ログイン

すべての記事を表示

議論できない人々


「議論というのは、満場一致の結論が出ないと意味がない」 と勘違いしている人が
しばしばいらっしゃるようです。

 

みんなが議論している場に、いきなり横からシャシャり出てきて、 「どうせ結論なんか
出ないんだから、議論なんて意味ないと思います^^」 などと、上から目線で語り
はじめる人っていますよね。 誰とは言いませんがw

あるいは、自分の意見と少しでも食い違う発言を見かけると、いきなり相手に向かって
「荒らし」 だの 「テロリスト」 だのと罵倒しはじめる人もいらっしゃいます。 誰とは言いませんがw

 

こういう人々は、「議論」 という言葉の意味を理解していないのでしょう。 彼らはまず
広辞苑あたりで「議論」 の意味を調べた上で、出直してきてもらいたいものです。
まぁ、いつものようにこの私が広辞苑の引用をコピペしてあげてもいいんですけどね。
たまには自力で調べてみてください。 そのほうが勉強になるでしょうから^^

 

個人的には、「議論といっても普通のコミュニケーションにすぎない」 と思っています。
自分の考えを述べ、相手の考えを聞く。 それだけです。
自分と違う意見が出てくることもあるでしょうが、普通は 「考え方が違う人もいるんですね」
という感想を抱いて終わりです。
たまに論理的におかしいことを言う人や、事実とは異なったことを前提に話をする人もいますが、
そのときは 「あなたの意見のここに矛盾がある」 とか 「あなたの意見のここは事実とは違う」
と指摘すればいいだけです。

 

議論とは、結論を出すことが重要なのではなく、その過程が重要なんだと思います。
まぁ、これはあくまで私の主観ですけどね。

 

学校の学級会や会社の会議では、「さあこれから議論をはじめます」 という感じで、
“明確な議論開始宣言” が存在するでしょう。 しかし、(ハンゲのブログもそうですが)
一般的にはこのような “開始宣言” が無いまま、適当にみんなが意見を述べ合っていくうちに
なんとなく議論になっちゃってるケースのほうが多いんじゃないでしょうか?
そういう意味では、(ブログや掲示板などでは) 「誰でも発言さえすれば議論に参加できる」
といえるのです。 したがって、厳密には (このブログの表題のような)“議論できない人”
など、存在しないはずなのです。

 

  ※ ただし、ハンゲのブログに関しては、ブログの持ち主が独断で非公開 IDを設定
    したり、他人の発言を好きに削除したりできます。 ブログの持ち主の意図に
    よっては 「議論に参加させない人」 を作ることが可能なのです。
    でも、これは別の問題ですから、ここでは特に触れません。


じゃぁ、 「自分の意見を好きに書けるはずなのに、それでも議論できないような人って
いったい何なの?」 という話です。

 

理屈ではそんな人いるはずないんですが、現実にはいるんですよねー。

 

例えば 「いちおう発言はするのだけど、その発言に “意見” がぜんぜん含まれていない」
という人が、しばしばいらっしゃるわけです。
「どうせ結論なんか出ないんだから、議論なんて意味ないと思います^^」 とまぜっかえす
ような人は、その典型です。 そのような発言は、たいてい議論の内容 (他の人の意見) とは
何も関係ありません。 したがって 「意見」 ではありません。
(まぁ、「議論とはなんぞや」 という議論をしている場であれば、「議論なんて意味ないと思います^^」 という発言も立派な意見のひとつですが・・・)

 

「テロリストや性質の悪い新興宗教にも似ていますな」 とか 「やれやれ、やはりバ カには何を言っても無駄なようだ〜」 とか 「僕はハンゲ囲碁掲示板の警備隊長です」 などと
唐突に言い出す輩も同様です。 こういう人に限ってダラダラ書いた長文を投稿し、自分では 「意見」 を述べた気になっているのかもしれませんが・・・ 実際にはこれらの発言は、議論のテーマとまるっきり関係ない戯れ言であって、意見でもなんでもありません。

 

「議論できない人々」 とは、こういう人のことです。

 

 

さきほど私は、議論というものについて、

 

   自分の考えを述べ、相手の考えを聞く。 それだけです。

 

――と書きました。
ただ、「議論」 にもいろんなものがあって、ときにはゼロサムゲームのように、参加者が
「真っ向から対立する主張」 を述べ合うケースもあるでしょう。

 

「議論できない人々」 が湧いてくるのは、だいたいこういうときですw

 

自分の考えを述べ、相手の考えを聞く。 相手が間違ったことを言ってると思ったら、
「あなたの意見のここに矛盾がある」 とか 「あなたの意見のここは事実とは違う」 と
言えばいいだけ―― のハズなんですが、彼らはそれができないんですよね。

 

   自分の意見と相手の意見が食い違う!
     ↓
   自分は正しい! つまり相手が間違っている!
     ↓
   たいへんだ!!
   相手はバ カ、または相手は荒らし、または相手はテロリスト、
   または自分は賢い、または自分はネットの正義、または自分は権威がある
   ――という事実 (笑) を、敵 (笑) に思い知らせないと!!!

 

・・・こういう思考プロセスになっちゃうんですよねー、彼らは。 何故か^^


「どっちの意見が正しいか」 を論じてくれるならまだ分かるんですけどね。
唐突に 「どっちの人間性が上か」 を論じ始めちゃうわけです。 こういう人って必ずね。
不思議ですよね。


いったい何が彼らをそうさせてるんだと思いますか?
皆さんもちょっと考えてみてください。

 


まぁ、私の中ではある程度は結論らしきものは出ていて、何年も前から似たようなこと
を書いてきたんですが、残念ながら今では掲示板の古いログも見られないようですので。
あらためてブログに書いてみた次第です。

ロールプレイングゲーム

先日、碁盤と碁石を買うために新宿に行って、未遂に終わった話を書きました。
「他に買うものがあったので、重くて大きい碁盤と碁石は諦めた」 と言いましたが、
実はその日の買い物の第一の目的は、あるロールプレイングゲームだったのです。

 

「ロールプレイングゲーム」 といっても、FF やドラクエのことではありません。
そういうゲームは、コンピュータ (家庭用ゲーム機) を相手に、ひとりで遊ぶもの
ですね。 (最近は、みんなでできるオンライン RPG とかありますけどね)

 

私がここで言っている 「ロールプレイングゲーム」 は、ゲーム機を使わずに、

人間どうしで遊ぶものです。
こちらのロールプレイングゲームは、FF やドラクエみたいなゲーム機用のものと
区別するため、「テーブルトーク RPG」 と呼ばれたりするそうです。
(でも、この呼び方は和製英語らしいので、私はあんまり使いたくありませんがw)

 

「人間どうしでロールプレイングゲームを遊ぶ」 といっても、分からない人には
まったく分からないと思いますw

 

例えば、家庭用ゲーム機やパソコン用の RPG だと、次のような形でゲームが
進んでいきますね。

 

   (1) プレイヤーが、コントローラを操作する
   (2) 操作の結果 (敵への攻撃とかアイテムの購入とか)が、画面に表示される
   (3) それの結果をプレイヤーが見る (そして(1)へ戻る)

 

こういった一連の操作を、エンディングまで延々と繰り返すわけですw

 

テーブルトーク RPG の場合、「コンピュータの役を人間がやる」 ことになります。
つまり、「プレイヤー役の人間」 と 「コンピュータ役の人間」 が必要となりますから、
最低でも 2人いないと遊べません。 普通は 「プレイヤー 1人で、キャラクター 1人
を扱う」 というスタイルになりますから、何人かのプレイヤーでパーティを作って
4〜6人くらいで遊ぶことが多いようです。
このテーブルトーク RPG の場合は、次のような形でゲームが進んでいきます。

 

   (1) プレイヤーが何をするか決めて、マスター(コンピュータ役の人)に
      それを伝える
   (2) マスター(コンピュータ役の人)が、その結果どうなったかを、
      プレイヤーに伝える
   (3) (そして(1)に戻る)

 

こういった一連の会話を、延々と繰り返すわけですw

 

こんな感じなので、テーブルトーク RPG で 「経験値を上げるために延々と
モンスターを刈り続ける」 みたいな遊び方をすると、非常に退屈になっちゃいます。
そんなことやりたいなら、ひとりでドラクエやってろ! って話ですw
やっぱり、コンピュータ役を人間がやるからには、人とのコミュニケーションとか
駆け引きとかが入ってくるのが面白いんだと思います。

 

例えば、コンピュータ RPG では、町の人に何度も話しかけたところで、
同じセリフを繰り返すだけだったりします。 でも、テーブルトーク RPG だと、
ちゃんと人間らしい普通の会話ができるのです。
そりゃ人間同士でやってるんだから当然ですがw

 


例によって、前置きが長くなってしまいましたw

 

 

実は先日 (碁盤と碁石を見に行った日)の私の目的は、
Dungeons & Dragons 第 4 版の先行発売 だったんですw

 

Dungeons & Dragons は世界一有名なロールプレイングゲームです。
その最新版が、なぜか本家アメリカの発売日よりも前に、イ※※ーサブマリンに
入荷していたのです。
ルールブック 3冊で 800ページくらいあります。 ちなみに全部英語です!

 

当然、私は英語なんてほとんど分かりませんwwww

 

まぁ、昔マジック・ザ・ギャザリングというカードゲームをちょっとやってた
おかげで、魔法とかモンスターの名前なんかは、英語でも何となく分かります。
じゃ、それ以外の部分はどうするかのと言うと、翻訳ソフト様 だけが頼りですw

 

でも、実は翻訳ソフト様が、私でも分かるくらいお馬鹿な和訳を出して
きたりするので泣けるんですが・・・・

 

そんなに苦労して英語のルールを読んだりしても、
実は私は、実際にテーブルトーク RPG で遊んだことは一度もありません!

 

だって、こんなマイナーな遊びにつきあってくれる友達なんていないし・・・・
それ以前に、普通に友達いないしwwwww

 

でも、ルールブックに載ってるイラストとか眺めるだけで楽しいし、
ルールを読んでひとりだけで妄想の世界に浸ることもできるし、
それでいいんです・・・・いいんです・・・・

 

いま英語版のルールを買っても、どうせ 1年くらいしたら日本語版が出る
んだけど、それでもいいんです・・・・

碁盤と碁石

ふと本物の碁盤と碁石がほしくなって、新宿の東急ハンズに行ってきました。
碁盤といえば、木の立方体がドーンとあって、その上に罫線が書いてあるのを
思い浮かべてしまいますがw
囲碁ってあくまで平面のゲームなのに、なぜ碁盤ってあんなに高さがあるんでしょう?
不思議です。

 

まぁ、それはともかく。

 

私にはそんなに値段が高そうな碁盤は必要ないし、(ああいう碁盤はどこで売って
いるのかも不明ですが)マグネットかなんかで並べられればそれでいいんですよね。
とは言っても、ドン・キホーテで売ってるような小さい碁盤だとイライラしそうだから、

ある程度は広い碁盤がいいですねーw
それで、「たぶん東急ハンズなら碁盤を売ってそうだな」 と思って、行ってみる
ことにしました。

 

いつもなら、新宿で買い物するときは、

 

    東口 → 南口 → 西口

 

という順で回っています。
(さすがに西口から先に回って、ヨドバシやイ※※ーサブマリンの紙袋を持ったまま

ビームスとかマルイone のフロアを歩きたくはないのでw)
でも、今回は南口からスタートすることにしました。
碁盤を後回しにしたら、忘れてそのまま帰っちゃいそうな気がしたからw

 

で、実際に行ってみると、東急ハンズがヴィトンになってました
どうやら知らないうちに東急ハンズが縮小されていて、そこにヴィトンが入ってた
ようです。 一瞬、ハンズ全体が閉店したのか移転したと思って、びっくりしました。
エスカレーターで上がったら、そこから上はちゃんとハンズがありました。
最近、町田のハンズも移転して大幅縮小したばかりですから、突然変わっていると
心配しちゃいますよね。

 

いや、どうでもいい話が続いてすみませんw

 

で、ゲームのフロアに行くと、ちゃんと碁盤は売っていました。
マグネットじゃない、ちゃんとした碁盤も売っていました。
しかも、立方体みたいな大げさなやつじゃなくて、薄い板で折りたためるやつです。
そういえば昔、一度だけ行った碁会所でも、薄い木の碁盤を机に置いてやってた
気がします。(碁会所の碁盤は折りたためるようになってたのかどうか分かりませんが)

 

びっくりしたのは、碁盤と碁石って別売りなんですね。
両方が揃わないと遊べないんだから、セットで売ればいいのに。
(セットのやつもありましたけど)
値段はやはり安くなかったです。でも、私が想像していた値段よりは安かったです。

 

それで、ここまで引っ張っておいて何ですが、
けっきょく碁盤と碁石は買いませんでしたw

 

お金の問題じゃなくて重さの問題ですね。碁石が重い! そんで、いくら折りたためる
と言っても碁盤がでかすぎ!

 

今回は、他にも買い物の目的があったので泣く泣くあきらめましたが、いずれ
碁盤と碁石だけ買うために出直して来ようと思いました。

私が挨拶する理由

私は 「ゲーム前後の挨拶は不要」 と思っていますが、
自分では必ず挨拶をします。

 

こうした私の振る舞いについて疑問を感じる人が定期的に出てくるようなので、

このへんの話を一度ブログに書いておくことにします。

 

私は以前、「マナーとはゲームをスムーズに遊ぶために必要な最低限のこと」
だと述べました。
(これは、あくまで私が個人として考える「マナー」の定義ですから、当然ながら

人によっては定義が違うでしょう)

 

要するに私にとっては、「最低限スムーズにゲームを遊べれば、それだけで満足」
ということです。

 

自分から挨拶しなかった場合、非常識だのアホだのバカだのとギャーギャー暴言を
浴びせてくる鬱陶しい人がしばしば湧いてきて、ゲームにならなかったりします。
だから私は挨拶をするのです。 別に礼儀や感謝の精神から挨拶をするのでは
ありません。 ただ、ゲームをスムーズに遊ぶために、ちょっと変なストーカーみたいな

人を避けるために、挨拶ボタンをポチッとクリックしているだけです。

 

一方、私が 「挨拶は必要ない」 と言っている意味は 「私の対戦相手が挨拶
しなくても、私はいっこうに気にしない」 という意味であります。
挨拶があろうと無かろうと、ゲーム自体はまったく支障なく遊べます。


だから、私は対戦相手に挨拶を求めません。
ゲームに挨拶は必要ない、ということです。


 

自分は挨拶をするが、他人に挨拶を求めない。 これは私にとって、「ひとりでも
多くの人とスムーズに対戦する」 という目的を達成するための手段にすぎません。
そこには礼儀もクソもありません。
挨拶の有無と礼儀の有無は、いっさいリンクしないのです。
逆に言えば、「他人が挨拶しなかったとしても、それだけで "礼儀が無い人"
と決めつけるようなことはしない」 ということでもあります。


 

以前、「半分以上の人が (特に対戦終了時に) 挨拶をしない」 というブログを
書いている人がいました。 まぁ、私の感覚だとさすがに挨拶をする人はもうちょっと
多い気がしますw  それでも、現状でだいたい 4割くらいの人が、挨拶無しで

退室していくと感じていますが。

 

「挨拶が必要」 と考える人は、挨拶しない人と遭遇するたびに、いちいち

ストレスを感じるのでしょうかね?
中には、「挨拶しないような非常識な人とは打たないことにしている」 という人も
いましたね。 いまはハンゲに 「お名前メモ機能」 もできましたから、いちいち
「挨拶しない人」 といったメモを残して、個人的なブラックリストでも作っている

のでしょうか? ご苦労なことです。
「挨拶しない人とは打たない」 というポリシーを持つのは自由ですけど、それって

 「ハンゲ囲碁で遊んでいる人全体の集合の 4割に相当する人(挨拶しない人)」

を自ら手離しているのと同義ですよね?
「ゲームさえできればそれでいい」 と考える私から見ると、非常にもったいない話
というか、ものすごく本末転倒な気がしてしまいます。

 

「単純に対戦相手の数が増える・対戦の機会が増える」 という意味でも、
精神衛生的な意味からも、「挨拶は不要である(相手に挨拶を求めない)」 と
考えたほうがいいんじゃないかなあ? ――というのが私の考え方です。

「マナー」 の定義

 

数年前にも、まったく同じことを書いた気がしますが・・・。

 

ゲームで対戦している最中に、観戦者がチャットでゴチャゴチャ話しかけて
くる行為は、極めてマナーが悪いと思います。

 

「マナーとは何か?」 は、人によってそれぞれ違うでしょう。
私にとってマナーとは、「ゲームをスムーズに遊ぶために必要な最低限のこと」
だと考えます。

 

ゲームの最中に対局者がチャットを始めると、ゲームの進行が止まります。
つまり、「ゲームがスムーズに進まなくなる」 ということです。
もちろん、友達どうしで対局している場合など、お互いに納得した上で
チャットしながらゲームするのであれば、問題ないでしょう。
私も、知り合いと対戦するときは、話しながらゲームを進めることはあります。

 

しかし、進行中のゲームとはまったく無関係な観客 (観戦者) が、ゲーム中の
対局者に話しかけるという行為は、まるっきり理解できません。

 

ハンゲには、囲碁とは別に 「チャット」 というコーナーがあります。
そんなにチャットしたいのなら、さっさと 「チャット」 のコーナーに
行ってください。 相手を名指しで言いたいことがあるのであれば、
勝手にブログでもなんでも書けばよろしい。

自分の意見を述べたいと考えるのは結構ですが、そのためにわざわざ無関係な
人を巻き込み、ゲームの邪魔をする必要がどこにありますか?


もちろん、「マナー」 は 「ルール」 ではありませんから、
マナーを守らなかったところで、罰則などありません。
つまり、「マナーが悪いという理由でゲームが負けになる」 ということは
ありません。 ですから、 「マナーなど糞食らえ」 という価値観を持つ人で
あれば、マナーを守らないのは自由だと思います。

 

ただ、日頃からブログなどで、他人に向かって偉そうにマナー云々を説いている
ような人間が、平気で他人のゲームを邪魔してくる様は、まさに 「滑稽」 の
ひとことに尽きますね。


ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、
私は 「対戦前および対戦後の挨拶は不要」 と考えています。


もちろん私は、 「マナーなど糞食らえ」 と思っているわけではありません。

「挨拶など無かったとしても、ゲームの進行にはいっさい影響がない。
したがって挨拶は不要である」 というのが、私の考えです。

むしろ、ハンゲのシステムで 「対戦前の挨拶」 を強要してしまうと、
先手側が持ち時間を (1〜2秒程度とはいえ) 損してしまいます。
つまり、「挨拶の強要は、ゲームのスムーズな進行を妨げる」 とさえ言えるでしょう。


私の考えは以上です。

 

お名前メモする

※ハンゲームは Microsoft Windows および Microsoft Internet Explorer 7.0でご利用ください

© 2009. NHN Japan Corporation. All Rights Reserved.