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さまざまなインフルエンザにきくワクチンを開発
2009年04月06日 橘 悠紀(科学ライター)
毎年、たくさんの人が感染 (かんせん)するインフルエンザ を予防するためにワクチン が使われています。インフルエンザ は、インフルエンザ ウイルス (図1)に感染 することで起こる病気です。インフルエンザ ウイルス には多くの種類があるのですが、これまでは、それぞれのインフルエンザ ウイルス に合ったワクチン をつくらなければなりませんでした。しかし、今回、さまざまなインフルエンザ ウイルス にきく一つの新しいワクチン が開発されました。
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| 図1:インフルエンザウイルスの構造図。図中の言葉の説明 1.ヘマグルチニン(ウイルスの表面のたんぱく)、2.ノイラミニダーゼ(ウイルスがもつ酵素の一種)、3.アールエヌピー(RNAたんぱく複合体)、4.エンベロープ(まく)、5.マトリックス(プロテイン エム1M1たんぱく)。 |
インフルエンザウイルスは変化しやすく、多くの種類がある
インフルエンザ にかかると、高熱 や関節 の痛みなどの症状(しょうじょう)が出ます。症状が重くなると、死んでしまうこともあります。インフルエンザ ウイルス は、変化しやすく、ソ連型や香港型(ほんこんがた)など、多くの種類があります。近年は、鳥インフルエンザ が変化して、人から人へ感染 するようになる新型インフルエンザ の発生 も心配されています。
ウイルスとたたかう体の免疫、わたしたちを病気から守る
わたしたちの体には、病気の原因となるウイルス が入ってくると、ウイルス が増えるのをおさえたり、こわしたりする、免疫 (めんえき)というはたらきがあります。免疫 によって、病気にならなかったり、病気になっても治るようにしているのです。
体の免疫によって病気が治るしくみ
1.口の中など体内に、病気の原因となるウイルス
が入ってくる(他の人のせき・くしゃみや、ドアノブ・つりかわ・てすりなどをとおして)。さらにウイスルは細胞
の中に入ろうと
する。
2-1.これに対して、ウイルス
とたたかうはたらきを持つ抗体(こうたい)ができる。これがウイルス
にくっつき、ウイルス
とたたかい、ウイルス
が細胞
に入るのを防ぐ。この結果ウイルス
が増えるのをおさえる。
2-2.同時に、ウイルス
に感染
した細胞
をこわすはたらきを持つ細胞
傷害性T細胞
(CTL)がつくられ、ウイルス
に感染
した細胞
をこわす。この結果ウイルス
が増えるのをおさえる。
3.病気が治る
(図2)
一度かかった病気、初めてかかった病気で、免疫のはたらきがちがう
●一度かかった病気の場合=体にそのウイルス
への免疫
ができているので、その病気にならなかったり、なっても重くなりません。
●初めてかかる病気の場合=免疫
のはたらきが間に合わず、多くの場合、発症してしまいます。毒性の強い病気の場合は、免疫
がはたらく前に、体の中でウイルス
が増え、症状が重くなって死んでしまうこともあります。
インフルエンザ(ウイルスによる病気)を予防するためにワクチンを注射する
現在、もっともよく行われているインフルエンザ の予防は、あらかじめインフルエンザ ウイルス の表面のたんぱく(図1の1)を、ワクチン として注射する方法です。その結果、その病気に対してたたかう抗体がつくられるので、本当のウイルス が入ってきても、すぐにたたかうことができるのです(上の段落でいう「一度かかった病気の場合」の状態にするのです)。このしくみは以下のようになります。
これまでのワクチンによって、インフルエンザを予防するしくみ
1.ワクチン
(インフルエンザ
ウイルス
の表面のたんぱく、図1の1)を注射する。
2.体内でインフルエンザ
ウイルス
に対する抗体がつくられる。
3.本当のウイルス
が体の中に入ってきた場合には、2ですでにできていた抗体がウイルス
とたたかい、ウイルス
が増えるのをおさえる。
4.病気にならないか、なっても軽い症状ですむ。
(図3)
なお、体の免疫 でははたらいたCTL(ウイルス に感染 した細胞 をこわすはたらきをもつ図2の2-2)ですが、これまでのワクチン による予防の場合、CTLをつくらせることはなく、CTLがはたらくこともありません。
| 図4:これまでのワクチン。ワクチンをクラス1に送ることができなかった。(CTLをつくらせることができないので、ウイルスに感染した細胞がこわせなかった) *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
これまでのワクチンでは、CTL(ウイルスに感染した細胞をこわすはたらきをもつ)をつくらせることはできなかった
ワクチン による予防では、抗体がウイルス をおさえることはできます。しかし、人間の免疫 とちがって、これまでのワクチン は、CTL(ウイルス に感染 した細胞 をこわすはたらきをもつ)をつくらせることはできませんでした。CTLをつくらせるには、細胞 のクラス1という所に、ワクチン を送る必要がありました。これまでのワクチン は、クラス1には送られていなかったのです(図4)。また、これまでのワクチン は、ウイルス の種類ごとにつくる必要があり、ちがうウイルス にはききませんでした。
| 写真1:ワクチンをクラス1に送りこむために開発したリポソーム。この表面にインフルエンザウイルスの内部のたんぱくをくっつけた。(たんぱくがくっついているように見えてしまうものもあるが、これらはすべてリポソーム) 写真提供:国立感染症研究所 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
CTLをつくらせるようなワクチンをつくりたい
国立感染症 研究所の内田哲也(うちだてつや)先生は、抗体をつくるだけでなく、CTLもつくらせるワクチン をつくりたいと考えていました。そうすれば、種類のちがうインフルエンザ ウイルス にもきくと考えられたからです。そこで、北海道大学、埼玉医科大学などと協力 して研究を進めてきました。
| 図5:新しいワクチン。ワクチンをクラス1に送ることができる。(CTLをつくらせることができ、そのCTLによって、ウイルスに感染した細胞がこわせる) *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
CTLをつくらせる新しいワクチンの開発に成功
図4で先ほど説明したように、CTLをつくらせるには、細胞 のクラス1という所に、ワクチン を送る必要がありましたが、これまでのワクチン は、クラス1には送られていませんでした。それは、クラス1にワクチン を送りこむための物質が見つかっていなかったからです。研究チームは、細胞 に入りやすいリポソームという細かい粒(つぶ)を開発しました(写真1)。そして、それにインフルエンザ ウイルス の内部のたんぱくをくっつけ、クラス1に送りこむことに成功しました(図5)。これにより、CTLをつくらせる、新しいワクチン ができたのです。(写真2)
| 写真2:開発された新しいワクチン。今までのワクチンとの最大のちがいは、CTLをつくらせることができること。それにより、ウイルスに感染した細胞をこわすことができる。 *クリックすると大きくなります。さらにマウスをおしながら自由に動かせます。 |
新しいワクチンには、マウスの実験で、3種類のウイルスにきくことがわかった
研究チームは、新しいワクチン
の効果を確かめるために、マウスで実験を行いました。新しいワクチン
を打っておいたマウスと打たなかったマウスに、ソ連型、香港型、鳥インフルエンザ
の3種類のインフルエンザ
ウイルス
を感染
させ、そのちがいを調べました。結果は以下のとおりです。
●ワクチン
を打っていないマウスは、体重が急激(きゅうげき)に減り、10日後には死んでしまった。
●新しいワクチン
を注射したマウスは、体重に変化がなく、生きていた(3種類のウイルス
に対して新しいワクチン
がきいている)。
新しいワクチンの実用化を目指す
「これまでのワクチン は、決まった種類のウイルス にしかききませんでしたが、今回の実験で、新しいワクチン が3種類のインフルエンザ ウイルス に効果があることが確かめられました。発生 が心配されている新型インフルエンザ にも、新しいワクチン がきくと考えられます。今後は、新しいワクチン が人間に安全かどうかを確かめて、できるだけ早く、人間にも使えるようにしたいと思います」と、内田先生は言います。新しいワクチン が実際に使われるようになるためには、ワクチン をつくり、販売するメーカーなどとの協力 が必要ですが、実用化に向けた動きも始まりつつあります。
内田先生からみなさんへのメッセージ
「ワクチン
は、病気になった後に治療するのではなく、病気を予防するという点で、20世紀の医療の最大の発明といわれています。しかし、すべてのインフルエンザ
が予防できたわけではありません。現在、鳥インフルエンザ
が、世界的に心配されていますが、それをとり除(のぞ)き、多くの人の命を救うことにつながればと思います。」(写真3)
新しいワクチン が、少しでも早く実際に使われるようになり、多くの命を救ってくれることを期待したいですね。