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ドキュメント「児童虐待」

柳美里

ホテルの従業員や、ディズニーランドに遊びにきたカップルや家族連れにじろじろ見られたが、感情を押しとどめることができなかった。
「そうだよ。ペンケースなんて、なかったんだよ」息子は言った。
「じゃあ、髪はどうやって切ったの?」
「テレビの下の引き出しに、ホテルのはさみがはいってたの」
「嘘吐きッ!」
わたしは、公衆の面前で、息子の頬を叩いた。
(ホテルの従業員か、客のだれかに児童相談所に通報されていたら、一大事になっていただろう)
「ホテルは、刃物を置いとかないの。はさみを貸してくださいってお願いすると、持ってきてはくれるけど、見てる前で使ってくれって待ってるくらいなんだよ。おまえは、この期に及んで、まだ嘘を吐くのか? もう、おまえの創り話につき合ってる時間はない! 創り話は、聞きたくない! ほんとうのことを、言え!」
息子は、筆箱のなかから定規を取り出し、定規で髪を切る真似をした。
「定規で切りました」
「じゃあ、切ってみなさいよ」
息子は左手で前髪を引っ張り、右手で定規をノコギリのように動かして見せた。
てのひらを差し出したが、もちろん髪の毛は一本も落ちてこない。
「おかしいなぁ……いつもこうやって切ってるのにぃ……あぁ、じゃあ、テレビのリモコンだ、リモコンで切ったんだ!」
わたしは、となりに座っている彼の顔をゆっくり見た。
目が合った瞬間、噴き出してしまった。
笑いを堪えて、息子に向き直り、
「ペンケースはうちにあるんだね?」
「ある」
「じゃあ、うちに行こう。でも三人では帰らない。お兄さんだけ帰ってもらって、ママとあんたは鎌倉駅の改札で待ってる。ペンケースがあったら、ほんとうのことだと証明されるから、三人でご飯を食べに行く。もし、家のなかにペンケースがなかったら、また、嘘を吐いたということだから、そのまま、ママとふたりで、このホテルに戻る。いい?」
「いいよ。だって、ペンケースなんて、ぼくはさわってないんだから」
ホテルを出発したのは十五時、タクシーで舞浜駅に行って、京葉線に乗って、東京駅で横須賀線に乗り換えて、鎌倉駅に到着したのは十七時過ぎだった。
先に帰ってペンケースを探している彼からの電話を待っているあいだに問題のブログを更新し、その直後に携帯電話が鳴った。
「あったよ」
ペンケースは、わたしの仕事机の上にあったそうだ。

つづく

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コメント / トラックバック2件
  1. 加藤 より:

    第二回目を読ませて頂いて、そういえば自分にもやたらと自分で
    髪の毛を切ってしまう時期があったのを思い出しました。
    中学校でそれまで友人だった女子達から嫉妬され、
    毎日悪口を一方的に言われるか存在を無視されるという時期が続いて、
    誰にも愚痴を言わずにひとりで我慢し続けていたら、
    怒りが、反撃できない自分自身に向いてしまった。
    正当な理由なく他人に侮辱される事は本当に苦しいことです。

    息子さんも何か外部の事で、言えずに我慢している事があるのでしょうか?
    嘘をついたり髪の毛を切るのは、なにか助けて欲しいのでしょうか。

  2. ひろぴー より:

    我が家と家族構成が似てますね。
    嫁は在日3世、息子は11歳で3人構成。
    嫁は高校1年で中退だし、息子はうそはつくし万引きはするし、それでも足りなきゃ親の金を盗み出すし。

    特にこの”うそ”が日常茶飯事で、学校との連絡帳改竄は担任教諭との共有事項ともなり日々”これは真実なのか?”という状態です。

    なんで”うそ”を通そうとするのでしょうか?
    証拠もあがっているのに、部屋の隅に追い詰められ(嫁にですが)ボコボコに”殴る蹴る”されているのに。
    こちらにすれば正直に言ってくれば済む話なのに。

    自分の子供時代は”自己責任”でしたからね。
    万引きすりゃそのうち捕まるし、うそをつけば嫌われるし。
    そうやって自分で確認していくしかないんでしょうか。
    だったら子供のうちに苦い思いをして、そういうことをしない大人になってくれれば、なんて思ってしまいます。

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    柳美里柳美里
    (ゆう・みり)
    1968年生まれ、神奈川県出身。劇作家、小説家。1993年に『魚の祭』で岸田戯曲賞を、1997年には『家族シネマ』(講談社)で芥川賞をそれぞれ受賞。『ゴールドラッシュ』(新潮社)、『命』(小学館)、『柳美里不幸全記録』(新潮社)など、小説、エッセイ、戯曲の作品多数。

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