多摩動物公園の飼育展示課長、成島悦雄さん(60)=獣医=は、85年に来園20日で死亡したコアラのメス「ユカ」のことが忘れられない。
84年にやってきたオス2匹の名前も「「トムトム(都の夢)」「タムタム(多摩の夢)」に決まり順調な滑り出しに思えた。環境に慣れやすいオスを先に受け入れ、翌年にメス2匹が送られてきた。
しかし、1匹が体調を崩し1週間も餌を食べない。同行していた豪州・タロンガ動物園の獣医と検討した治療も効果がみられず、成島さんは三日三晩一睡もせずに付き添ったが、死亡した。国内初の病理解剖の結果、死因は出血性潰瘍(かいよう)性大腸炎。コアラが音に敏感でストレスや環境の変化に適応しにくいことを実感した出来事だった。個体識別のためのイヤータグの色から「パープル」と呼ばれていた。名前をもらう間もなく死亡したパープルに日本名「ユカ」が付けられた。
コアラ飼育の難しさは環境だけではない。エサのユーカリの安定供給も大きな課題だ。
80年に豪州は50年ぶりにコアラ禁輸を解いたが飼育環境に加え、ユーカリの安定供給などにも厳密な条件を受け入れ国に提示した。
受け入れにあたり、多摩動物公園はタロンガ動物園に研修のため職員を派遣し、都立夢の島公園(江東区)でユーカリを栽培し、試食させるなど準備を整えた。
コアラは600種以上あるユーカリのうち数十種の葉しか食べない。市場流通していない上に代用食もない。タロンガ動物園でもユーカリ確保に最も費用を掛けるほどだ。端境期を作らない通年供給も課題だったが、チョウやバッタが通年で見られる昆虫生態園での農薬を使わない食草の栽培技術が生きた。
練馬区の造園業、浅見正男さん(61)は83年から9種類のユーカリを都立城北中央公園(練馬区、板橋区)で栽培している。全国6カ所で管理栽培を委託している中でもベテランの一人だ。「種類によって枝の仕立てを変えないと枯れてしまう。枝先にこんもりと新芽があればいいエサになる」と浅見さん。毎日欠かさず生育状態を見なければならず、休みもない。「もうけを考えたらできないね。『城北のユーカリよく食べてますよ』と言われるのが一番うれしいね」とほほ笑んだ。【斉藤三奈子】
〔都内版〕
毎日新聞 2009年10月21日 地方版