44歳のワールドクラスのゴール
17日の横浜M―名古屋戦(日産ス)で、今季Jリーグ最高と言えるゴールを目撃した。1―1の後半39分。横浜MのGK榎本哲也(26)が、ピッチ外に山なりのボールをけり出した。それを名古屋ベンチから出てきた、ストイコビッチ監督(44)が右足アウトサイドでダイレクトでけり返した。「ズドン!」。乾いた音を残し、GKの頭上を越え、ワンバウンドで約40メートル以上先の横浜ゴールを揺らした。
革靴に、スーツ姿の指揮官の現役時代をほうふつさせるビューティフルゴールに、横浜Mサポーターを含めた会場の2万2046人の観客からは、大きな拍手と大歓声がわき起こった。ストイコビッチ監督はベンチ前で両手を広げ、客席に振り返ってガッツポーズ。笑顔で声援に応えたが、主審はその直後に同監督に「退席」を命じた。これには、現役時代に13度のJ1史上最多退場記録を持つ指揮官も苦笑いだった。
前代未聞の監督の“ゴール”での退席劇。試合後、審判団から説明を受けた岡村マッチコミッショナーは「ボールをけったことを含めて、審判への異議ととった」と退席処分の理由を説明した。自身初の退席となったストイコビッチ監督は「こうやって点を取るんだ、と選手に見せたかったんだ。審判にはジョークが通じなかった」と笑った。
地球の裏側「サッカー王国」でも賞賛の嵐だ。ブラジルの大手テレビ局「グローボ」の人気番組「グローボ・エスポルチ」で23日、ストイコビッチ監督の幻のゴールが放映された。画像をコンピュータ解析して、同監督がキックした地点からゴールまでの距離を52メートルと測定。元ブラジル五輪代表で、番組で解説者を務めるカイオ氏は「素晴らしいシュート。すごい」と絶賛したという。
引退後、8年経った今でも、右足一振りで観客を魅了する。ピクシーが現役時代に名古屋で最盛期を迎えた頃、高校でサッカーをかじっていた記者も、記者席で驚きと興奮を覚えた。
名古屋の練習取材に行くと試合前日のFK練習の際、MF小川佳純(25)らに混じって、ストイコビッチ監督は右足からゴールへと華麗な放物線を描く。ミニゲームなどにも時折、参加し、巧みな技術を披露する。記者がペンを止め、つい見入ってしまうこともしばしばだ。
高校生の時、監督から「体力と違って技術は衰えない」と聞かされたが、ピクシーを見ているとまさにその通りだと感じる。44歳。体重は現役時代よりも増えた。それでも、「お金を払ってでも見たいと思わせるプレー」を未だに見せることができる。当然、現役時代の日々の積み重ねで磨いた技術なのだろうが、ストイコビッチのプレーには華がある。「やはり千両役者は違う」。そう思わずにはいられない“幻のゴール”だった。(名古屋担当・榎本 友一)
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