紋別 2 
 
 旅に出ると目覚ましがいらない。早くから目覚めてしまう。
紋別二日目の朝、前日ちらっと見かけた厳島神社に行った。正面の鳥居の脇に、忠魂碑と掘ってある石碑が建っていた。戦没者氏名が正面の壁にぎっしり刻まれていた。裏に回ると、碑を建てるのに協力したと思われる町の人達の名前が刻まれていた。もしやの期待で石の壁面に刻まれた名前を丹念に見た。
あった!曾祖父の名前があった。

「ひいおじいさん、やっと会えたね。やっぱりここにいたんだ」

確かに曾祖父であろう刻まれた名前を、何度も何度も、人差し指中指薬指の3本の指の腹で、さすりなぞった。

曾祖父の名を見つけた感動をしみじみ味わい、厳島神社にお参りした。

 神社の後ろに広がるオホーツク公園を散策した後、石に刻まれた名前が私の曾祖父であるという確信を得るために向かった先は、紋別博物館。

「こちらに住んでいた曾祖父のことを調べていまして、学芸員の方はいらっしゃいませんか?教えて頂きたいのですが。明治大正の頃のことです」
突然の申し出にも関わらず、業務係長、博物館副参事の名刺を持つ熟年の学芸員の方が現れた。私が曾祖父の名前を口にすると、穏やかな表情が途端に驚きの表情に変わった。
「こちらへ、こちらへ」とテーブル席に誘われ、
「紋別史上、興味のある人物の一人です。丁度今、明治大正昭和初期の紋別の写真を展示しているところでして、」
両親の遺品の中にあった、台紙に貼り付けた古い白黒写真を3枚示し、
「紋別のものじゃないかと思うんですが」
「あー!これは、これは!そうでしょう。いやー珍しい!」
他にも持参した写真を出した。色が飛んで判別困難な写真を食い入るように見てくれた。
 
 話は数時間にもおよんで、貴重な話を聞くことが出来た。

「私の故郷には『たびしょ』と言う言葉がありまして、語源はわからないんですが、地元ではなく他所に暮らす人をそう言います。差別する言葉ではないんです。むしろ文化を運んでくる人と言う意味を含んでいたようです。父は『たびしょ』でしたし、私も今は故郷から出た『たびしょ』なんです。旅の始まりが何処なのか、づっと気になっていたんです。過去を知って未来に繋げる義務が、子供に伝える責任が、現在の私にあるんじゃないかって思っていました。ただ、知れば知るほど、知らなくていいことまでほじくり返してしまうんじゃないかって心配もあるんです」
「明治の頃は何でもありでしたからね。偉い人ほど危ないこともしていましたから。今とは時代の価値観も考えも随分違います。歴史の生き証人はなかなか口を開いてくれませんし、調べる頃にはいくつか代が代わってしまいましてね」
  父の生家は旅館兼料亭兼請負網元と、父や伯父伯母達に聞いていた。
それに加えて更に、曾祖父が『花月楼』と言う艶っぽい場所の主人でもあったことを今回初めて知った。


 曾祖父母達の戒名からは菩提寺がわかり、前触れ無く訪ねたが、ご住職にお目にかかることが出来た。曾祖父母がそれぞれ寺に寄進した品々を見せてもらった。現在も使っているとのこと。曾祖父母のように信心深く無い私も、これまでの数々の出会いに仏縁を感じてしまった。
「ご本尊の阿弥陀様は、あなたの曾お祖父様曾お祖母様が拝んだ時の阿弥陀様と同じですよ」
そう言われて見ると、金色眩い絢爛豪華な仏具飾りに取り囲まれ、黒光りして静かにお立ちになっている阿弥陀様の優しい表情が、どこか懐かしげに思えた。阿弥陀様に手を合わせ、ご先祖様方にも手を合わせた。
 
 ご住職に私の遠縁の方が高齢ながらご存命であることを知らされ、初めて訪ねて親しくお話しすることも出来た。その方のお話から、曾祖父は能登から小樽を経由して紋別に来たこと、昭和5年の紋別大火後祖母が焼け跡から場所を変えてしばらく下宿屋をしたこと、孝次郎亡き後祖母は紋別を離れたことも聞いた。お話からも当時は親戚縁者が地域に多数いて、互いに助け合っていたことが想像できた。父が生家の生業を正確に把握していなかったのか、幼くて理解していなかったのか、言いたくなかったのか、今となっては問いただすことは出来ないが、何があってもすでに時効。子孫がすべてを受け止めるだけの時間は経過したと思うのだが。
 
 曾祖父がここに生きた証を見つけ、消えていた軌跡をここから辿ることが可能になった。私のルーツは、山形の酒田が始まりではなく、紋別から、更に能登半島の蛸島まで遡ることがはっきりわかった。
紋別に来たから知り得たことを携えて、能登に私が旅立つ日はそう遠く無いかも知れない。

 紋別博物館で写真広げて話し込んでいるところに、紋別の北海民友新聞社の記者が通りかかり、話に加わってきた。即刻取材を申し込まれ、今回の件は7月18日の新聞記事になった。随分おおきなおまけ付きの紋別二泊一人旅だった。

         

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