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名も無き兵描く「戦史オタク」 古処誠二さん、初の短編集

2009年9月30日

 第2次世界大戦下の日本兵の姿を一貫して描き続けている古処(こどころ)誠二さん(39)が、初の短編集『線』(角川書店)を刊行した。食料の運搬に携わる兵隊や前線から下がる負傷兵など、名も無き兵士の姿からニューギニア島での戦いを立体的に描き出している。敗戦後四半世紀たって生まれた作家が、千点近い資料を読み込んで生まれた戦史小説だ。

 古処さんは、1970年生まれ。02年にフィリピン戦を扱った『ルール』を発表して以来、敗戦直前の沖縄などを題材にし続けてきた。「警察小説を書く人になぜ警察を描くのかと聞いても無意味なように、ただ戦争を題材にした小説を書いているだけです。思想的、政治的なねらいはまったくありません。あくまで物語であり、物語の意味は読んだ人が決めればいい」

 さまざまに誤解を招きやすい題材だから、これまでは取材もほとんど受けていなかった。「戦史オタク作家、と自分では位置づけています。生活は読む書く、読む書くだけ。私家本も含め千点弱ぐらいの資料があります。資料代が経費になると分かったので、珍しい数万円の本もためらわずに買えるようになりました。それが何よりうれしい」

 とつとつと語る。物語以外の要素は話したがらない。だが、現代の作家の中でも特異な存在だけに、あえて再び、なぜ太平洋戦争に興味を持ったのか、と尋ねてみた。

 「航空自衛隊で警戒管制の仕事をしていたときレーダーを扱いました。かつての日本の未熟なレーダーを使っていた人たちの苦労を知ったことが、あえて言えば戦史に興味を持ったきっかけです。それと、強調して欲しくないのですが、あの時代を勉強しておきたかったという思いも確かにありました」

 今回の作品では1週間かけニューギニア取材もした。「いろんな資料を読みながら、これまでイメージを修正してきたので、大きな部分はほぼイメージ通りでした」

 飢えを感じながら食料を運ぶ兵隊たちの内面を描いたり、ニューギニアで日本兵に協力した台湾の高砂族を描いたりするなど、これまでの蓄積が生かされている。「せっかくの短編集なので、一つの場所でいろいろな人を出して、多角的に描けば効果的かなと思った。それぞれの人にそれぞれの見方があって、戦争は千差万別であることを示したかった」

 作品は1945年を舞台にすることが多かった。「敗戦をはさんだ時期は資料も多いし、書き慣れているので楽。1年違うと学校の制度なども変わっていて、気づかないミスをしてしまう。『線』では、42、43年を扱ったので難しかったが、やっとここまでこられたと思った。だんだん書きやすくなってきている」

 古処さんの小説の登場人物は、これまでも補給部門や通訳、野戦病院の看護婦だったりした。「戦争といえば戦闘のイメージですが、戦争において戦闘はほんの一部にすぎないのです」

 また、戦争体験がある世代への直接の聞き取りは一切しない。「直接会って話を聞けば、その人の言うことを否定できずに縛られてしまう。資料であれば、取捨選択が自由にできるからです」

 自ら「戦史オタク」と規定する作家は、こう宣言する。「ゴールがないもの、それがオタク道。戦争もまた描ききることはできない。今回の作品もニューギニア戦におけるほんの一点を描いただけ。でも、少しずつでも点を増やしていけば、いつかはすべてを埋め尽くせる」(加藤修)

表紙画像

著者:古処 誠二

出版社:角川書店(角川グループパブリッシング)   価格:¥ 1,680

表紙画像

ルール (集英社文庫)

著者:古処 誠二

出版社:集英社   価格:¥ 580

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