きょうのコラム「時鐘」 2009年10月28日

 おしぼりを使いながら、「とりあえず、ビール」と声を掛ける。居酒屋での流儀である

この「とりあえず」が、くせものかもしれない。そのままジョッキを重ねるビール党も無論いるが、のどをしめらせた後で焼酎や日本酒に切り替える姿が目立つ。乾杯用飲料になったようなビールである

夏目漱石の小説『吾輩は猫である』は、主人公の猫がビールで酔っぱらい、水がめに落ちて終わる。酔って愉快な気分になりたいと、盗み酒をした。悪酔いは困るが、猫だって憂さを晴らしたくなるのだから、ビールは人生の良き友なのである

もっとも、ビールに盗み酒や独酌は似合わない。仲間と愉快にやってこそ、さわやかな味が楽しめる。ビールの消費量が落ちたのは、そんな酒飲みの流儀が薄れてきたからだろうか。そうだとしたら、まことに味気ない

一仕事を終えてから飲む「とりあえず」ビールは、実においしい。身びいきもあってか、白山の伏流水を使った銘柄は格別だった。やがてそれが飲めなくなる。憂さを晴らすのではなく、そのタネを1つ増やすビールを飲む羽目になるとは、ついぞ思わなかった。