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音律入門
an introduction to tuning and temperaments

概 要:
 ピュタゴラス音律、純正律、中全音律、平均律の基本的性質、数学的定義とその歴史についての概説。また純正律に対する誤解と、古典調律に対する一部古楽関係者の主張について言及。


・目 次

1.ピュタゴラス音律
2.純正律
3.中全音律
4.平均律
5.古典調律への疑問
6.バッハの《平均律》をめぐる疑似音楽学

補遺:セント値の求め方

・関連ページ:平均律の歴史的位置


1.ピュタゴラス音律

Pythagorean Scale / pythagoreische Stimmung

1.1. 2:3の反復

  長短調の7音音階(全音階)や、オクターブに5音しか音階音を持たない五音音階(ペンタトニック)は、完全5度を2:3として繰り返すことにより求めることができる。これは西洋ではピュタゴラス音律と呼ばれ、中国・日本では三分損益法と呼ばれているが基本的な考え方は同じ。

 C→G→d→a→e’(これでドレミソラのペンタトニック)

 C→G→d→a→e’→h’→fis’(これでG durの長音階)

●表1 ピュタゴラス音律ハ長調長音階

C-D
D-E
E-F
F-G
G-A
A-H
H-C
音程比
8:9
8:9
243:256
8:9
8:9
8:9
243:256
セント値
204
204
90
204
204
204
90

計算方法の詳細:pythagorean.pdf

1.2. 旋律には向くが三和音には向かない

 この方法で求められた音階は旋律的には違和感がなく、変化音を含まない場合は問題ない。

 また、この音律では主要な音の間の完全5度が2:3という比率でうなりがないので、完全5度平行のオルガヌムなどの伴奏には適している。しかし3度の積み重ねによる和音、特に主要三和音になるとかなりうなりの多い響きとなり、鍵盤楽器に適用した場合、和声的な音楽には向かない。

 この問題、つまり主要三和音を単純な整数比(うなりがない状態)にするために考案されたのが次の純正律である。

↑目次


2.純正律

Just intonation / reine Stimmung

2.1. 2:3と4:5(5:6)を組み合わせる

  完全5度を2:3、長3度を4:5に取って長音階を、完全5度を2:3、短3度を5:6に取って短音階を得る方法。

 たとえばハ長調の長音階を求めるには、まずFから完全5度を2:3としてc→g→d’を求め、次にF、c、gの各音から上方に長3度を4:5とし、それぞれA、e、hを求める。こうして求めた7音を1オクターブ内に配列することにより、ハ長調の長音階が得られる。

計算方法の詳細:just.pdf

●表2 純正律ハ長調長音階

C-D
D-E
E-F
F-G
G-A
A-H
H-C
音程比
8:9
9:10
15:16
8:9
9:10
8:9
15:16
セント値
204
182
112
204
182
204
112

●表3 純正律イ短調自然短音階

A-H
H-C
C-D
D-E
E-F
F-G
G-A
音程比
8:9
15:16
9:10
8:9
15:16
8:9
9:10
セント値
204
112
182
204
112
204
182

2.2. 主要三和音にはうなりがない

  純正律の長音階の場合、主要三和音であるI,IV,Vの和音は音程比4:5:6となって、うなりのない響きになる。またIII, VIの和音は10:12:15となり、うなりのない響きとなる。訓練を積めば、合唱や合奏でこれに近い響きを出すことも不可能ではない(うなりがない状態にすればよい)。

●表4 純正律長音階の各和音の音程比(構成音はハ長調の場合)

構成音
音程比
I
C-E-G
4:5:6
II
D-F-A
27:32:40
III
E-G-H
10:12:15
IV
F-A-C
4:5:6
V
G-H-D
4:5:6
VI
A-C-E
10:12:15
VII
H-D-F
45:54:64

●表5 純正律自然短音階の各和音の音程比(構成音はイ短調の場合)

構成音
音程比
I
A-C-E
10:12:15
II
H-D-F
135:160:192
III
C-E-G
4:5:6
IV
D-F-A
10:12:15
V
E-G-H
10:12:15
VI
F-A-C
4:5:6
VII
G-H-D
108:135:160

2.3. トレードオフ:引き替えに生じる問題

 しかし純正律では主要三和音を協和させる引き換えに、いくつかの問題点も出くる。たとえば長調のII度の和音レファラ(短三和音)が27:32:40となって、非常にうなりが多くなる。このIIの和音は短三和音だから、本来はIII, VIと同じく10:12:15でなければならないが、純正律では27:32:40となり、根音と第3音の短3度が5:6とならない。

 これがどういう問題を引き起こすかというと、ハ長調に調律した鍵盤楽器ではニ短調が演奏できない、あるいはハ長調からニ短調に転調できないことになる。これでは16世紀以降の音楽の演奏には使えない。そもそも純正律では厳密にいえば平行調への転調さえできない。たとえばハ長調のC-D間は大全音8:9(表2)だが、イ短調のC-D間は小全音9:10(表3)となる。

 また、VIIの和音は減三和音(短3度を2つ重ねる)で、もし5:6の純正短3度を2つ重ねると、この和音は25:30:36になるべきだが、純正律では45:54:60となり、第3音と第5音の短3度が5:6とはならない。

 つまり、もし長音階の各音の上に、長3度はすべて4:5、短3度はすべて5:6となるように三和音を作るとすれば表6のようになるべきなのだが、純正律長音階上のIIとVIIの和音ではそうはならない。7つの和音が表6のようになる調律法は存在しないのである。

●表6 長音階上の理論的な三和音の音程比(構成音はハ長調の場合)

構成音
音程比
和音種別
I
C-E-G
4:5:6
長三和音
II
D-F-A
10:12:15
短三和音
III
E-G-H
10:12:15
短三和音
IV
F-A-C
4:5:6
長三和音
V
G-H-D
4:5:6
長三和音
VI
A-C-E
10:12:15
短三和音
VII
H-D-F
25:30:36
減三和音

2.4. 全音が2種類!、半音が3種類!

 また純正律では8:9(大全音)と9:10(小全音)の2種類の全音が生じることも大きな問題だ。純正律のハ長調で、旋律を演奏するとき、ドレの長2度は8:9(204セント)だが、レミの長2度は9:10(182セント)になる。この差22セントは、耳のよい人は聴けばわかるが、歌であれ管弦楽器であれ、とても区別して演奏できるものではない。

 さらに全音階的半音(短2度)は15:16(112セント)だが、全音が2種類あるため、半音階的半音は以下の2種類が生じる。

・半音階的大半音(大クローマ、小リンマ):
 大全音8:9と全音階的半音15:16の差。128:125(92セント)

・半音階的小半音(小クローマ):
 小全音9:10と全音階的半音15:16の差。24:25(71セント)

2.5. ほんとうに純正律で演奏できるのか

 もし合唱やオケで「自分達は純正律で演奏している」とおっしゃるところがあるなら、筆者としては「長調のII度の和音を27:32:40で演奏されていますか?」あるいは「旋律を演奏するとき、大全音と小全音を区別されていますか?」とお尋ねしたい。

 もし、この答えがYesであるならば「純正律で演奏している」といえるが、そうでないならば、それは「純正律で演奏している」のではなくて、曲の中でのいくつかの重要な箇所での和音を「倍音列に由来する単純な整数比(うなりがない和音)に近似した状態で演奏している」に過ぎない、ということになる。

 ここで「近似した状態」としたのは、人声あるいは管弦楽器では一定の音高を数セントの精度で維持することが困難だからだ。この意味で各種音律が音楽の実践上問題となるのは、オルガン、チェンバロ、ピアノといった音高が厳密に固定されている楽器の場合に限られるといってよいだろう。

【補足2.1】「単純な整数比が美しい」という「思想」

 単純な整数比の音程たとえば4:5の長3度には「うなり」がない。しかし「うなりがない=協和している=美しい」とみなすのは必ずしも聴覚心理学的に妥当とはいえない。この逆に「単純な整数比ではない=うなりがある=協和していない=美しくない」というのも同様。これは「単純な整数比の音程は美しい」あるいは「うなりがない和音は美しい」という(いささか同語反復的な)思想というべきものだ。

 これに関連して「純正」という用語法にも注意が必要だ。2:3の5度を「純正5度」、4:5の長3度を「純正長3度」と呼ぶが、ここでの「純正」とは「倍音列に由来する単純な整数比の音程」という意味で、必ずしもそれが人間の聴覚にとって「最良」あるいは「正しい」音程というわけではない。


【補足2.2】「テンペラメント」の用法

 テンペラメントtemperamentとは、本来は後述の中全音律や平均律のように、なんらかの調整・補正を施した音律・調律法に用いるべき用語。ピュタゴラス音律および純正律は「補正されていない」ので厳密には「テンペラメント」とは呼ばない。一部で純正律を「pure temperament」と表記した例があるが、これは用語法が適切ではない。


 さて、この純正律の欠点を改善するために中全音律が生まれたと考えられている。

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3.中全音律

mean-tone system / mitteltoenige Temperatur

3.1. 5度をごくわずかに狭くして長3度を4:5に

 中全音律(ミーン・トーン)は、完全5度を4回重ねて得られる2オクターブ+長3度(Cを起点とすると、C→G→d→a→e’)が、倍音列に由来する4:5(純正長3度)となるように、4回重ねる完全5度を2:3よりもごくわずか、狭くしたもの。

 2:3の完全5度を4回重ねて得られる長3度64:81と、倍音列に由来する(純正の)長3度4:5の差、80:81(約22セント)をシントニック・コンマと呼ぶ。したがって、中全音律は、完全5度を2:3よりも1/4シントニック・コンマ狭くして音階音を得る方法ということになる。この中全音律の完全5度は1:5^(1/4)[5の4乗根]と定義される。

3.2. 中全音=大全音と小全音の中間の全音

 つまり長3度が4:5となってうなりのない状態になる、というのが中全音律のメリットだった。そしてもうひとつのメリットとして、中全音律では前述の純正律の欠点であった大全音と小全音のかわりに、全音は一種類となる。

 上述のように、中全音律では完全5度を1:5^(1/4)とする。この完全5度を2回重ねて、たとえばC-G-dとしすると、C-d(1オクターブと長2度)は1:5^(1/2)、c-dの長2度は2:5^(1/2)となり、これが中全音(193セント)となる。なぜ、中全音とよばれるかというと、これが純正長3度(4:5)を均等に2分割したもの、つまり大全音と小全音の中間となるからだ。

 別の角度から考えてみよう。大全音(8:9)と小全音(9:10)は、自然倍音列に現れるが、たとえばC-Dを8:9(204セント)、D-Eを9:10(182セント)とすれば、C-Eは8:10=4:5(386セント)となり、純正長3度となる。この純正長3度(386セント)をふたつの等しい全音に分割すると、中全音2:5^(1/2)、193セントが得られる。

3.3. 歴史と変種

 バルトロメオ・ラモス・デ・パレーハBartolomeo Ramos de Parejaは《実践的音楽 Musica practica》(1482)の中で「中全音律が広く鍵盤楽器に用いられている」と述べているので、15世紀にはこの音律が一般化したと考えられる。調律法の実際はアロンP. Aaronが1523年に述べており、このため5度を1/4シントニック・コンマ狭くした中全音律は「アロンの中全音律」と呼ばれることもある。

 この他、完全5度2:3を1/3コンマ狭くして短3度が純正(5:6)になるようにする音律(サリナス)もあれば、1/5コンマ狭くする方法など、変種がいろいろあり、いわゆるヴェルクマイスターやキルンベルガーの音律もこの変種のひとつ、とみなすことができる。たとえば、古典調律の例としてよく見かけるヴェルクマイスターIIIは、2:3の完全5度(ピュタゴラス5度)と、これよりもやや狭い中全音律5度を組み合わせて調律する方法だ。

【補足3.1】「中全音律」の定義

 中全音律(ミーントーン)とは狭義には「完全5度を1/4コンマ狭くした音律」だが、この変種および各種不等分律を含めて広く中全音律と呼ぶ場合もあるので注意が必要。

↑目次


4.平均律(12平均律)

equal temperament / gleichschwebend Temperatur

4.1. オクターブを12等分する

 1オクターブ(音程比1:2)を12の半音に等分する。この平均律の半音は音程比1:2^(1/12)すなわち1:「2の12乗根」となる。この半音が100セントとなる。

●表7 平均律ハ長調長音階

C-D
D-E
E-F
F-G
G-A
A-H
H-C
音程比
1:(2^(1/12))^2
1:(2^(1/12))^2
1:2^(1/12)
1:(2^(1/12))^2
1:(2^(1/12))^2
1:(2^(1/12))^2
1:2^(1/12)
セント値
200
200
100
200
200
200
100

4.2. アリストクセノス:平均律の父

 まず、平均律の考え方は意外に古い歴史がある。古代ギリシャのアリストクセノスは、数比で音程を説明するピュタゴラス派を批判して「音程は聴覚によって判断されなければならない」とし、完全4度を「2全音と1半音」とし、全音を「2半音」と定義している。なお古代ギリシャでは、少なくとも理論的には半音よりも狭い微少音程も論じられており、アリストクセノスは全音を12分割し、3分音と4分音を定義している。

4.3. 初期の試み、または初期の実践

 さてヨーロッパでは前述のピュタゴラス音律の修正という形で平均律的な考え方が現われる。

 グランマテウスHenricus Grammateus (c.1492-1525/26)はピュタゴラス音律の全音(8:9)を等分して半音階的半音を得る方法を述べた。この8:9(204セント)を2分割した半音は102セントとなり、平均律の半音100セントにかなり近似する。なおグランマテウスは全音階的半音(ミ-ファ、シ-ド)にはピュタゴラスの半音243:256=90セントを使用するため、明確に異なる2種類の半音が混在することになる。

【補足4.1】
 ハーモニートレーナー(YAMAHA)を使って、グラマテウスの平均律をセットし、音階、旋律、和音を演奏してみると、102セントの半音と90セントの半音には、予想したほど大きな違いは感じられない。

 またランフランコG.M. Lanfrancoは1533年に「5度を耳が不快と感じない程度狭くし、3度を耐えられる限り広く取る」という調律法を述べている。具体的な数比は示されていないが、これは完全5度を2:3(702セント)よりもわずかに狭く700セントとし、長3度を4:5(386セント)よりもかなり広く400セントとする平均律の調律法と一致する。

 「オクターブを12の等しい半音に分割する」という意味での平均律を数比を用いて記述した最初の例はヴィンチェンツォ・ガリレイで、彼は1581年に、半音を17:18(99セント)とするリュートの調弦法を述べている。1セントの差は累積すればオクターブで12セントの誤差を生じるが実際上はほとんど問題とならない。リュートの開放弦は純正の(あるいは単純な整数比の)完全4度や長3度で調弦されることになっているが、これも数セントの誤差は免れない。したがってこの「半音99セント」の音律は実際上平均律といってよい。

【補足4.2】
 ハーモニートレーナー(YAMAHA)を使って、99セントの半音の平均律をセットし、音階、旋律、和音を演奏してみると(オクターブを1200セントとするため、vii-iの半音のみ、111セントとなる)、特に意識しなければほとんど通常の平均律と同じに感じられる。

 1588年には、特殊な器具を用いて中間比を求めたり、円の直径と、そこからの垂線を用いて中間比を求めてオクターブを12等分する方法が記述されている(ツァルリーノ Zarlino)。これが12平均律の最初の記述例とみなされている。

 そして、1600年頃にはオランダのステフィンSimon Stevinが2^(1/12)つまり「2の12乗根」として12平均律を記述した。彼の計算では半音の比が10000/9438(100.14セント)となっており、実用上充分な精度を持った値といえる。

【補足4.4】平方根を筆算で求める

2の12乗根

2^(1/12)

は、

2の平方根の平方根の立方根

2^(1/12)=2^((1/2)*(1/2)*(1/3))


となる。したがって、平方根と立方根が求められれば「2の12乗根」は求められることになる。そして平方根と立方根は、乗算ができれば(手間はかかるが)求めることができる。たとえば2の平方根Xを求める場合、

1*1=1
2*2=4

したがって、1<X<2、
次に、

1.5*1.5=2.25

したがって、1<X<1.5、
次に、

1.3*1.3=1.69

したがって、1.3<X<1.5、
次に、

1.4*1.4=1.96

したがって、1.4<X<1.5。このように計算を繰り返すことにより、範囲を狭めて近似させていくことができる。手間と根気が必要だが、この方法でも実用的な精度の値を求めることができる(平方根を筆算で求める場合、現在ではより能率的な方法が用いられるが、原理は上述の手順と同じ)。

4.4. 現実的な音律としての平均律

 以上の歴史的記述からすると、早ければ16世紀初頭から、遅くとも16世紀中頃には平均律が理論的に検討されていたといえる。そしておそらくこれらの考察は純理論的な動機からというよりは、当時の音楽の実践面での要求(鍵盤楽器での転調可能性、和声的語彙の拡張、半音階進行の使用)からのもので、実際の鍵盤楽器の調律では、理論化以前に平均律が試みられていた可能性も考えられる。

 したがって、一部の研究者が唱える「対数の概念の存在しない時代には平均律は実現できなかった」という見解は慎重に吟味されなければならない(平方根と立方根が求められれば2の12乗根は求められる)。また「平均律は19世紀以後普及した」というような一般化も誤解を招くといえるだろう(フレスコバルディやフローベルガーがすでに平均律を使っていたとする説もある)。

 おそらくは、ピュタゴラス音律以後、三和音の協和と転調可能性との妥協策としてさまざまな調律法が開拓されて並存したが、ピュタゴラス音律の直接の補正としての12平均律の考えも存在したと考えられる。

【補足4.1】中国の平均律

 中国でも、16世紀末に朱載[土育](しゅさいいく。3文字目は「土」偏に「育」で一文字)によって平均律が理論的に記述されている。朱は「古代の12律は厳密に2:3や3:4を重ねたもの(三分損益法)ではなく、おおよその値を示したもの」との発想から、中国の12律を平均律として記述したらしい(もともと12律そのものが原理的には平均律に相当するといっても過言ではない)。

 彼の計算方法は、まずオクターブを平方根で2等分して増4度(減5度)を得、次いでこれを再び平方根で2等分して増2度(短3度)を得、最後にこれを立方根で3等分して増1度(短2度)を得る、というものだった(4.5、表8参照)。

 これは実際の音楽に適用されることはなかったといわれているが、ヨーロッパの考え方でいえば「ピュタゴラス音律の補正としての平均律」とみなすことができ、ヨーロッパの音律を考える上でも示唆的な例といえよう。

 なお、この朱の平均律が当時中国に渡っていた宣教師経由でヨーロッパに伝えられ、ヨーロッパの平均律が生まれたとする説があるが、この説を裏付ける具体的な証拠はない。

関連ページ:平均律の歴史的位置

4.5. 耳で聴く平方根と立方根

 前項で述べたように、2の12乗根は2つの平方根とひとつの立方根となる。

2^(1/12)=2^((1/2)*(1/2)*(1/3))

 これをオクターブの分割で考えると、以下のような手順で1オクターブの12音が得られる。

(1)平方根→平方根→立方根

 まず、2の平方根を求めると、オクターブ1:2の中間、平均律のfis/gesが得られる。つまり、平方根は聴覚的には増4度/減5度音程となる。次に、この増4度/減5度を平方根で2等分すると、平均律短3度/増2度が得られる。これらの音(c-es-fis-a-c)は、いわゆる減7の和音(ディミニシュト・セブンスコード)を構成する。最後にこの短3度を立方根で3等分すれば、平均律の半音(短2度/増1度)が得られる。

●表8

c
cis
des
d
dis
es
e
f
fis
ges
g
gis
as
a
ais
b
h
c
平方根
平方根
立方根

(2)平方根→立方根→平方根

 (1)と同じく、まずオクターブを2等分してfis/gesを得る。この増4度/減5度を立方根で3等分すると、平均律長2度/減3度が得られる(c-d-e-fis-gis-ais-c)。これらの音は全音音階whole tone scaleを構成する。最後に、この長2度/減3度を平方根で2等分すれば、平均律の半音が得られる。

●表9

c
cis
des
d
dis
es
e
f
fis
ges
g
gis
as
a
ais
b
h
c
平方根
立方根
平方根

(3)立方根→平方根→平方根

 オクターブを立方根で3等分すると、平均律長3度/減4度が得られる(c-e-gis-c)。次にこの長3度/減4度を平方根で2等分すると、平均律長2度/減3度が得られる(c-d-e-fis-gis-ais-c)。これは(2)と同じく、全音音階を構成する。そしてこの長2度/減3度を平方根で2等分すれば、平均律の半音が得られる。

●表10

c
cis
des
d
dis
es
e
f
fis
ges
g
gis
as
a
ais
b
h
c
立方根
平方根
平方根

↑目次


5.古典調律への疑問

5.1. 確かに違って聴こえるが…

 現在「古典調律」と呼ばれるヴェルクマイスターやキルンベルガーの各種調律法は、確かに12平均律とは異なるが、その違いはごくごくわずかなもので、実際にはチェンバロなどでは調律後しばらく放置したらその差以上の誤差が容易に生じる程度のもの、といっても過言ではない。

 バロック時代のある作品を古典調律で弾く場合と平均律で弾く場合、両者は厳密に比較すれば「やや異なる響き」がするが、別の音楽になってしまうわけではないし、平均律が特に不快な響きになるとは限りらない。

5.2. 音高や音程はカテゴリーとして認識される

 音階の成立段階で自然倍音が影響し、単純な整数比の音程が主体をなしたことは充分考えられるが、離散的な周波数の音高からなる音階は「カテゴリー」として文化的に学習されるという説がある。

 つまり、中全音律であれ、平均律であれ、「ドレミ・・・」の音階はそれとして認識される、ということ。このことを敷衍すれば和声的音程についても長3度や完全5度は他の音程と区別されることに意味があり、その絶対的な音程比が整数比か否かが問われるのではない、と考えられる。

 たとえば、純正律支持者がしばしば取り上げる長三和音の響きだが、4:5の長3度は386セントで平均律長3度400セントよりも14セント狭く、5:6の短3度は316セントで平均律短3度300セントよりも16セント広い。このため、根音を同一とした長三和音を聴きくらべると、4:5:6の長三和音では第3音が低く聴こえる。根音と第5音の完全5度は、純正長三和音では702セント、平均律では700セントで、この差はほとんど認識できない。

 つまり、平均律においては、長3度と短3度の差が大きいことによって、より明確に区別される、という点にひとつのポイントがあるのではないか。

 これは誇張ともいえる。明るい長3度は広めに誇張され、暗い短3度は狭く誇張される、といってもよいだろう。これによって、長3度と短3度にメリハリがつき、3度の積み重ねによる各種和音の違いがより明確になる、と考えられる。したがって安易に「4:5の純正長3度が平均律の長3度よりもよい響きである」とはいえない。

5.3. 「うなりがなければ正しい」のか?

 「うなりのない音程」が「美しい」あるいは「正しい」という主張も聴覚心理学的に検討されなければならないだろう。もし「うなりがあると美しくない」というなら、オーケストラの弦楽器群が発する盛大な「うなり」をどう説明するのだろう。適度なうなり、つまり微妙な周波数のずれがあるからこそ、オーケストラの響きは聴きやすくなるのではないか。

 また、調律したばかりのピアノは音が硬く、響かない。しばらく時間が経過して、適度に弦がゆるみ、周波数にずれが生じた段階で聴きやすくなるも。余談だが、電子ピアノや電子キーボードは周波数が正確過ぎて適度なずれが生じないために、耳にきつい印象を与えるのだ。

 「古典調律のよさがわからないのは平均律に耳が毒されているからだ」などというのは、すでに2000年以上昔にアリストクセノスが指摘しているように、聴覚心理学・聴覚生理学を無視した、数比に固執するいささか筋違いの教条主義的批判というべきだろう。

5.4. 不毛な議論

 平均律を支持するマールプルクは、以下のように述べている。

 平均律は1種類しかないが、不等分律は際限ない数が可能だ。このため思索好きの音楽家にとって不等分律はさまざまな変形の可能性を与える。あらゆる音楽家がそれぞれ自分の音律を発明することができ、その結果、次から次へと新しい不等分律が考案され、みなが「自分の考案した音律が最良である」と主張することになる。

(マールプルクMarpurg、1776)

 似たような状況は、現在でも一部の古楽関係者の間の議論に散見される。

 また中全音律や純正律は「3度が純正」というところから「3」を聖なる数とするキリスト教的観念から正しいものとみなされることがある(3は三位一体の神に通じるとして聖なる数とみなされ、2はグノーシス的な二元論に通じるとして忌避される)。一部のキリスト教会音楽関係者は、中全音律が教会オルガンの調律に相応しいと主張している。これは一種の信仰あるいは主義であって、実証的・科学的な主張とはいいがたい。

 いずれにせよ、実際に私たちが演奏を聴くとき、音律の微細な相違は他の要因に比べれば取るに足らない違いといってもよいかもしれない。極論すれば「古典調律によるヘタクソな演奏」と「平均律による上手な演奏」のどちらを取るか、ということにもなってくるだろう。

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6.バッハの《平均律》をめぐる疑似音楽学

 J.S.バッハの《平均律クラヴィーア曲集》第1巻の表紙に記された一種の渦巻き模様が、調律法を表したものだという説がある。「ループが11個あり、1重が3個、2重が3個、3重が5個あり、これが11個の5度の調整法を示す」というのがこの説の基本で、これらのループの意味や、他の細部の図像についての解釈が異なるいくつかの説が提示されている。

 18世紀の書籍には、しばしばこの種のループ状の文字装飾が見られる。したがって、ここでの基本的な研究手続きとしては「これは単なる装飾模様に過ぎず、特定の隠された意味を持たない」という仮説も検討するべきで、そのためには、当時の楽譜にこの種の模様がどのように描かれているのか、描かれていないのか、という点が考察されなければならない。しかし、筆者の知る限りでは、そういった基本的な検証はなされていない。

 たとえば、《アンナ・マグダレーナバッハのためのクラヴィーア練習帳 Clavierbüchlein für Anna Magdalena Bach》の表紙にも、文字の飾りとして上述の「1重のループ」が用いられている。これがもし単なる装飾ならば、上述の「11個のループ」も単なる装飾と考えるのが妥当だろう。始めから「これは調律法を示している」という信念が先験的(アプリオリ)に前提されているとすれば、それは実証的な科学としての音楽学の態度とはいえない。

 現時点では、この説は根拠の薄弱な仮説であり、さらにいえば、単なるこじつけの域を出ていない。そもそも「1重が3個、2重が3個、3重が5個」という見方からして恣意的であり、筆者には、たとえば「2重が3個」とされる箇所は異なる渦が3個に見えてしまう。

 また、興味深いことには、この渦巻き模様が調律法を示している、とする立場にもさまざまな説があり、決してコンセンサスが得られているわけではない。これは、この種の模様や「3、3、5、11」という5個の整数がどのようにも解釈できる、ということを示している。

 この種の裏読みや深読みは、読み物としてはおもしろいかもしれないが、実証的な音楽史学の議論とは認められない。これは「強い信念に基づく」という意味で、純正律や不等分律を礼賛し、返す刀で平均律を批判する議論に似たところがあるが、どちらも「疑似音楽学 pseudomusicology」と命名したい。

関連ページ:音楽を考えるためのブックガイド

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補遺:セント値の求め方

 音程は比率であるため、その大小の比較がむずかしい。このため、対数を用いて音程を記述する方法が考案された。これは1オクターブ(1:2)を1200セントcent、平均律の半音=1:(2の12乗根)、 1:2^(1/12)を100セントとするもの。

 ある音程比Rのセント値Cは

C=log(R) / log(2)*1200


 で求めることができる(logは常用対数)。 たとえば2:3の完全5度は、

log(3/2)/log(2)*1200=701.955

 702セントとなる。

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参考文献:

「平均律」、「純正律」、「中全音律」。音楽大事典(平凡社)
Temperament in The New Grove Dictionary of Music and Musicians
谷口高士編著『音は心の中で音楽になる』北大路書房、2000年。

※詳細な参考文献一覧は平均律の歴史的位置に記載。


謝辞:

 平均律の項、2の12乗根の計算式の誤りを平賀譲さん(筑波大学)にご指摘いただきました。訂正するとともに謝意を表します。(04.08.18)

坂崎 紀


last updated: 2009.07.10


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