小笠原誠治の経済ニュースに異議あり!

貧困率が15.7%

 日本の「貧困率」が15.7%というニュースをご覧になりましたか?

 新聞報道によると、日本の「貧困率」は、2006年は15.7%で1997年以降で最悪なのだとか。国際的にみても、メキシコ(18.4%)、トルコ(17.5%)、米国(17.1%)に次ぐ4番目に高い水準なのだ、と。

 こんなニュースをが流れると、またぞろ市場原理主義が怪しからんという声が高まりそうですね。小泉・竹中路線が、日本経済をむちゃくちゃにして格差を拡大してしまった、と。

 

 鳩山総理は、このニュースについて、「大変ひどい数字だ」とか、「こうした数字は今まで公表しなかったが、正しいことも間違っていることも国民に知らせる新しい制度をつくりたい」と言っているのですが‥、ちょっと過剰反応なのではないでしょうか。

 この「貧困率」というのは、括弧付きで書いてあることから分かるように、特殊な意味を示しています。具体的には、相対的貧困率を示しているのです。つまり、国民全体のうちに貧困水準にあるとみられる人口が何%ほどいるかということを示していると。ただ、決して例えば、1日の収入が1ドル未満などという絶対的貧困を示すものではありません。

 ということで、この「貧困率」=相対的貧困率が高まれば高まるほど貧しい人の割合が大きくなることを意味するので、格差が拡大していることが窺われるわけです。

 厚生労働省のデータを確認しておきましょうね。

<貧困率の推移>

 1997年 14.6%
 2000年 15.3%
 2003年 14.9%
 2006年 15.7%

 ご覧のように、この10年ほどの間に貧困層が1%ポイントほど拡大したというのは事実なのです。でも、事実はたったそれだけのことです。それに貧困率は、2003年には一旦低下しているということも事実なのです。

 これだけのことしか示さない数字が「大変ひどい数字だ」と、なるものでしょうか。

 ただ、それだけでは、まだこのニュースに意味がよく分からないという人もいらっしゃるでしょうから、この統計における「貧困」の意味を具体的にみてみましょう。

 厚生労働省によれば、この「貧困」層というのは、国民の年間所得(可処分所得)の中央値である228万円の半分である114万円に満たない所得しか得ていない世帯をいうのだとか。

 「中央値」という概念、お分かりですか?

 「平均値」ならお馴染みですよね。中央値は、平均値とは異なり、小さい値から大きい値へと順番に並べていった場合に、中央に位置する値を指します。つまり、ごく少数の大金持ちと多数の貧乏な人々からなるような社会の場合には、中央値は平均値よりもぐっと低くなるわけです。その意味では、「中央値」とは、庶民の感覚に合った平均値という風に考えることもできるわけですが、その庶民感覚の平均値の半分の値を貧困者を区別するラインとしたということです。そして、その値は、年間114万円だと。

 貴方が一人暮らしをしているとして、その年間の可処分所得が114万円未満ということは、毎月使うことができるお金は9万5千円未満、確かに苦しいといえば苦しいのでしょうが、この可処分所得には過去の蓄えである預金等の取り崩しによるものは含まれていないことに注意する必要があります(但し、利子収入等はカウントされる)。つまり、毎年入ってくる収入は限られているにしても、預貯金を取り崩して十分生活がやりくりできる人々が、貧困層に含まれているのです。

 そして、高齢者は、恐らく預貯金を取り崩して生活している人が多いはずですから、日本の貧困層が高い理由の一つには、日本において高齢化が進展しているということもあるわけです。

 そうしたことの分析も十分に行った上で、鳩山総理は発言すべきではないでしょうか。

 なお、厚生労働省の発表した資料をみていると、等価可処分所得という概念が登場し、それについては次のような説明がなされています。

 「等価可処分所得とは、世帯所得を世帯数の平方根で割ったもの」

 こんな説明をされても、多くの国民は、なんのこっちゃいな、と。簡単にご説明しましょうね。

 例えば、1人暮らしの世帯があったとして、その年間の可処分所得が200万円だったとします。そして、その一方で、4人暮らしの世帯があったとして、その年間所得が800万円だったとする、と。

 この2つの世帯は、実質的にどちらの方がより豊かな生活ができると思いますか?

 800万円を4人で割ると、1人あたり200万円だから、どっちも同じ?

 そんなことはないですよね。きっと4人暮らしの世帯の方がずっと贅沢ができるはずです。それは、4人でまとまって生活することによって随分と生活費の節約が可能になるからです。住居費、電気代、水道代。それに食費だって、1人分よりも4人分まとめて作る方が、1人当たりに換算すると安くなるはずですから。

 厚生労働省は、世帯所得を世帯数の平方根で割ったものが等価可処分所得だと言います。4人の世帯数の平方根は2人ですから、800万円を2で割ると400万円ということになり、この4人世帯の人たちは、年間400万円の可処分所得がある1人暮らしの生活をしているものとみなされるということになっているのです。

 従って、4人で構成される1世帯当たりの年間所得が228万円である場合には、単純に計算すれば、1人当たりの可処分所得は57万円にしかならないのですが、4の平方根の2で割るとされているため、等価可処分所得としては、228÷2=114となるのです。つまり、1人当たり114万円未満が貧困層とみなされるとはいっても、等価可処分所得の計算の関係で、実際にはそれよりも低い所得しか得られていない世帯でも、貧困層とみなされないこともあるので、そのことには注意が必要です。

 そんなこと皆分かって記事を書いている記者も少ないのでしょうね。それに、そんな細かいことを書いても、どうせ理解してもらえないから、と。

以上

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10月16日更新

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小笠原誠治(おがさわら・せいじ)

小笠原誠治(おがさわら・せいじ)

1976年3月九州大学法学部卒。1976年4月北九州財務局(大蔵省)入局。
大蔵省国際金融局開発金融課課長補佐、財務総合政策研究所研修部長、
中国財務局理財部長などを歴任し、2004年6月退官。
以降、経済コラムニストとして活躍。
メールマガジン「経済ニュースゼミ」(無料版・有料版)を配信中。
著書に「マクロ経済学がよーくわかる本」(秀和システム)、
ミクロ経済学がよーくわかる本―市場経済の仕組み・動きが見えてくる」(秀和システム)、
経済指標の読み解き方がよーくわかる本」(秀和システム)がある。
企業・団体などを対象に、経済の状況を分かりやすく解説する講演も引き受ける。

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