モンスター社員続出で右往左往する現場
「自己チュークラゲ」ゆとり世代を戦力化するコツ
一番の問題は相手がお客さまという意識が欠落していること。でも、それは相手が職場の上司や先輩の場合でも同じ。
伊藤博之(ジャーナリスト)=文 宇佐見利明=撮影
昨年4月、保険会社で研修の仕事に携わり始めて5年目の遠藤美子さん(仮名)は、毎年恒例の新入社員の合宿研修を主催者として仕切っていた。いよいよ明日は3泊4日の最終日。新人のお尻を叩きながら、過密なカリキュラムをなんとかこなしてきたこともあって、「これで無事終わりそうだわ」と遠藤さんは一人満足感にひたっていた。しかし、新人男性の発した次の一言で、そのささやかな安らぎは脆くも打ち砕かれてしまう。
「今晩、大学時代の親友のライブがあるので行っていいですか。終電までには必ず戻ってきます。夕方6時以降は講義が組まれていませんよね。僕一人くらい外出したって誰にも迷惑をかけるわけじゃないし、構いませんよね」
遠藤さんは耳を疑った。これまで合宿研修の期間中に私用で外出を希望する人間は一人もいなかった。夜の自由時間は、昼間の研修内容を復習したり、同期とディスカッションするのが当然だと思っていた。たった一人のわがままでもそれを許せば、合宿を通して培ってきた「みんなで一緒に頑張ろう」という気持ちが崩れかねない。遠藤さんは合宿の意味から説き始め、なんとか思いとどまらせた。
「どうも最近の新人はいままでとは違うようだ」。そんな声が人事担当者を中心にあがっている。「近頃の若者は……」と紀元前の古代エジプトの時代からいわれ続け、そんなステレオタイプの若者批判論をいさめた「いまどきの若い者はとはばかるべきことは申すまじく候」という山本56の言葉も残っている。それにしても、企業の現場では首をかしげたくなるケースが続出しているようなのだ。
不動産会社の人事部に勤務する武田純平さん(仮名)は、「どんな教育をしてから配属しているんだ。それより、どういった基準で新卒を採用しているんだ」という営業課長からのクレームの電話を受けた。その怒声のすさまじさに受話器を耳から遠ざけてしまうほどであった。
よく聞くと問題の新入社員はマンションのテレホンセールスを行っていたという。そして、アフターサービスをお客に説明する際に「万が一、うちのマンションを買ってもらえたら」と話したそうなのだ。「まずありえないだろう」というニュアンスを持つ「万が一」をお客に対していうのは御法度。「そんな常識的なこともわからないのか」と課長が注意すると、悪びれた表情も見せずに「スンマセン」と答えたというから、そこで課長の怒りはさらに燃え上がった。
一番の問題は相手がお客さまという意識が欠落していること。でも、それは相手が職場の上司や先輩の場合でも同じ。だから、友だち言葉で返答してしまうのだ。上司への業務報告を絵文字入りの電子メールで送ってくるのも、もはや珍しいことではなくなっている。
商社で働く小林百合子さん(仮名)は、入社1年目の男性の後輩に「明日中にこのレポートをまとめて、メールで私のところに送っておいてね。次の日のお昼の会議の資料として使うから」と頼んだ。「わかりました」と元気のいい答えが返ってきたので、小林さんは安心して任せていた。
しかし、翌日の夕方になってもレポートのメールは入ってこない。本人のデスクに目を向けると、資料をかたわらに置いて一生懸命にキーボードを打っている。「新人とはいえ、半日もあれば十分に終わる仕事なのに」。取引先との会食の約束の時間が迫ってくるのにつれて、小林さんの不満は募っていった。結局、タイムアウトとなり、仕方なく小林さんは職場を飛び出した。
翌朝、メールチェックをした小林さんは驚いた。確かにレポートのメールは入っていた。しかし、その時刻は何と「23時59分」。新人君を呼び出して「ちょっと遅いんじゃないの。もう少し早くから取りかかれば、夕方には十分できたでしょう」と小言をいうと、「でも指示のあった昨日中には送ったはずです」と答える始末。当人は涼しい顔だ。自分の行為が相手にどのような影響を及ぼすかまで、どうやらこの新人君は頭が働かないようである。
そんなトラブルを数え出したら切りがない。「フロントの仕事をしたい」とホテルを志望してきた新卒が入社直前の研修に金髪姿で現れ、「本当に接客業務に就かせていいのか」と採用担当者が頭を抱えたり、コンサルティング会社に入社しながら「やっぱり消防士になりたかった」といって、入社1カ月もしないうちに退職したり……。毎日どこかの職場で上司や先輩社員の悲鳴があがっている。
武田薬品、富士通、資生堂……。経営者の知られざる素顔を描く。
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