみに、米国のニューヨーク市は2012年までに市内タクシーの全車両をハイブリッド車とすることを決定している。プリウスやインサイトなどハイブリッド車が普通のクルマとなり本格普及を始めた現在、タクシーの全車両をEVとする最初の自治体がどこになるのか、興味深いところである。
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