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緊急雇用対策―「人」への投資をもっと

 年末に向け、さらに悪化しそうな雇用情勢に、どう立ち向かうのか。鳩山政権の緊急雇用対策が、昨日まとまった。

 8月の完全失業者は360万人を超え、改善の兆しは見られない。雇用対策は今後の第2次補正や来年度予算でも取り組むことが期待されるが、目下の情勢の厳しさを考えれば、それらを待っている余裕はない。

 自公政権当時の今年度補正予算ですでにつくった基金も活用しつつ、将来への布石となる内容も盛り込んだ。

 職を失い困っている人の暮らしや、就職先をさがす新卒の若者を支える。同時に、介護や環境、農林といった分野でNPOや社会的企業の活用を通じた地域社会での「雇用創造」に本格的に取り組む。

 こうした対策により、今年度末までに10万人の雇用を創出したり、下支えしたりする。

 一つのポイントは職業訓練の充実をはじめとする「人づくり」だ。鳩山政権は公共事業に頼らない雇用対策をさぐってきた。その具体策が、職業訓練の充実だ。

 今回の対策では、働きながら介護職の資格を身につけられる制度をつくる。人手不足感のある介護現場で働きながらの訓練は、安定雇用に結びつく可能性が高い。失業した人に生活費付きで職業訓練の機会を提供する事業の前倒しも決めた。

 欧州の主要国では、職業訓練を雇用に結びつける施策に大幅な予算を投入している。日本では06年で国内総生産(GDP)比0.2%にすぎず、英国やドイツに比べて大幅に見劣りする。介護職を手始めに看護師など医療職種全般にも広げるべきだ。

 「社会的企業」を通じた地域雇用の創造を打ち出したことも大きな特徴だ。NPOなどが社会に貢献する事業をビジネスとしても成功させ、安定した雇用をつくろうという狙いである。これも英国など欧州で発展してきた。

 日本でも、病気の子でも預かってくれる保育事業や、住居がない失業者の自立支援といった福祉分野の社会的企業が生まれている。

 「きれいな水を守りたい」という目標で行政や企業、市民が参加した環境NPOが地域の河川や公園の計画づくりを社会的企業として担う例もある。

 多様化する生活者のニーズに応じるには、行政だけでは担いきれない。住民や企業、NPOなどの知恵を寄せ合い、地域の活力を取り戻す。そこにもっと雇用の場を生み出せるはずだ。それを政治の知恵でうまく支えていかねばならない。

 そうした新たな方向が見えるとはいえ、緊急対策は文字通りとりあえずの意味しかない。年明けには財源を伴う本格的な雇用対策が迫られそうだ。

中国人強制連行―政府も勇気ある行動を

 企業は戦争責任をどう取るべきなのか。あまりに遅すぎるとはいえ、一つの道筋が示された。

 戦時中に強制連行され、広島県内の建設現場で過酷な労働を強いられた中国人被害者や遺族と、西松建設との間で和解が成立した。

 西松は2億5千万円で基金をつくり、360人いる被害者に補償する。1人あたり約70万円になる。歴史的責任を認めて謝罪し、記念碑も建てる。

 被害者5人が同社に賠償を求めた裁判で最高裁は07年4月、「日中共同声明により個人も裁判で請求する権利を失った」との判断を示し、請求を棄却した。一方で「関係者が被害救済に向けた努力をすることを期待する」と、付言もしていた。

 西松建設の決断はこれを受けたものだ。不正献金事件の発覚後、「新生西松」を掲げた事情もあった。同様の和解例では、秋田県の強制労働現場で起きた花岡事件で00年、大手ゼネコンの鹿島が5億円を出した基金がある。

 1942年の東条内閣の閣議決定に基づいて約4万人の中国人が強制連行され、135の事業所で働かされた。90年代以降、企業や日本政府を相手に各地で裁判が起こされたが、07年の最高裁判決後は原告敗訴が続いている。

 終戦から64年。苦しみを癒やされぬまま当事者が次々と亡くなってゆくのを、これ以上放ってはおけない。すべての関係企業が謝罪と補償に乗り出してほしい。法的責任を否定されたとはいえ、過去の不当な営みに対する重い社会的責任は負うはずだ。

 それにも増して動かねばならないのは政府である。中国人強制連行についての国の関与は明白だ。国とともに訴えられた別の被告企業は「政府が動かない以上、補償に応じられない」との姿勢を示していた。

 鳩山政権は今こそ明確な謝罪をし、道義的見地からの補償に踏み出すべきだ。政府と企業がともに拠出する合同基金の枠組みを示し、関係企業と被害者側に呼びかけてはどうだろう。

 被害者に満足のゆく解決にはならないかもしれない。それでも日本が国家として加害の歴史から目をそむけず、責任を継承する決意を示すことが、和解の足がかりになるのではないか。

 海外からの戦争被害の訴えは、中国人強制連行に限らず今も続いている。

 自民党時代の政府は「戦後補償は外交交渉で決着済み」として、個人への償いを拒み続けた。司法解決の道も最高裁の判断によって閉ざされた。これに対して民主党は野党時代、被害者の声を真剣に受け止め、救済のための立法をいくつか提案してきた。

 「新政権はまっすぐに歴史を正しく見つめる勇気を持っている」。鳩山首相はそう語っている。

 次は勇気ある行動が問われている。

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