勤務医を「聖職者」から脱却させ、適正な報酬を
【第83回】植山直人さん(全国医師ユニオン代表)
「これまで勤務医は聖職者扱いされてきた」と、「全国医師ユニオン」の代表を務める植山直人さんは話す。ユニオンは、勤務医らでつくる日本初の全国的な労働組合として5月に発足し、9月に実施した「勤務医110番 医師の労働相談ホットライン」には、若手医師や大学院生らから悲痛な相談が寄せられた。医療現場の疲弊を解消するには、勤務医を聖職者から脱却させ、労務管理の徹底を訴えることが必要だと植山さんは考えている。(兼松昭夫)
―勤務医を取り巻く環境が大きく変化したといわれますが、植山先生ご自身はどうお感じになりますか。
わたし自身について言えば、1年目の研修は1990年に福岡県内の救急病院で受けました。かなりハードな病院で、研修医は院内に住み、1年目から結構難しい手技を任されました。当直回数も月8回とかなり多く、わたしは多い時には23人の患者を担当していました。今では考えられないことですが、そういうやり方が好きな人たちが集まっていました。患者さんとのトラブルや訴訟の問題など、プレッシャーは今のように多くはない時代だったので、肉体的にはともかく、精神的な負担は今のように感じていませんでした。しかし今では、何をするにも患者さんの「承諾書」が必要になるなど、時代が変わりました。もちろん、歓迎すべき変化もありますけど。
―歓迎すべき変化としては、どのようなものがありますか。
昔は、悪い意味で医師は威張っていましたが、ここ10年でずいぶん変わりました。患者さんの権利を尊重する風潮が強まってきたのは非常にいいことだと思います。
―インフォームドコンセントという考え方も広がりました。
それも歓迎すべき変化でしょう。ただ、インフォームドコンセントをしっかりやるには、それだけの時間が必要です。例えば、午前中の患者さんが10人だったら、一人ひとりに詳しく説明できますが、30人を診ないといけないなら、一人にかけられる時間はおのずと決まります。供給側の体制が変わらないまま、詳しい説明を求められるようになり、そのギャップが医療現場に重圧として掛かってくる状況が出来上がっています。
―全国医師ユニオンが9月に実施した「勤務医110番」(電話相談)では、30件近い相談があったと聞いています。
特に、大学病院関係者や、そのご家族からの相談が多かったのが特徴でした。中には、大学側と契約を結ばずに無報酬で診療に従事させられている大学院生や、月にわずか18万円の給与で1日15時間、365日拘束され、オンコールへの対応が遅れると暴言を浴びせられるという若手医師のご家族からの相談もありました。その医師は「医者にならなければよかった」などとこぼしているといいます。
―大学病院で契約を結ばずに勤務させられるケースは多いのでしょうか。
多いと思います。大学側も人手が足りず、何とか労働力を確保しなければならないのでしょう。だけど雇用契約を結んでいないと、万が一「針刺し事故」などのトラブルが起きても、労災の認定を受けられなくなります。ここは改善していくべきです。
―医師は売り手市場なので、勤務環境が劣悪なら別の病院に逃げ出せばいいと思うのですが、そうした行動を取るのは難しいのでしょうか。
難しいですね。若手医師は学会の認定医や専門医の資格取得を目指すため、症例数を確保しようという意欲を持っています。そのため、症例数を確保できるなら、少しくらい苦しくても何とか踏みとどまろうと考えるのです。
このほか、出身大学の医局に関連施設での勤務を指示されたら、たとえ納得できなくても逆らいにくいという事情もあります。実際、医局の意向に従わなかったため、それ以降の就職活動を妨害されるようなケースもあります。大学医局は大きく変わったといわれますが、その影響力は依然として強いと思います。勤務医110番で大学病院関係者からの相談のほとんどが匿名だったことからも、こうした事情がうかがえます。
■勤務医への未払い賃金の清算を
―前回の診療報酬改定で医師事務作業補助体制加算を付けるなど、国も勤務医支援に乗り出しています。こうした対策に効果はあるとお考えでしょうか。
抜本的な解決にはつながらないでしょう。医療需要が増えているのに、医師の供給は限られていますから。
―では、具体策としてはどのようなものが考えられるでしょうか。
女性医師のために院内保育所を設置したり、保育施設を紹介したりと、行政だけでなく病院側もいろいろな提案を出していますが、わたしたちはこれらとはちょっと違う視点からとらえています。勤務医の労働環境を改善するには、労働基準法の順守を病院に求めたり、本来なら勤務医に支払うべき報酬を明らかにしたりする必要があると思います。
報酬に関しては、例えば医師の時給を4000円として単純計算すると、日中に8時間勤務した場合は3万2000円です。日勤から続けて、夕方5時から翌朝8時まで当直する「連続勤務」の場合には時間外勤務手当が付くので、報酬は8万2000円になります。しかし実際には、こうしたケースの報酬の相場は大体2万−3万円です。これらの差額が、いわば未払いになっているのです。管理職に手当を支払わない「名ばかり管理職」も横行しています。非常に大ざっぱですが、これらの未払い賃金を合わせると、ことによると年間2000億円程度になるのではないかとわたしたちはみています。
仮に労基法にのっとってこれらの支払いを求められたら、医師に無駄な残業をさせずに帰宅を促したり、交代制の採用を検討したりと、病院側も労務管理を真剣に考えるはずです。医師でなくても対応できる業務については、医療クラークなど他職種への移行が進むでしょう。常識的な企業では、こうしたことにしっかり取り組んでいますが、医療界では「医師は聖職者だから残業代を払わなくてもいい」という、おかしなことになっています。こうした点はこれまでほとんど議論されてきませんでした。だけど今後は、専門職として適正な技術料を受け取れるよう、主張していくべきです。来年度に診療報酬が引き上げられるなら、箱物の整備などでなく、勤務医に確実に回るようにしてほしいと思います。
―勤務医の負担を軽減するため、地域の病院の統廃合を進めるべきだという声もあります。
日本では、医療が十分に提供されているかどうかを病院やベッド数で図ろうとします。だけど病院が3つあっても、実はそれらすべてが医師不足に見舞われているかもしれません。ある病院では、新型インフルエンザが広がり始めた5月に発熱外来を開設するよう指定を受けたものの、実は内科医が一人もいなかったそうです(笑)。どの病院にどれだけ医師がいるのか、行政も把握できていないのです。病院やベッドがどれだけあっても、実際に診断に当たる医師がいないと話になりません。ですから、病院統廃合などの施策は、常勤換算した場合、その地域に医師がどれだけいるのかを明らかにしてから検討すべきです。
■体制整備が課題
―ユニオンでは今後、電話相談の取り組みを定期的に行うなど、活動を本格化させる方針だと伺っています。
勤務医110番が効いたのか、医師の相談が普段から寄せられるようになりました。可能な範囲でしっかり対応していきたいと思います。また、労働関係法規をまとめた「医師の働く権利 基礎知識」(医師の働く権利編集委員会 編著)を出版するなど、5月の発足以来、情報提供には取り組めています。年明けには、病院を相手に想定した模擬団体交渉を公開で行う予定です。実績を積みながら、会員増に取り組みたいと思います。今後の課題は体制整備です。もう少しマンパワーがあれば、例えば毎月第4土曜日を相談対応の日にするなど定期的な対応ができますが、そこまでの体制はまだできていません。
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