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名作劇場シリーズ:羅生門 _1
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2009/10/28 23:39 [ No.61307 / 61308 ] |
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ある日の暮方の事である。小芋が羅生門の下で雨やみを待っていた。 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。 作者はさっき、「小芋が雨やみを待っていた」と書いた。 しかし、小芋は雨がやんでも、格別どうしようと云う当てはない。ふだんなら、ネットカフェに寄って、迷惑投稿をするのである。ところが、もう身銭が切れていた。泊るところがない。
小芋は、頸をちぢめながら、門のまわりを見まわした。 雨風の患のない、人目にかかる惧のない、一晩楽にねられそうな所があれば、そこでともかくも、夜を明かそうと思ったからである。 すると、幸い門の上の楼へ上る、幅の広い、これも丹を塗った梯子が眼についた。上なら、人がいたにしても、どうせホームレスばかりである。 それから、何分かの後である。羅生門の楼の上へ出る。小芋の眼は、その時、はじめて蹲っている人間を見た。 黄色い服を着た、背の低い、でっぷりとした、茶髪頭の、ゴリラのような産婆である。 その産婆は、左の手に何かのパックを持ち、右の手で何かを食べていた。 小芋は、六分の恐怖と四分の好奇心とに動かされて、暫時は呼吸をするのさえ忘れていた。 旧記の記者の語を借りれば、頭身の毛も太るように感じたのである。 産婆は、食べるのを止めない。時折、差し込む、ネオンの光で、食べているものは何かの生肉だとわかった。 小芋の心からは、恐怖が少しずつ消えて行った。 そうして、それと同時に、この産婆に対するはげしい憎悪が、少しずつ動いて来た。 ――いや、この産婆に対すると云っては、語弊があるかも知れない。 むしろ、あらゆる悪に対する反感が、一分毎に強さを増して来たのである。 この時、誰かがこの小芋に、さっき門の下でこの男が考えていた、饑死をするか盗人になるかと云う問題を、改めて持出したら、恐らく小芋は、何の未練もなく、饑死を選んだ事であろう。 それほど、この男の悪を憎む心は、勢いよく燃え上り出していたのである。 小芋には、勿論、何故産婆が生肉を食べるのかはわからなかった。 従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。 しかし小芋にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、生肉を食べると云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。勿論、小芋は、さっきまで自分が、盗人になる気でいた事なぞは、とうに忘れていたのである。 そこで、小芋は、両足に力を入れて、いきなり、梯子から上へ飛び上った。 そうして懐中電灯を照らしながら、大股に産婆の前へ歩みよった。
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